「狂気2ーーThe Bestierーー」
今起こったことをありのまま話しましょう。
僕は34話の原稿を書き、一休みするためにホームに戻りました。するとなんということでしょう、レビュー、感想、評価、ブックマークが付いているではありませんか!
思わず声出ました。それで怒られました。ですが嬉しかったです。
生きてて良かったって、心の底から思いました。
(レビューと感想の通知見てブックマーク見たら二人の方が登録しておりました。ありがとうございます!)
俺は奴の眼前まで移動すると、これまたやはり何の躊躇もない右ストレートを打ち出した。空気が鳴り、羽が推力を起こすことで、人間の腕にあるまじき威力の殴打を放つ。
その拳は奴の頬に吸い込まれるように打ち込まれ、そして、そこで止まった。
何ということか。さっきと同じ位置に、同じ威力の攻撃を放ったというのに、今度の攻撃は皮膚に触れた瞬間。そこで活動を停止してしまった。
「効かねえんだよ!」
奴は唸り、俺を殴り飛ばそうと画策する。右拳を下段に構え、腕を振り上げるように殴打を繰り出す。
俺はそれを僅かに体を捻ることで回避すると、奴の胸に左拳での打撃を打ち込んだ。奴が攻撃を空振りし、隙ができたので、腰を入れた一撃を叩き込むことができた。
しかし、それもあまり効果はないようだ。奴には全く堪えていないように見える。
ーーと次の瞬間、奴は左拳の末端から、巨大な岩柱を顕現させた。この距離、普通の人間なら、回避は不可能だ。
しかし、俺は違う。翼から伝授された体術には、ゼロ距離で放たれた飛び道具に対する立ち回りも存在したのだ。
俺は素早く足で地面を蹴り、30センチほど横に跳ぶことで、岩柱を回避した。
この岩柱は基本的な軌道が直線的であり、さらに、レーザービームや原爆なんかと違い、副産物がない。前者は熱を、後者は高濃度の放射線を伴うが、この岩柱は違う。直撃さえ避ければ、ダメージを受けることがないのだ。
「ちょこまかと...ッ!」
奴は三度唸ると、遂に小細工に頼ることなく近接戦闘で決着を着けようという気になったらしい。岩柱を消滅させると、二つの拳を岩石化させーー信じがたいことだが、奴の拳はまるで岩石のごとく黄土色に変色しており、その皮膚には、やはり岩石のような割れ目ができていたーー俺に飛びかかった。
俺は振りかざした奴の拳から、行動を読むことができた。さっき、岩柱を回避した時に使ったものと同じ技術である。
このまま打ち合えば、拮抗しているように見える双方の実力上、相討ちになってしまうかもしれない。
俺はそれを悟り、奴の拳をバックステップで回避した。背中がカウンターに少し触れるが、気にせず、カウンターを乗り越えて逃げる。
「待てや! 逃げんのか!」
その問いには言葉ではなく行動で返すこととなった。俺は充分に間合いをとると、五枚の羽を奴に向かって射出した。
その羽は当然のごとく弾かれ、地面に落ちるが、それこそが俺の仕込みだ。尤も、奴は気づいていないようだが。
奴はその地点から岩柱を顕現させた。しかし、この距離で、何の遮蔽物もないこの場所でそれを撃ってしまえば、その攻撃の弱点も、タイミングも全て分かってしまう。
俺は何の苦もなくそれを回避すると、羽を一枚落とし、それを投擲した。勿論、羽は自分の意思によって操作できるので、この行動にあまり意味はないかもしれない。
奴はそれを弾く。それも、拳で。その行動は、奴の反応速度の早さを露呈させた。
更に、奴はその位置から、岩の礫を20個ほど打ち出した。
俺は前進することでその礫を回避すると、奴の元に駆け込む。
奴は今、焦っている筈だ。切り札に相当する威力の岩柱は回避され、礫も効かないという、この状況に。
だからこそ、奴は来る筈だ。ーー直接、俺を殴りに。
次の瞬間、奴はカウンターから身を乗りだし、こちらに向かって短い跳躍をした。見ると、奴は岩石と化した拳を振りかぶっている。ーー俺を殴る気だ。
だが、そんなことはさせない。俺は奴を真っ直ぐに見据え、そして。
刹那、奴は背中から血を噴いて呻いた。痛みによって攻撃に集中できなくなったのか、拳は見当違いの地点を叩き、俺の右方へ抜ける。
「な...何しやがった、てめェ...!」
「簡単なことだ。お前自身の防御力は、三階からの落下に耐えられるくらい強くはない」
それは、奴の頬に拳を叩き込んだ瞬間に悟ったことだった。俺はうつ伏せに倒れる奴へと近付くと、囁くように言った。
「そして、その化け物みたいな防御力は、体を岩石化することで生み出せるものだな。違うか?」
奴は呻いた。図星だったのだろう。俺は奴の首筋に手を添えると、最後の一言を放った。
「その岩石化は瞬間的だ。だったら、不意打ちしてみたらどうだろう、って考えて、弾かれた羽を打ち込んだんだよ」
俺は次の瞬間、奴の首筋に手刀を叩き込んだ。
しかし。奴の体に手が衝突した瞬間、その手が弾かれた。
(こ、これは...)
翼が呟いた瞬間に、俺は拳を弾いたものの正体に気付いた。
羽だ。ーーこの黒銀の光沢は間違いない。羽のものだ。だが、俺の羽ではない。俺は、首筋は狙っていないのだから。
しかも、この羽は首筋に突き刺さっている訳ではない。首筋に表面が添えられているのだ。つまり、この羽は、奴を守っている。
(避けろ柊人!)
次の瞬間、俺は翼の放った金切り声にも似た警告に押されるように後ろへと跳んでいた。
刹那。ほんの一拍前まで俺が居た空間に、大量の羽が突き刺さった。
それにより発生した煙で、奴の姿がかき消える。
「くそッ!」
俺は叫ぶと、一歩先に踏み出した。しかし、俺の目では、襲撃者はおろか、奴の姿すら捉えることはできなかった。
煙が晴れたとき、そこにはもう何も残っていなかった。
「ーーーくそォォ!」
俺はやり場のない怒りを虚空にぶつけると、永戸の元に歩み寄る。彼を病院に連れていかなければ。このままでは、死んでしまうかもしれない。
だが、どう病院に連れていく? 救急車は大体7分で来るというが、彼は、7分という時間、果たして生きていられるだろうか。
俺が応急処置をするか。やり方は翼が知っているだろうからできるにはできるが...正直、自身がなかった。止血の時に手元が狂い、傷口を開かせてしまったら? 菌を入れてしまったら? 自分が今、他人の命を握っていると考えたら、焦燥感が無尽蔵とも思えるほど沸き立ってきて、平常心が保てなくなる。
(パニックになるな! お前は自身を持っていいんだ! お前ならできるって、京子も言っていたじゃないか!)
翼の言葉に耳を傾ける余裕もなく、俺はガタガタと情けなく震え出す手を、永戸に向かって伸ばした。
「ーーお困りのようだ。大丈夫、今助けるよ」
ふと。俺の耳に、そんな声が届いた。
俺はその声に反応して振り返る。こんな所に来る知り合いは居ないが、その声には聞き覚えがあった。ーーあれはどこだったか...確か10月の初めーー
俺は振り返り、その人物の顔を窺い見た。そして、その正体に気付く。
ーー彼は。
ーーああ、彼は。




