危機ーーThe Dimensional Planeーー
「で、あの敵をどうするか、だが...」
11月6日。あれだけ復旧がハイペースで進んでいたにも関わらず、学校はまだ休みだったので、俺は亮を家に上がらせ、作戦会議と洒落こんでいた。
亮には柔軟な発想力がある。それを奴対策に活かそうという魂胆だ。
「何か思い付くかい?」
「いんや、今のままじゃなんとも」
情報が欲しいな、と彼は付け加えた。それで、取り敢えず簡単にAdvancenの内容と奴の気性(俺の見解)、身体能力を説明した。
「無理じゃん! そんな奴にどう勝てばいいのさ!」
そう言う亮に苦笑しつつも、俺は実際そうだろうな、という俯瞰した思考を抱いていた。
奴はほぼ無敵だ。一応、不意打ちすれば討伐できる可能性は見えてくるが、しかし、こちらは相手のことをあまり知らない。知っていることと言えば、Advanceと容貌、体格くらいだろう。
対する相手はこちらの名前はおろか、人間関係まで知っているとみえる。永戸を使って俺を呼び出したのだ。あんな風貌をしているにも関わらず、中身はかなりの切れ者らしい。
だから、奇襲はほぼ不可能だろう。相手のことを知らなければ行動パターンも分からないし、相手がこっちのことを知っているのなら、俺の追跡をかわすことも容易であるだろう。
ーー無理。俺は何度目か分からないほど脳内で反芻したその言葉を再び思い浮かべる。
「んー...今の状況をアクション小説として...お前を勝たせるためには...」
「な、なんか変な気分だな。オイ」
冷静に分析してくれているのは有り難いが、今の言葉、まるで俺が亮の操り人形か何かみたいでそわそわするのだ。
(事実の客観視は悪いことじゃないと思うけどなぁ)
まあ、確かにそうだけど、と返答した瞬間、不意に、亮が「そうだ!」 と叫んだ。
「ど、どうした?」
「分かったぞ。お前が何らかの方法で岩柱を砕けばいいんだ。それで、呆気にとられている相手に向かって20程度の弾幕を畳み掛け、止めを刺す。ついでにヒロインとの関係も深める。完璧だろ?」
その言葉に、俺は肩透かしをくらったような気分になった。それができれば誰も苦労しないのだ。
「あ、あのなぁ...」
取り敢えずそれを口に出そうとする。
しかし、その言葉は打ち消される。他の誰でもない、俺自身によって。
そうだ。誰も苦労しない、だと? 笑わせるな。お前が今までしてきたのは「回避」のための努力だろう。「迎撃」のための努力ではない。
それに、一体いつ、誰が、この却逆の翼の能力に限界があると決めた? 他の誰でもない、お前自身だろう、神無月柊人。
半ば自動的に、俺は脳を回転させていた。こうなってしまえば、もう思考の波は止まらない。思考がとめどなく溢れてくる。
体の中で歯車の噛み合う感覚がある。新しいものが生まれるような、イノベーションの感覚である。
「お、今の表情主人公っぽいな。何か閃いたのか?」
亮はニヤニヤしている。
「まあな。掴んだよ。攻略の手がかり」
俺はそう言うと、椅子から立ち上がり、高らかに宣言した。
「岩柱を砕き、弾幕で奴を圧倒して、その間抜け面に一発かます。これで完璧だろ? 最高のプロローグだ」
その言葉に、亮は一瞬ぽかんとしたが、直ぐに、「やっぱお前凄いよ...色々な意味で」 と返してきた。
(しっかし、そんなこと出来るのかね?)
「そりゃ、できないよ」
俺は翼に即答した。それは思考ではなく、言葉であったので亮にも聞こえた。彼はみたびぽかんとした。
「俺一人ならな」
俺は再び声高らかに宣言すると、携帯を取り出した。電話をかけるのだ。相手が自分を、ハッピーエンドを手に入れる主人公に仕立てあげてくれると信じて。
(しかし、その策...一見すると完璧に見えるが、重要なことを見落としているぞ。奴の解名詠唱だ。奴が次の邂逅までに解名を身に付けてきたら...?)
電話が終わった後、翼が問いかけてきたそれは、実際、俺も危惧していたことだった。
「相手が解名詠唱を身に付けてきたら...」
「ああ、そうか。まだ隠し玉があるんだったな。Advanceには。全く、そそられるねぇ...こういうアクションものも書きたいな」
「不謹慎だなぁ。これで俺が死んだらその話は即打ちきりバットエンドだぞ?」
そうだったな、と笑う亮に、俺は、そう言えば、亮にもAdvanceはあるんだよな、と思い立った。
「ーーしかし、あいつ。異性に手ェ出してないからまだ許せるよなぁ。これで京子とかに手を出してたら多分こんな寛容になれてなかったと思うな」
俺はふと、そう言った。
次の瞬間、亮の顔が驚愕にひきつる。
「ーーー?」
俺が疑問符を顔に浮かべて問い詰めようとしたとき、亮はその表情を崩した。その後に現れた顔は泣き出しそうなくらいに歪んでいた。
「ーーそうかよ。そういうことかよ」
その表情のまま、軋るように呟く。
「俺のAdvanceは、相手が「嘘」と認識していないようなものでも、事実と異なれば探知できる...」
その言葉に、俺は言い知れぬ不安感を感じていた。
「だ、だからどうしたんだよ?」
「お前が今...異性に手を出してないだろうな、と言った瞬間、あいつが笑ってーー」
そこで彼は言葉を切った。いや、それはもしかしたら、真実から目を背けようとした俺の脳が、言葉と言葉の間隔を何倍にも引き延ばしたのかもしれない。
「京子とかに、の部分でーー」
そこから先は聞かなくても分かった。俺は「行かなきゃあッ!」 と叫び、部屋を飛び出した。
時刻は11時45分。あいつは、俺を見失った3時間の間に、京子をロックオンしたというのか?
答えは出ない。
俺は走らなければいけない、という衝動にかられて、走り出した。




