夢の始まりーーFox Callーー
夏ほどまで書けないのに、どうして更新されている? ーーと、思われていることでしょう。
予定が変わったのです。(まあ、僕がこの小説のことを割りきれなくて無理矢理戻ってきたのですが)
久しぶりに書きましたが、アドバンスーAdvanceーらしさは欠片も薄れてないのでご期待ください。
「なぁ、柊人よ」
11月8日、午後5時。僅かな橙に染まる河川に佇む亮がふと、話を切り出してきた。
「何だ?」
俺は草むらに座ったまま顔を上げて応じる。丁度話題が途切れたところだったので、話題提供はどんなものであれ嬉しい。
「ーーお前、京子と付き合う妄想したりするか?」
次の瞬間俺は心に浮かんだ歓喜を打ち消して奴に殴りかかっていた。
「痛てェ! ウブだなお前!」
「るせぇっ。そういうことはあんま口外したくないっ」
そう言うと、亮はかかか、と心底可笑しそうに笑うと、再び言葉を紡いだ。
「いやな、「愛」っていうのは、ひょっとしたら、「妄想」を「現実」にすることなのかもしれないな、って最近思っているんだ」
俺はその言葉に少々面食らった。このような物言いは翼の得意分野で、俺もそのような、詩的にして哲学的なテーマが主題の小説はよく読むので、別に辟易とされられることはないのだが、それでも、この状況に置いて、彼の発言は突拍子もないものなので、面食らうのは仕方のないことではるのだ。
「自分の世界に於ける、「妄想」と、他人の世界が成す、「現実」 これら二つは相反する要素の筈だ。しかし、俺やお前は、自分の世界に於ける「妄想」ーー京子とイチャラブしたいという」
そこで奴は言葉を切った。否、俺が切らせた。もう一度殴ったのだ。今度は加減なしの全力攻撃を肩に向かって。乾いた音が辺りに響き、わざとらしく大きな悲鳴をあげた亮は、少し経ってから、肩をさすりつつ話を戻した。
「そ、そのような妄想が、「現実」になることを夢見ているわけだろ?」
確かに、と俺は心中で肯定した。だが、同時に、それは愛に限った話ではない、とも思った。
「でも、それは愛に限ったことじゃないだろ。例えば...そうだな、「成功したこと」は、「成功する」という妄想の果てじゃないか」
「ーーいや、愛は特別だよ」
亮はまるで何かに取り憑かれたかのように話を続ける。
「今の例や、全ての「悲願」と「結果」は、不確定で漠漠たる未来への期待感であり「過程」と「結果」であり、そして、前者と後者の訪れるタイミングには差異がある。しかし、「愛」は違う」
俺は生唾を飲み込んだ。いつの間にか、この話はどこへ向かっているのだろう、という若干の不安感と、彼なら上手くまとめてくれるだろう、という期待、そして、純粋な好奇心が俺の心に去来していた。
「その「愛」とやらは、願った瞬間に結果が決まってしまっているその他の事象と何ら変わりはないが、これは、「過程」と「結果」ではない。現実の「結果」がどうなろうと、誰かを愛した人間の世界に於いて、「愛」は、成就された「既成事実」と化す。ーー純度100%の、完全な妄想に」
それは最早現実と区別がつかないーー亮はその双眸で川を見据えた。
「そういうデータがあるのさ。「愛」という感情によって算出された「妄想」は、その人物が認識している「現実」と、リアリティーが変わらないという、恐ろしいデータがな」
(ふーぅむ。興味深いなぁ)
翼が少し気の抜けたような声で相づちを打った。勿論、亮にこの声は聞こえないが。
「つ、つまり、だ。愛があれば、そのお相手とやらの妄想をするだけで、現実の感覚を手に入れられるのか?」
「ま、そのデータの「愛」は、とんでもなく強い自己暗示のことを指してたんだけどな。目隠しした相手に向かって、熱湯を装った冷水をかけても、相手は火傷する、って話聞いたことあるよな? あれくらい強い自己暗示は必要らしい」
俺は身体中から気が抜けていくのを感じていた。落胆の感覚である。
「落ち込むなよおい。大体、世界はそう上手くいかねーって」
「お前は割りきれてていいよなぁ...響埜さんに対してもそんなふうに割りきってるのかは謎だが」
そう言った瞬間、亮の顔がひきつった。
「そ、その話はやめなさい」
「お返しだ。ーーで、どうなんだよ?」
響埜さんーー響埜 玲子は、同級生の女子だ。中学生にしては小柄な体格と、人のいいその性格に惹かれる男は多いーーらしい。
「さ、冷めてきてるぞ...?」
「バカ言え。俺が気付かないとでも思ったか。お前、趣味と称して書き始めた新作のヒロインの性格、響埜さんに寄せてんじゃねーか。わざわざ挿絵まで描いてご苦労なこった」
俺は異様なほど上手く、どこか響埜さんに似ていたその挿絵をフラッシュバックさせて苦笑する。
「ぐぬぬ...」
「でも、そこまで「愛」があれば、妄想も現実になるかもな」
ふと。俺はそんなことを呟いていた。
「ああ、確かに」
亮はそれを肯定した。どうやら、「愛」を否定することはしないらしい。潔い。
「自分を実験台にして、その説を補強してやるんだ。あわよくば、次の作品の主題それにするって方向でーー」
俺は話を続けようと口を開き、そして、気付いた。
向こう、かなり遠くだが、この位置からもギリギリ目視できる位置に、狐面を被った人間が立っている。その人物は人混みの喧騒の中では浮きだってしまうので、気づくことができたのだ。
俺は駆け出した。背後で「どうしたんだよ、オイ!」 と声が聞こえるが、構わず駆け出し、夕方の人混みに紛れつつ、さっき、狐面の奴が立っていた地点に向かう。
そこに着いても、その相手は居なかった。移動したのだ。数秒探すと発見できた。しかし、その人物は、こちらには気づいていないようすで、どこかへと向かっていく。
相手との距離は数メートルほどだ。しかし、どうにも人が多く、近付くことができない。俺は歯がゆくなり、勢いで黒銀の翼を顕現しそうになるが、すんでのところで自制すると、せめて、相手の顔を見ようと、必死に相手を凝視する。
そして、気付いた。
その「相手」はーーあの日、俺を襲った人物ではない。
先ず体格から違うのだ。俺を襲ったのは身長が京子くらいの女性であったが、今度は、それなりに身長も高く、細いように見えるが、以外とガッシリした体つきをしている。
ーーそう、まるで雄徒先輩のようだった。
「お、オイ、どうしたんだよ?」
ふと後ろから声をかけられ、俺は振り返った。
「俺を襲った狐面の相手が居た」
ここではぐらかそうとすればそれが露呈してしまう。俺は正直に真実を口にした。
「狐面? ーーおい、そいつ変質者かなんかか?」
「多分そうだな。ーーいや、違うかも」
俺はふと、そんなことを呟いていた。
「狐化かしだな。俺は化かされているんだ。ーー狐に」
これが、俺と「狐」の二度目の邂逅であったーーと、この瞬間の俺はそう考えた。本当は違うというのに。二度、などそんな生易しいものではなかったのに。
狐化かしとの、邂逅は。
ーーまるで、真冬の夢のようで。
ーー過ぎたあの日は、求めるほど遠く。




