「狂気ーーThe Bestierーー」
実はこの話、二回ほど書き直しました。だから、多分この話は、一話の展開よりも時間をかけていることになります(クオリティが高いとは言ってない)
後、これから更新ペースが落ちると思われます。ご了承ください。
「ちょっと今の状況をまとめてみるか...」
11月5日。俺は徐にそう呟くと、ベットから起き上がった。
(ほう。状況とな?)
「そう。状況。Advance狩りについて」
俺はそう言うと、スマートフォンにイヤホンジャックを突き刺して、音楽をかけ始めた。耳に、「Killer Queen」 の手を叩くようなイントロが響く。
「先ず、あいつ。三階ほどの高さから飛び降りても無事で、羽を弾き、俺の拳を受け止めた...」
そこまで言うと、俺は少し眩暈がしてきた。まるで転生ものライトノベルの主人公のごときスペックだ。こんな相手にどう勝てばいいのだ?
「四階から突き落とすーーもしくは、それと同等の運動量をはらんだ殴打を打ち込む、か」
言ってから、非現実的過ぎることに気付く。そんなことできようもない。大体、俺の全力を出した殴打も、奴には通らなかったではないか。
「ーーじゃあ、斬る、か?」
実際、それも通用しないだろう。大体、俺はさっき、羽が通らない、と嘆いたばかりではないか。
(対抗策として教えた体術は使えないか?)
「ーー分からないな、それは。多分通じないだろうけど、あれは防御主体のものだったろ。迎撃はできずとも、対処はできるだろう」
そう言いつつ、俺は立ち上がった。曲はもう終わりかけている。
「もしかしたら、このまま一生、奴には勝てないかもな」
(そ、そんなこと言うなよな)
翼は、歯がゆさを圧し殺したような声でそう言った。その声色は、俺の耳には、何かを隠そうとしているように思えた。
しかし、追及はしない。翼が隠していることを掘り出すのは、上手く言えないが、いけないことのような気がしたからである。
(ありがとな)
俺はその言葉をしっかりと聞くと、スマートフォンをロックして、机の上に置いてある本に手を伸ばした。取り敢えず、Advance狩り問題は後回しにしてしまって、今は物語の世界に没頭してやろうと、そう考えたからだ。
しかし。3分後。俺の元に届いた電話によって、その思いは儚く打ち消される。
電話の相手は永戸だった。Advance狩りの存在を報告してくれたメールの中に、何か進展あったら電話下さい、と書かれていた番号と、今携帯に表示されている番号は一致した。
画面をタップし、電話に出る。
「よう、元気かァ! 神無月ィ!」
電話口から聞こえてきたのは、永戸の囁くようなソプラノではなく、粗暴な響きを持った、聞くに耐えないアルトだった。
その声には聞き覚えがある。あの特殊元素使いだ。
俺は一瞬、心の中に積もりに積もった憤激を解放してやろうか、という暴力的な衝動に苛まれたが、辛うじて自制すると、平静を装って、「何の用だ」 と冷ややかに返した。
「ンなもん決まりきってんだろうがよォ。戦いだ。てめェを、今度こそこの手で葬るんだよ」
「そんな少年漫画の暴力狂みたいなこと言っても無駄だ。俺はお前と戦う気はない。ーーそれに、それは永戸の携帯だ。どうしてお前が持っている」
そう問いかけると、奴はくくく、と笑った。電話越しでも、奴が口角を吊り上げた、心の底からの笑いを溢しているのが分かる。
「どうしたと...思うね?」
と次の瞬間、電話が切られた。不審に思い、俺は携帯を横目に見据えながら駆け出した。階段を駆け降り、素早く運動靴を履いて、外に出る。
とそこで、携帯が鳴った。メールが送られてきた音だ。画面を見ると、送り主は永戸であることが分かった。
俺は素早い手付きでメールを開く。嫌な予感がしたためだ。何か、知らないうちに大切なものを失ってしまっているかのような...
メールには画像が付けられていた。少し間をおいて、それが表示された瞬間ーー
刹那の瞬間、俺は唖然として凍りついた。
「あ...あ...ッ!」
(野ーー郎ッ!)
そこには。
全身を鈍器か何かでで打ち付けられた永戸の写真がーー
「ああああああああアアアアアアア!」
獣のような咆哮を迸らせ、俺は狂ったように走り出した。
俺は一瞬だけ冷静になっていた思考によって、奴の居る場所を探知していた。あの画像の背後には、寂れた病院の壁が見えた。今年の夏休み、肝試しとかこつけて友達と行ったから良く覚えている。
そこまで、本来は7分ほどかかる筈だった。それに、それは自転車を使えば、の話だ。俺は今、走って病院まで向かっていた。
しかし。俺はものの3分で、病院に着くことができた。
寂れた病院、という評価はまさにその通りで、この病院はかなり昔に廃棄され、使えなくなった施設だ。壁のあちこちには落書きがあり、ここに来る不良も手入れはしていないようで、埃は至る所に撒き散らされている。
俺は入り口から、病院内部を見回す。
「早いな。却逆の翼」
俺は声に反応して、正面を凝視した。見ると、俺の正面には、奴が。特殊元素Advanceで永戸を傷付けた人物が、悠然と佇んでいた。
そいつを見据えた時、俺の頭は誰もが驚くほどに冷めきっていた。それは、奴が傷付けた筈の永戸がどこにも居ないからか。はたまた、異常な状況の連続でストレッサー(脳内で分泌される薬物のようなもの)が過剰に分泌され、気が狂ってしまったのか、それは分からなかったが。
「却逆の翼ーーッッ!」
抑えがたい憤激をはらみ、軋るような抑揚のついた声で、俺は叫んだ。背中に仄かな暖かさが発生し、翼が展開される。
俺は背の翼から羽を五枚ほど射出した。
それを、奴は嘲笑の気を内包させた目で一瞥すると、自分の足元にある「何か」を掴み、羽の軌道上に掲げた。
「それ」は、永戸であった。全身が鮮血で濡れており、顔には大きな痣ができている。
奴の行った残虐非道な行為は。永戸の姿は。
今まで必死に押さえつけてきた憤激を解放させるには充分すぎた。宙を駆ける羽の軌道を90度下に向けると、羽を勢い良く地面に突き刺し、奴へと飛びかかる。
「クハハハハハッ! その時を待ってたぜェェェエ!」
奴はそんな俺を見据えると、腕をこちらに向け、あの岩柱を展開させた。轟速、という形容が相応しい速度で、それはこちらへと向かってくる。
俺は岩柱をサイドステップで回避すると、奴の顔面向けて拳を突き出した。無論、そこには一切の躊躇がなかった。完全に本気で、奴へと殴打を叩き込もうと画策していた。
刹那、俺は展開した翼を震わせ、拳の威力を瞬間的に何倍にも高めた一撃を可能にした。
奴の顔面に、鈍い音を伴って拳が突き刺さるーー。
次の瞬間、奴は遥か後方へと吹っ飛ばされた。待合室を抜け、カウンターの奥へと突き進み、机にその体を打ち付けて、運動量の全てを抹消させた。
「ふざけんなよーーーッ! てめェ...ッ!」
俺は糾弾するように、咆哮するように、叫ぶ。
「お前は獣だ。貪欲に全てを食らう、獣だッ! ーーもう人じゃない。ならーー加減はいらないよなッ!」
(加減なんてするな! あれは、お前のプロローグに於ける「敵」だッ!)
ーーこれは、敵との邂逅。
ーー俺の世界に降り立った、獣との邂逅だ。
次の瞬間。地面を蹴った俺が、奴の視界から消えた。




