基却色8ーーUnder Novaーー
この章が「霊岩郷のプロローグ」なのか、自信がなくなってきました。これじゃ却逆のプロローグじゃないか...
「許容上限...?」
俺は思わず呟いた。ここにどうして人が居るのかとか、お前は誰だとかいう疑問は放り出して。
「一々説明するのは面倒くさい。オレはそいつの「出来」を見に来ただけなんだからな」
「出来...?」
まるで、こいつが道具のような物言いだ。
「そう。ーー全ては、お前を誘いだすため」
刹那。俺の目の前に現れた金髪気味の男は、右足で床を踏みつけた。そのアクションから一拍と置かず、足が、黒銀の鎧へと変容した。
その容貌は、まるでーー
「却逆の翼ーー」
却逆の翼も、黒銀のようなもので構成されていた。今は黒銀の翼であるため、目の前に顕現された鎧よりも「金属らしさ」が増し、色合いも深い黒へと変容しているが。
「ーーハハハ。「却逆の翼」ねぇ。違うな。これは、基却色の外殻だ」
その名を聞いた瞬間、記憶の奥まった部分がちくりと刺激され痛んだが、気にせず、奴の饒舌な便宜が紡がれるのを待つ。
「お前と同じ、「ノヴァ」シリーズのAdvanceだ」
次の瞬間、奴はこちらへと羽を撃ち込んだ。俺は咄嗟に、右手を殻だの正面に突き出して攻撃から身を守る。羽は俺の右腕に衝突し、そして、切断されて地面に落ちる。
「おっと。アウターノヴァ...ノヴァの翼にこんな能力があったとは」
奴は俺以上にこの黒銀の翼に感嘆すると、足元の、何分割もされた羽に内包されていた粉塵を巻き上げ、それをそこに居た霊岩郷のAdvance使いに撃ち込んだ。
衝突から一拍とおかず、奴の傷は塞がっていく。
ーー却逆の翼と同じ効果を持っている。
「どうしてこんなことをするか、って聞きたげだな? 一応、こいつをコントロールしていた者だからな。処置くらいして当然だろう」
奴がそう呟き、俺から目を逸らした瞬間。俺は、唐突に全てを悟った。
どうして、あの単純な性格をしている霊岩郷が、雄徒先輩を嵌めたのか。どうして、相山さんの傷と、雄徒さんの傷が、他の被害者と異なる、「切り傷」だったのか。
少し考えれば分かった筈なのだ。俺は物事を都合よく結びつけることで、その破壊的な衝動を一個人にぶつけたかっただけなのだ。
ーーそれらの襲撃は、あいつの仕業ではないという事実から、目を背けたかっただけなんだ。
全てを仕組んだのは。俺と霊岩郷をぶつけ合わせ、雄徒先輩と無益な争いをさせたのはーー
全部、全部。眼前のこの男だったのだ。
「ーーなあ。どんな気分なんだ?」
ふと。俺は自分でも気付かないうちにそう呟いていた。
「目的のために自分の手は汚さず、目的の舞台には全てが終結しかけた瞬間に闖入し。ーーそして、狡猾に他人の心を弄ぶ」
その声は自分でも驚くほど冷ややかであったが、そんなことはもうどうでもよかった。
「ーー気付いたか」
「どんな気分か、って聞いてんだ」
次の瞬間、奴はこちらとの間合いを一瞬で詰めた。そこから、右足で下段から中段へと水平に、俺の脇腹を薙ぐような軌道の蹴りを打ち込んでくる。
俺はそれに対し、肘を足へと打ち込むことで対抗した。金属特有の鋭い音が廃ビルの壁に当たって木霊し、それに伴うようにして衝撃が辺りを震わせる。
奴の足は止まった。しかし、切り裂かれる筈の奴の足はそのままの状態で残り続けている。
「正直震えているよ。目的達成まで後一歩だからな」
「そうかよ」
次の瞬間、奴は足を定位置に戻し、右手をこちらへと打ち込んできた。俺は翼から習った武術でそれをいなし、アッパーカットでカウンターを謀る。
しかし、それは当然のごとくに回避された。
俺は奴との、僅かに開いた間合いを詰め、今度は翼アシストの入った拳を叩き込もうとする。
(隙を見せるな! 愚策だぞッ!)
翼に制され、俺は翼を定位置に戻して、振りかぶりかけていた右拳を空中に固定させたまま、左手での打撃を放った。鈍い音がして、奴の頬に拳がめり込む。
その体勢から、奴は羽をこちらの胸辺りへと撃ち込んだ。俺はそれを羽のガードで打ち落とすが、次の瞬間、背中に強い痛みを感じて呻き、羽のコントロールが乱れたので、ガードをすり抜けて羽がこちらへと打ち出される。
それを転がってなんとか回避すると、俺はAdvanceを発動させた。対象は背中の異物感に、である。
やはりというべきか、背中には羽が一枚打ち込まれていたようだ。背中の傷が塞がっていく感触があるのだ。
「俺を誘い出す、とか言ってたな。それに、目的まで後一歩とも。お前の目的は何だ?」
俺が習得しかけている体術はあくまで防御を主体としたものだ。だからこそ、悠長に話していられる。
「お前の抹殺だ」
しかし、それに反して奴は好戦的。次の瞬間には、奴と俺との間合いはゼロになっていた。奴がこちらへと走り込んできたからだ。
俺はそれを右ストレートで迎撃する。その攻撃は姿勢をかがめてかわされたが、まだ余裕はある。刹那、下段から攻撃を仕掛けてくる奴の胸辺りを、俺は躊躇なく蹴り上げた。
奴はその衝撃で撥ね飛ばされる。しかし、奴はただ吹っ飛ばされたわけではなかった。さっき、突撃の瞬間に、俺の足元に羽を仕込んでおいたらしい。足元から、轟速という形容が相応しい速度で羽が舞い上がってくる。
それによって左腕から肩にかけてが浅く裂かれる。僅かに体の中心線をずらしたので重症にはならなかったが、それでも、傷を負ったことには変わりない。
俺は鮮血滴る左腕を何とか上段に構えると、五指を揃えて手招きした。奴に挑発が通じるかどうかは不明だし、そもそも、こんな古典的な挑発が通じるかどうかすら危うかったが、奴はそれに乗ってきた。こちらへと再び走り込み、膝を鳩尾へと打ち込んでくる。
俺はそれをバックステップして回避するが、膝蹴りは重心の移動が少ない。直ぐに第二撃を打ち込んでくる。今度は、左足で脇腹を照準して水平に足を打ち込んできた。
俺はその足の軌道に黒銀の翼を添え、攻撃を受け止めた。そこから、左手で掌打を打ち込む。腰が入ってないのでそれほど威力はでなかったが、それでも、奴の重心を崩すことには成功した。俺は奴の重心が崩れた隙に、すかさず、翼のアシストを入れた全力の右ストレートを放つ。
それを、奴は、受け止めた。
俺は全力で拳を撃ち込んだのだ。この拳はプロボクサーを悠に凌ぐ、轟速の打撃だ。それを受け止めるなど。俺は驚愕と寂寥に顔を歪める。
刹那。掴まれている俺の拳から腕、肩にかけて、強い、さながら対物狙撃銃の弾のごとき衝撃がはしった。
俺は右腕を力なく、だらりと垂らした状態で、奴の呟きを聞いた。
「解名詠唱は日常的な会話の中に、その名称が混じっていても発動するんだ。知らなかったか?」




