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アドバンスーAdvanceー  作者: Star Seed
第二章「霊岩郷のプロローグ」
36/91

囁きと笑みとーーSmile Forーー

 今回、少しだけ話がそれます。

 ですが、本当に少しだけです。


「よーっす。元気か?」


 11月6日。気分良く小説を読んでいた俺の元に、友人の詞宮(しみや) (まこと)が訪ねてきた。


「ああ。うん」


 俺はAdvance狩りとの戦闘や修行で疲れていることを隠してそう言った。昨夜も、翼の指導で、夜のアニメが始まるまで体術の構えを取っていたのだ。


「嘘だな」


「な、何を言うかっ!」


 しかし、嘘は見透かされた。誤魔化そうとするも、彼は続けて「俺、そういうの分かるんだよなぁ...こりゃ近いうちに主人公に抜擢されるかも」 と言った。


「シナリオはお前が書くのかな?」


「ご名答」


(ん? もしかして、こいつが、お前の言ってた、同級生のラノベ書きか?)


 ご名答。と亮の言葉を借りて返すと、俺は手に持っている本を突き出した。


「しっかし、中々面白いな、これ。後15ページくらいだけど、まるで展開が読めない」


「そうだろそうだろ。ーーっということは、ヒロインが死体に口付けを始めたところかな?」


「おう。どうなってんだよ、フェルミは聖職者で、そんな汚らわしいことできないとか言ってたじゃないか」


(ダメだ。話についていけない)


「違うんだなーこれが。まあ読み進めてみ。自分で言うのもあれだが、そっから10ページくらい最高の出来映えだから」


 なんて談笑していると、ふと、救急車のサイレンが聞こえてきた。


「近いな。何かあったのかな?」


 亮はそう言った。俺も、「ああ、ちょっと怖いよ。全く。最近多いな。原因は何だろうな」 と答えた。まるで、何も事情を知らないふうを装って。


 本当は見当がついているのだ。恐らく、あれはAdvance狩りだ。Advance狩りが、Advance使いを狩っているのだ。まるで、ガゼルを追い立てる肉食獣のように。


 行かなければいけない。奴はとっととその場から離れてしまっているだろうが、それでも、何か手がかりを掴むために。


「ーーまた嘘だな。なあ、隠し事はやめにしようぜ」


 ーーと、彼はそう言った。また、俺の嘘を見透かしたような言葉だ。


「な、何だよ」


「ホントは見当ついてるんだろ? あのサイレンが、何なのかについて」


 亮が恐ろしい、と思ったのは、これが人生で初めてだったかもしれない。小学四年生からの付き合いで、ラノベを書き始めた時期も理由も知っているし、互いに好きな相手を勘づいているほどの仲だが、これほど恐ろしいと思ったことはなかった。


 全てを吐露してしまおうか、とも思った。彼になら、全てを言ってしまってもいい気がする。いや、言ってしまいたい。


 だが、この苦難を彼に押し付けるのもいけないような気がした。彼は、この問題の存在を知れば、小説のため、なんてかこつけて解決に尽力するだろう。もちろん、小説のために命を捨てるような奴でないことは分かっている。彼はいいかげんな振る舞いをしているが、人一倍痛みに敏感で、人一倍優しいのだ。


 だから、彼は適当な理由を付けて、皆を傷つけまい、と行動するだろう。


 しかし、親友としてそれはしてほしくなかった。彼を傷つけたくない。どんなAdvanceだろうと、特殊元素(マナ)と戦えば、無傷で帰ってこられないと翼は言う。


(ああ、その通りだ。彼が死ぬ確率は高い)


 だから、俺は(うつむ)き気味に顔を伏せ、黙っていた。


 すると、亮はふぅ、と溜め息を吐き。少し真面目な顔を作って口を開いた。


「俺のAdvanceは、囁きだ。耳元で囁き声が聞こえるんだ。少女のような声をした声が」


 Advance。彼はそう言ったのか?


 亮は、Advanceのことを知っているーー。そう言えば、彼の誕生日は9月の25日だった。


「その声は、周囲の誰かが嘘を言った時に、決まって笑い声を出す。それ以外では、絶対に笑わない。だから俺は、笑み(Wisper)のよう(Girl)に囁く(Igsmile)と名前を付けた」


「な、長いな」


「だろ? 改名しようかどうか迷ってんだよ」


 彼はそう言って冗談めかした笑みを浮かべる。


「なあ、俺、実はロリコンなんだ」


 ふと、俺はそう呟いた。


「あいつが笑った。嘘だ。というか、そんな突拍子もない嘘通用しないって」


 そう言われ、俺はぐぬぬ、と唸った。翼が、Advanceを偽装することは良くあることだと言っていたので、渋々言ったのだ。効果がないと思いながら。そしたら、案の定だ。


「俺は、風を操る敵と戦っているんだ」


 俺は一瞬考えた末、そう言い放った。


「んーー、風を操る、ってところであいつが笑った。もしかしたらそれは岩使いなんじゃないか、とも言っている」


 どきりとした。図星だったのだ。


「ーーっ、そいつにより、同級生の金沢が襲われた」


「嘘だ」


「俺の母さんは小説家だ」


「嘘ォ!? ホントらしいんだけど!?」


「っ、少し前、妹がゴミ箱に捨てたと思われる官能小説が出てきた。それは間違いなく妹作だ!」


「妹作だけは本当だな。捨てたのは妹じゃないだろ?」


 ーー正確だ。全て、全て、真実だ。


「だから、隠し事はやめよう、って言ってるじゃねーか。俺も嘘はつかねーよ」


「あ、ああ。なんてことだ。そんなAdvanceがあるなんて」


 俺は本心からそう呟いた。


「聞かれたらまずいことでもあるのか?」


「ーーある」


 俺は次も、本心からそう答えた。


 ーー却逆の翼のことだ。これだけは聞かれたくなかった。


「お前がそう言うんだ。野暮なことは聞かないけど...気を付けろよ」


「ああ、分かってる。というか、いつもそう言って怪我するのは亮じゃないか」


 そう言うと亮は笑い、「そ、そうだったなぁ」 と答える。


(しっかし、こんないい友人が居るなんてな。お前は恵まれてるよ)


 良い奴だよ、こいつは。そう、思考して呟きかけたところで、ふと、目の前の亮がフラフラ、と2、3歩よろめき、止まったところでこめかみを押さえた。


「ど、どうした?」


「なんか、このAdvanceとやらを身に付けてから、頭痛がすることがあるんだ。確か最後に頭痛がしたのは、10月31日でーー」


 次の瞬間、俺は気付いた。


 これは、Advance能力なのだと。そして、10月31日にあったことは一つ。


 俺と七道先輩の戦いだ。この頭痛が察知するのは、Advance使用に関する何かなのだろう。


 俺は周囲を警戒した。ここは住宅街で、一見すると道路の見通しが良く、襲撃などできそうにないように見えるが、一軒家と一軒家の間の塀を渡ってくることで、襲撃をすることは可能なのである。


 数秒後、俺は一軒家と一軒家の間に、人の影を見つけた。


 目が、合った。


 次の瞬間、俺はその目を知っていることに気付く。そうだ、あれはーー


 ーーあれは、獣の目だ。


 俺は亮を突き飛ばすようにして、その場から離脱した。刹那、回避行動を行った俺の背中を、巨大な岩柱が掠めた。どう見たって、俺が戦った相手よりも柱が太い。


 強化されたのかーー!?


 俺の表情は恐らく冷静に見えるようなものなのだろうが、心の中は驚愕で満たされていた。対策など何も浮かばない。ーーまさか、昨日は手加減されていたのか。ーー今日は、奴の皮膚を羽で貫通できないのではないか。様々な思いが浮かんでは消える。


「に、逃げろ柊人!」


 頭痛で痛むらしい頭を押さえつつも、軋るように亮が叫ぶ。気遣いはありがたい。しかし、俺はそれを聞くわけにはいかないのだ。


「ヘヘヘヘ。ついに見つけたぜェ...」


 俺は姿を表した奴と、向かい合うようにして対峙した。


 ーー互いに違える、想いをはらみ。


 ーー彼らはそれでも、足を止めず。


 刹那。俺たちは地面を蹴り、数メートルあった間合いをゼロまで詰めた。

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