此れが、彼らの歯車
普段ならこのようなことは後書きに書くのですが、今回はここに書かせていただきます。
先ず、単刀直入に言うと、この話で、第二章は完結となります。これで終わりです。勿論、それだけではアドバンスーAdvanceーは終わりません。しかし。
しかし、僕はこの先、恐らく8月頃、下手を打てば、来年の3月下旬ほどまでは、更新ができなくなるのです。楽しみにしてくださっている方には申し訳なく思っております。
ですが、1つ。僕は絶対にこの物語を完結させる気でいるということだけは忘れないでいて欲しいです。つまり、どれだけ先になろうと、この物語は必ず更新されるということです。
ですので、「どれだけでも俺は待てる」という心の寛大なお方は、「下手、打つの?」なんて言いながら待っていてほしいです。
それでは、運命と結末の48話、照覧あれ。
「やれやれ。失敗したかー。期待してたんだけどなぁ」
翼と獣。二者が戦闘を繰り広げていた頃、その様子を、数十メートル先で観察している人物が居た。
それは「女性」であった。長めのポニーテールに、奇怪な狐の面を付けた、奇妙な存在であった。
「全く。折角の指南が台無しじゃない」
そう呟くと、彼女は懐から一冊のメモ帳を取り出した。そして、それを凝視する。するとどうだろう。そこに、まるで抉るような文字の羅列が浮かんでいく。
そこには、こう記されていた。「特殊元素の解名啓発は成功。しかし、「ノヴァ」討伐には至らず」と。
彼女は、この日、運命の11月6日、「霊岩郷」に接触し、そして、ある言葉をかけたのだった。
ーーその能力には先がある。もっともっと餓えなさい、と。
その言葉にはAdvanceによる暗示がかかっており、一度それを聞けば、もう一生忘れることはない。だから、普段は人の話を聞かない彼も、この言葉は覚えていた。
そして、解名詠唱に成功したのだ。それこそ、彼女の思惑通りに。
彼女は懐から携帯を取り出すと、それを開いた、使われているのは今時珍しいガラケー、開くタイプの旧式携帯だった。
そして、手早くキーをプッシュし、ある場所へと電話をかける。
「ーー特殊元素は作戦に失敗した。これより、第二段階に移りたい。用意は?」
その電話は奇妙なものだった。挨拶も、相手の確認もなしに、彼女はまくしたてるように、一方的にそう宣言したのだから。
加えて、番号も奇妙であった。彼女がかけた番号は、776。こんな番号で、通常の回線に繋がる筈がない。
しかし、どうやら、電話口で、相手は彼女の言葉を理解したらしい。はっきりと、「完了しております。実行は残り40日となっておりますが」 と答えた。
「遅い。加速フェーズを4コードから666へ。それで後30日は早くなる筈よ」
それを聞くや否や、電話口の男は何やらキーボードを操作し始めた。しかし、その間も通話は切れない。
彼女が佇んでいるのは、とあるマンションの屋上ーーいや、最上階の上であった。そこは、人が佇むべき場所ではない。
「アドバンスコール、理逆の世界。起動しなさい」
彼女が呟いた瞬間ーー。彼女は、その地点から、まるで見えない消ゴムで擦られたかのように、存在がかき消えた。
否。正確には瞬間移動をしているのだ。
これが彼女の、「Advance」しかし、能力はこれが全てではない。
瞬間移動先は、どこかの個室だった。そこは牢屋のように薄暗い場所であり、格子の填められた窓らしきものからは光が降り注がず、また、そこには中央に鎮座する椅子以外に、家具らしきものは一切見当たらない。
ーーそして、出口も。
ここには出口がなかった。その事実は、この場所が、人が出入りできる場所ではないということを暗に示していた。
しかし、彼女は動じない。
「できました。残り一週間と5秒」
そこに、若い男の声で返答が返ってきた。
「グット。楽しみねぇ」
彼女はのほほんとした声色でそう返答。そして、そのまま、部屋の中央にある椅子に腰掛ける。
「アドバンスコールーー却逆の翼」
そして。「それ」を詠唱する。
すると、彼女の背に黒銀の、機械的でいてどこか生物的な、片翼だけの翼が顕現された。同時に、彼女の周囲を囲うようにして、巨大なモニターが三つ、それに対応するキーボードもまた、三つ顕現される。
彼女のAdvanceは狐化かし。
ーー狐は狡猾だ。その癖、貪欲だ。
翼の生えた狐は、まだ見ぬ運命へと手を伸ばす。
ーー同時刻。町中を、全速力で疾駆する人物が居た。詞宮 亮である。
「くそ、あいつ、速すぎるぞ...」
(だから言ったのに。追うだけ無駄だって)
ふと。彼は、明らかに自分自身のものではない声を聞いた。驚いて辺りを見回すが、周囲には誰も居ない。
(私はここよ。どこを見てるの?)
「ーー俺のAdvanceってやつか」
彼は異能力を使ってバトルをするストーリーを日夜妄想していたからか、その「声」に、ものの数秒で順応した。
だが勿論、順応の理由はそれだけではない。彼は前々から、「この声」を聞いていたのだ。尤も、その「声」は今のように明瞭とした発音で発されたものではなかったのだが。
だから彼はこのAdvanceに笑うように囁くと名を付けたのだった。この声の、囁くような響きからとった名前だ。
(しかし、長い名前ね?)
その少女のような声は感情を感じさせない声でそう言った。
「しょうがないだろう。俺のセンスはそんなものなんだから」
少しヘコみつつ、彼はそう返答した。
(WGIって省略してみたら?)
「WGI...少年漫画の略称みたいでいいな」
彼自身、ここで他愛もない会話が続いていること自体、かなりの驚きであった筈だ。しかし、そんなこと、彼は気にもしない。
ーーそれが、このAdvance。
「ふむ。成る程」
町のとあるファストフード店。そこで、一人の男が、目の前に座っている女性に向かってそう答えた。
一見すると、結婚を前提に交際しているカップルのように見えるだろう。しかし、外面に反し、彼らはドライな関係であった。まず、定立として、彼らはどちらも中学生なのだ。180センチに到達している異常な身長が、その事実を包み隠しているが。
「今回の「罪」も、完全に終息しそうですが...まだ、動き出さないのですか?」
ふと。その女生徒ーー生徒会副会長女子、山城 冬下は、男、「生徒会長」暦有馬 治にそう問いかけた。
彼は数秒逡巡したが、やがて、ゆっくりと、「そうだな...」
「君には話したろう。私の能力について」
「ーーまだ、時期ではない、と?」
男は数秒瞑目してから、呟いた。
「運命は「糸」のようなものだ。それも、まるで蜘蛛が張るものにように細い。緻密に、あらゆる可能性を考慮したうえで紡いでゆく必要があるーー違うかな」
「仰る通りです」
二人は同い年の筈だった。しかし、女生徒の方は、男に対して仰々しい敬語を使っている。しかし、その声色、口調からは、男への敬意が滲んでいた。これはふざけているわけでも、距離を置きたがっているために使っている敬語でもない。
「私は糸の上を歩く権利を与えられた。だから、糸を切らないように努力するのは当然だろう。この力はーーその為に存在する」
力を持っていながら、それを貪欲に使わない男が、ここに居る。
怠惰でも、傲慢でも、強欲でも、嫉妬深くも、憤怒に囚われてもいない。色欲に酔うこともなければ、暴食であるわけでもない。
偽りの世界を望む、彼は虚飾。
運命の歯車は、もう止められない。動き出した歯車は、前へ前へと廻り続ける歯車は。
もう、元には戻らない。




