基却色9ーーUnder Novaーー
(力の流れを操作する能力ーー!)
俺は翼の叫びで全てを理解した。
奴はさっき、自分のAdvance名をわざわざ明かした。それは、さりげなく解名詠唱をするためだったのだ。つまり、奴は戦闘開始の瞬間から、解名を詠唱し、力の流れを操作する能力を得ていたことになる。
奴は俺が最大威力の攻撃を放つ瞬間を待っていたのだ。全ては、厄介な俺の右腕を潰すため。
「さて。殺してやるよ。楽に逝け」
奴の台詞は、単純にして冷ややかだった。
(飛び降りろ! お前なら助かる!)
次の瞬間、俺は背後に存在する穴からビルの外に飛び出していた。もうどうしようもなかった。あのビル内で戦っていたら、俺は確実に負けていたのだ。奴の能力は、近接戦闘に於いてあまりにも強力過ぎる。
足元に羽を15枚配置し着地してから、5枚の羽で奴を照準して、轟速の羽を打ち込む。
奴はその攻撃を足払いで全て打ち落とした。その舌を巻くような反応速度には感心させられる。
(惚けてる場合じゃない! 逃げろ!)
翼の言葉で我に帰り取り敢えず真横へと跳ぶと、再び羽を足元に配置して着地。その後、俺は双眸で奴を見据える。
そして。俺はみたび、驚愕に顔を歪めることとなる。
奴は、何の躊躇いもなしにこちらへと跳んできたのだ。ビルから飛び降りる。発案することは簡単だが、それを実行に移すためにどれだけの精神力が必要なのか、俺には計り知れない。助かる見込みの方が助からない見込みよりも大きくても、俺は翼の指示がなければ飛び降りられなかったのだから。
普通に考えれば、攻撃に重力の補正を加えることができるポジションに居る奴の方が有利かに見える。しかし、それは間違いだ。奴は飛び降りている。ここで上手く奴の攻撃をいなせば、地面まで真っ逆さま。つまり、奴は敗北の一歩手前まで来ているということ。
俺は覚悟を決め、5枚ほど、奴へと羽を射出させた。奴は当然、といったように4枚の羽を地面に落とし、5枚目を僅かに皮膚を切っただけで受け止めた。
俺はもう驚愕などしなかった。あるのは、奴を倒すという純然たる決意のみ。
刹那。俺は足場を全て崩すことで、奴に20ほどはある羽の大群を撃ち込んだ。
奴はそれを見るやーー足のくるぶしから3センチほど上までの鎧を完全に解体し、鎧だった部品をこちらへと射出した。
俺は悟った。奴にも飛び道具があったことを。空中にバトル・フィールドを変えても、俺が不利な状況に何ら変わりはないということを。否、むしろ、今この状況の方が不利かもしれない。
奴が射出した刃物の数は40。ーー勝てない。今の俺じゃ、数に違いがあり過ぎる。
俺は瞑目し、その刃物が俺に襲いかかる瞬間を待った。ーーと、不意に、俺は携帯が鳴るのを知覚。普段、戦闘中に電話に出ることは御法度であるために、そんなことはしないのだが、今回の俺は違った。
スマートフォンを素早く顔の前に掲げ、そして、理解する。
「良しッ!」
(こ、こいつは!)
目の前で奴の鎧と格闘していた筈の羽が全て打ち砕かれた瞬間、俺はスマートフォンの液晶を指で薙ぎ、電話に出た。
刹那。轟音と衝撃が、連続して辺りを襲い、ここら一帯の空気を震わせた。
「やった...?」
静寂の中、彼は歓喜や期待のないまぜとなった叫びをもらしていた。
「俺は、ノヴァの翼をーー」
彼の口角がつり上がり、呆然としたような表情が、哄笑へと変わってゆく。
それは勝利を確信した笑いであった。
彼はどこまでも怠惰でーー
そして、それ故に人間臭かった。
次の瞬間であった。神無月柊人を消し去ったとばかり思っていた、彼の鎧の破片が、粉々に砕けて地面へと落ちてゆくのだ。
防がれたーーそう確信するのに、そう時間はかからなかった。
奴は佇んでいる。どうやら、こちらの攻撃を迎撃したうえで、足元に羽を配置したらしい。相手はいかにも、九死に一生を得た、というような顔をしている。
実際、迎撃が成功する確率は、成功する確率と五分五分ほどの比率であった筈だ。つまり、彼は、あの瞬間に止めを刺しに行くべきだったのだ。下らない勝利宣言などしていないで、念押しをするべきだったのだ。
相手は、全てを否定するように、或いは全てに向けて謳うように、宣言した。
「ーー俺は、お前の怠惰なプロローグを打ち壊す。他人の「強欲」を利用し、世界を汚すお前のプロローグなんて、何度だって、何千回だろうと否定してやる...ッ!」
宣言すると、俺は背中の翼から、羽を40枚ほど射出した。
「な...ッ!?」
奴が呻く。羽が唸る。
次の瞬間、羽は奴へと吸い込まれるように向かっていく。奴はそれを鎧を解体し、その部品で迎撃することで事なきを得ている。
しかし、奴と俺の羽の量は同じ。そして、鋭度はこちらの方が上だ。
刹那。ガラスを砕くような大音響とともに、奴の鎧の全てが砕け散った。俺はそれを見るや、垂直に飛び上がる。
ーー今が最大の好機。もう、逃がさない。
俺は羽を使い器用に方向転換すると、奴の眼前、懐へと潜り込む。拳は振りかぶられている、翼は構えられている。
次の瞬間、轟速の拳が、奴の鳩尾を正確に突き抜けた。
奴は切りもみしながら地面へと落ちてゆく。見ると、地面に着いた瞬間に本能で受け身を取ったようだが、予想以上に殴打のダメージが大きかったらしい。奴は崩れ落ちた。
俺は地面に降り立つ。右腕はボロボロだし、左腕にも切り傷が付けられているが、とにかく、俺は勝利した。全部、全部、終わったんだ。
俺は感傷に浸りつつスマートフォンを取り出そうと、よろよろと左腕を動かした。俺を助けてくれたあの人にお礼を言わなければならない。
左腕の傷はなんということか、塞がりかけていた。元々そこまで深くはなかったが、これほど早く再生が進行するとは思わなかった。却逆の翼ならもっと早く再生できるのだろうが。
まあ、黒銀の翼には再生能力がないので、再生するのは有り難いのだが。
ーーと、ふと。
俺は、背後からこちらへと歩み寄る足音を聞いた。
歩調のバランスが一定ではない。恐らく、足が不自由な老人か、今の戦闘で負傷した奴ーーそう。
「お前だろ。霊岩郷」
振り返りつつ、俺はそう言った。
背後の相手は答えない。
まだ、戦いは終わっていないーー。




