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アドバンスーAdvanceー  作者: Star Seed
第二章「霊岩郷のプロローグ」
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境地ーーCrom Metal Wingーー

 この話は、境地ーーCrom Metal Wingーーでもあり、狂気5ーーBestierーーでもあります。

 獣と翼の、運命的な邂逅を照覧あれ。


「ーーなあ」


 静寂の世界を崩壊させるように、俺は冷ややか極まる声で呼び掛けた。


「お前、今ーー何しようとしたかーー」


 その声は僅かに震えていた。それは抑えがたい憤激をはらんでいる故だったが、俺はそんなこと気にも留めず、言葉を紡ぐ。


「何しようとしたかーー分かってんのかッッ!」


 それは糾弾するようでいて、謳うようでもあり。


 どこまでも、情に揺れる人間臭かった。



 俺は目の前の状況を一瞬、一瞥(いちべつ)のような速度で確認する。


 奴、あの特殊元素(マナ)使いは、岩柱を行動不能になった京子へと打ち出していた。俺はその岩柱と京子の間に割って入り、却逆の翼で岩柱を止めた。


 しかし、その衝撃で、却逆の翼はーー


「折れ...てる?」


 そう。京子が言った通り、却逆の翼は半ばから折れていた。それは、皮肉にも最初に奴と戦った時と全く同じ状だった。


 俺は地面に溢れている翼の破片、再生の粉塵を京子へと撃ち込み、体中にできている惨たらしい傷を完全に回復させた。


 ーー強度が上がったので、今度は岩柱を完全に止めることができたが、それでも、却逆の翼が折れた状態で戦えるとは思えない。


「くくく...ハハハハハ。ーーアーハッッッッハ!」


 奴はその無惨な翼を嘲り、哄笑した。それは、心底から引きずり出された、彼の獣臭い本性に他ならなかった。


「滑稽だな却逆の翼ァ! その状態じゃァーーもう却逆の翼は使えねェなァ!?」


 奴の言葉は最早獣の咆哮に同じだったが、まともな倫理観はあるようだった。確かに、この状態じゃ、()()()()()使えない。


「ーー却逆の翼は、使わない」


 ふと、自分でも気付かないうちに、俺はそう言い放っていた。


「あン?」


(な、何、言ってーー?)


 俺の言葉には、翼ですらも疑念を向けてきている。俺の心が大体把握できる、却逆の翼の独立意識ですら。


「ごめん。こんなに傷付けて。少し休んでいいよ。こいつは、「俺」が何とかするからさ」


 その言葉に、奴の眉がつり上がる。虚仮(こけ)にされていると思っているのだろう。


「お前だけは許さない。ーー陳腐な言葉だが、お前にはそれで充分だ」


 次の瞬間、奴は俺に向かって走り込んできた。流石に、こんな茶番は見飽きたのだろう。腕を振りかぶり、岩礫を打ち出す。


 奴に何があったのかは知らない。以前の奴なら、ここで岩柱を顕現させ、俺を一瞬で殺そうとしてきただろう。しかし、今の奴はそれをしない。何か心境の変化があったのだろうか。


 奴に、何があったのかは知らないが。


 奴を、許してはいけないことは分かる。


 刹那。俺は、一字一句、「それ」確かめるように、謳うように、呼ぶように、叫んだ。


黒銀の翼(クロムメタルウィング)ーーーッッッ!」


 次の瞬間、轟音と衝撃が、辺り一帯の空間を震わせた。


 しかし、それでは岩礫は止まらない。こちらへと、銃弾のごとき速度で肉薄してくる。


 それを見ても、俺は悠然と佇んでいた。ーー感覚で分かるのだ。この礫が、俺に危害を加えないことを。


 刹那。俺の皮膚に命中した岩礫は、その運動量を正面へと発揮することなく、真っ二つに割れて地面に落ちた。


「な、なんだよこれはッッ!?」


「お前を切り裂く黒銀(Crom Metal)だッッ!」


 次の瞬間、奴は恐怖の全てを振り払うように岩柱を顕現させた。その岩柱は、唸りをあげてこちらへと肉薄する。その様は、轟速という形容が釣り合いすぎていた。


 しかし。その岩柱は、俺には通用しない。


 俺は再び、「黒銀の翼」と詠唱した。ーーとその瞬間、背中に、折れていた筈の翼が復活した。


 しかし、その造形、風貌は妙だ。


 原型(オリジナル)、却逆の翼には、まだ鳥類の翼らしき、生物特有の質感があった。それはさながら(からす)の翼のようであったのだ。


 だが、黒銀の翼は違った。


 それには、生物らしさは欠片も見受けられなかった。代わりに確固足るイメージとして存在しているのは、「機械らしさ」であった。


 表面は光を受け、鏡のごとくそれを反射している、金属特有の光沢があり、羽の一枚一枚はまるで黒色のナイフかのように鋭さが露呈されている。これまでの、一見すると斬れ味など毛頭無さそうな羽とは違った。


 次の瞬間、俺はその翼を震わせ、轟速の右ストレートを放っていた。拳が岩柱へと突き刺さり、衝撃が皮膚を数センチほど抉られるが、構わず、Advance能力で岩柱に無数の切り込みを入れてそれを切断する。


「う、嘘...だろ」


 俺は岩柱を砕くと、奴を見据えた。そこから、羽をありったけ射出するイメージを構築させ、背中の翼から。


 羽を、30枚ほど射出した。


 刹那。羽の郡がさながらオーロラを描くように宙を山なりの軌道で舞い、奴へと殺到する。


 奴は岩柱で迎撃を図るが、それでも、数枚は砕きもらし、奴の皮膚を深く裂く。既にやられていた肩の傷と合わせれば、体には既に10を超える深い傷ができている。


 これが、黒銀の翼(クロムメタルウィング)か。


 Crom Metal Wingーー黒銀の翼は、却逆の翼から、「再生能力」を取り払った姿だ。俺はあの時、11時45分。これと、もう一つの特殊元素(マナ)攻略方法を発案したのだった。


 今の翼に、再生能力はない。内部に、粉塵もない。だからこそ、このような破格の攻撃性能を呈することができるのだ。


 だが、奴を殴ることはできる。その為の翼、その為のAdvanceだ。


 次の瞬間、俺は防御をしている奴へと向かって走り込んだ。流石に速度までは上がらなかったが、それでも、奴との間合いは確実に詰められていく。


 5メートル、4メートル、残り2メートル。


 刹那、奴は俺に背を向け、足の末端部分から岩柱を顕現させ、上空へと逃げ出した。高度的な優位値(アドバンテージ)を稼ごうということか。


 だが、そんなことはさせない。


 俺は地面を踏み切り跳躍した。そして、その足元に羽を添え、羽を蹴りつけることで再び飛び上がる。今度は跳躍というより垂直跳びに近かった。俺の体はみるみるうちに高度を上げていき、やがて、奴を越してしまった。


 俺は刹那の浮遊感を一瞬だけ感じたうえで、重力に従って落ちていく。その落下地点には、奴が佇んでいた。


 奴はこのままいけば拳を叩き込まれると思ったのだろう。実際、それは間違いではない。次の瞬間、奴は足の岩柱にもう一つ柱を追加することで、更に進行した。


 奴は、このまま俺が落ちていくと思っている。ーーだから、気付いていない。


 この状況からでも、俺は方向転換が可能だということに。


 刹那。俺は空中に配置しておいた五枚の羽を蹴りつけ、地面に左半身を向けたまま奴へと肉薄する。奴はこちらに背を向けているが、顔は振り向かせていたのでこちらの行動に気付いた。


 次の瞬間。


 ーーまるで、獲物に決めた草食獣に襲いかかられた獣のような顔をした奴に。


 俺は、全ての憤慨を込めた拳を叩き込んだ。


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