囁きと笑みとーーSmile Forーー
今回、少しだけ話がそれます。
ですが、本当に少しだけです。
「よーっす。元気か?」
11月6日。気分良く小説を読んでいた俺の元に、友人の詞宮 亮が訪ねてきた。
「ああ。うん」
俺はAdvance狩りとの戦闘や修行で疲れていることを隠してそう言った。昨夜も、翼の指導で、夜のアニメが始まるまで体術の構えを取っていたのだ。
「嘘だな」
「な、何を言うかっ!」
しかし、嘘は見透かされた。誤魔化そうとするも、彼は続けて「俺、そういうの分かるんだよなぁ...こりゃ近いうちに主人公に抜擢されるかも」 と言った。
「シナリオはお前が書くのかな?」
「ご名答」
(ん? もしかして、こいつが、お前の言ってた、同級生のラノベ書きか?)
ご名答。と亮の言葉を借りて返すと、俺は手に持っている本を突き出した。
「しっかし、中々面白いな、これ。後15ページくらいだけど、まるで展開が読めない」
「そうだろそうだろ。ーーっということは、ヒロインが死体に口付けを始めたところかな?」
「おう。どうなってんだよ、フェルミは聖職者で、そんな汚らわしいことできないとか言ってたじゃないか」
(ダメだ。話についていけない)
「違うんだなーこれが。まあ読み進めてみ。自分で言うのもあれだが、そっから10ページくらい最高の出来映えだから」
なんて談笑していると、ふと、救急車のサイレンが聞こえてきた。
「近いな。何かあったのかな?」
亮はそう言った。俺も、「ああ、ちょっと怖いよ。全く。最近多いな。原因は何だろうな」 と答えた。まるで、何も事情を知らないふうを装って。
本当は見当がついているのだ。恐らく、あれはAdvance狩りだ。Advance狩りが、Advance使いを狩っているのだ。まるで、ガゼルを追い立てる肉食獣のように。
行かなければいけない。奴はとっととその場から離れてしまっているだろうが、それでも、何か手がかりを掴むために。
「ーーまた嘘だな。なあ、隠し事はやめにしようぜ」
ーーと、彼はそう言った。また、俺の嘘を見透かしたような言葉だ。
「な、何だよ」
「ホントは見当ついてるんだろ? あのサイレンが、何なのかについて」
亮が恐ろしい、と思ったのは、これが人生で初めてだったかもしれない。小学四年生からの付き合いで、ラノベを書き始めた時期も理由も知っているし、互いに好きな相手を勘づいているほどの仲だが、これほど恐ろしいと思ったことはなかった。
全てを吐露してしまおうか、とも思った。彼になら、全てを言ってしまってもいい気がする。いや、言ってしまいたい。
だが、この苦難を彼に押し付けるのもいけないような気がした。彼は、この問題の存在を知れば、小説のため、なんてかこつけて解決に尽力するだろう。もちろん、小説のために命を捨てるような奴でないことは分かっている。彼はいいかげんな振る舞いをしているが、人一倍痛みに敏感で、人一倍優しいのだ。
だから、彼は適当な理由を付けて、皆を傷つけまい、と行動するだろう。
しかし、親友としてそれはしてほしくなかった。彼を傷つけたくない。どんなAdvanceだろうと、特殊元素と戦えば、無傷で帰ってこられないと翼は言う。
(ああ、その通りだ。彼が死ぬ確率は高い)
だから、俺は俯き気味に顔を伏せ、黙っていた。
すると、亮はふぅ、と溜め息を吐き。少し真面目な顔を作って口を開いた。
「俺のAdvanceは、囁きだ。耳元で囁き声が聞こえるんだ。少女のような声をした声が」
Advance。彼はそう言ったのか?
亮は、Advanceのことを知っているーー。そう言えば、彼の誕生日は9月の25日だった。
「その声は、周囲の誰かが嘘を言った時に、決まって笑い声を出す。それ以外では、絶対に笑わない。だから俺は、笑みのように囁くと名前を付けた」
「な、長いな」
「だろ? 改名しようかどうか迷ってんだよ」
彼はそう言って冗談めかした笑みを浮かべる。
「なあ、俺、実はロリコンなんだ」
ふと、俺はそう呟いた。
「あいつが笑った。嘘だ。というか、そんな突拍子もない嘘通用しないって」
そう言われ、俺はぐぬぬ、と唸った。翼が、Advanceを偽装することは良くあることだと言っていたので、渋々言ったのだ。効果がないと思いながら。そしたら、案の定だ。
「俺は、風を操る敵と戦っているんだ」
俺は一瞬考えた末、そう言い放った。
「んーー、風を操る、ってところであいつが笑った。もしかしたらそれは岩使いなんじゃないか、とも言っている」
どきりとした。図星だったのだ。
「ーーっ、そいつにより、同級生の金沢が襲われた」
「嘘だ」
「俺の母さんは小説家だ」
「嘘ォ!? ホントらしいんだけど!?」
「っ、少し前、妹がゴミ箱に捨てたと思われる官能小説が出てきた。それは間違いなく妹作だ!」
「妹作だけは本当だな。捨てたのは妹じゃないだろ?」
ーー正確だ。全て、全て、真実だ。
「だから、隠し事はやめよう、って言ってるじゃねーか。俺も嘘はつかねーよ」
「あ、ああ。なんてことだ。そんなAdvanceがあるなんて」
俺は本心からそう呟いた。
「聞かれたらまずいことでもあるのか?」
「ーーある」
俺は次も、本心からそう答えた。
ーー却逆の翼のことだ。これだけは聞かれたくなかった。
「お前がそう言うんだ。野暮なことは聞かないけど...気を付けろよ」
「ああ、分かってる。というか、いつもそう言って怪我するのは亮じゃないか」
そう言うと亮は笑い、「そ、そうだったなぁ」 と答える。
(しっかし、こんないい友人が居るなんてな。お前は恵まれてるよ)
良い奴だよ、こいつは。そう、思考して呟きかけたところで、ふと、目の前の亮がフラフラ、と2、3歩よろめき、止まったところでこめかみを押さえた。
「ど、どうした?」
「なんか、このAdvanceとやらを身に付けてから、頭痛がすることがあるんだ。確か最後に頭痛がしたのは、10月31日でーー」
次の瞬間、俺は気付いた。
これは、Advance能力なのだと。そして、10月31日にあったことは一つ。
俺と七道先輩の戦いだ。この頭痛が察知するのは、Advance使用に関する何かなのだろう。
俺は周囲を警戒した。ここは住宅街で、一見すると道路の見通しが良く、襲撃などできそうにないように見えるが、一軒家と一軒家の間の塀を渡ってくることで、襲撃をすることは可能なのである。
数秒後、俺は一軒家と一軒家の間に、人の影を見つけた。
目が、合った。
次の瞬間、俺はその目を知っていることに気付く。そうだ、あれはーー
ーーあれは、獣の目だ。
俺は亮を突き飛ばすようにして、その場から離脱した。刹那、回避行動を行った俺の背中を、巨大な岩柱が掠めた。どう見たって、俺が戦った相手よりも柱が太い。
強化されたのかーー!?
俺の表情は恐らく冷静に見えるようなものなのだろうが、心の中は驚愕で満たされていた。対策など何も浮かばない。ーーまさか、昨日は手加減されていたのか。ーー今日は、奴の皮膚を羽で貫通できないのではないか。様々な思いが浮かんでは消える。
「に、逃げろ柊人!」
頭痛で痛むらしい頭を押さえつつも、軋るように亮が叫ぶ。気遣いはありがたい。しかし、俺はそれを聞くわけにはいかないのだ。
「ヘヘヘヘ。ついに見つけたぜェ...」
俺は姿を表した奴と、向かい合うようにして対峙した。
ーー互いに違える、想いをはらみ。
ーー彼らはそれでも、足を止めず。
刹那。俺たちは地面を蹴り、数メートルあった間合いをゼロまで詰めた。




