過去4ーーNot Outer Novaーー」
却逆の翼の解名システムは、通常のAdvanceと比べれば異質である。しかし、詠唱自体は、さほど特異でもない。
単純なことだ。Advanceを顕現する直前に、「却逆の翼」の名を叫ぶだけでいい。
それをすることで、翼の出力は少なくとも1.3倍以上にハネ上がる。
俺が少し前に特殊元素使いとの戦闘で顕現させた翼は、解名詠唱を済ませていない出力のものである。
そして、歴史書を解読した後、戦闘で用いるようになった却逆の翼は解名詠唱を済ませた後のものだ。
これらの出力には差がある。つまり、解名詠唱を済ませた個体は、他と比べ、「進んだ」個体ということになる。
解名詠唱とは、Advanceの魂を呼ぶ行為だ。魂を引き寄せ、自分の体表に現れたAdvanceの脱け殻へとそれを宿す。それが、解名詠唱である。
ーーしたがって。
真に心の繋がっているAdvanceならば、例え敵の手中に堕ちていようが、取り戻すことができる。それが、Advanceとヒトの絆である。
11月4日。俺、神無月柊人は、その理論を発案させた。そして、即席ではあるがーー実行にうつした。
轟音と衝撃が辺りを満たし、静寂が取り払われる。
周囲の木々が揺れ、土が巻き上がりーーその事象たちの中心に立つ俺の背には、黒銀に輝く翼がーー最も希少なAdvanceがーー却逆の翼が、顕現されていた。
「ーー良く、帰ってきたな...!」
僅かに郷愁の滲む声で俺はそう叫ぶと、背の翼を全力で震わせ、轟速という形容が相応しい、最高速度の打撃を繰り出した。
その拳は彼が刹那に体勢を敢えて崩し、回避を試みたことで急所を外れこそしたものの、確かに、彼の体に叩き込まれた。俺の拳に強い手応えが伝わると同時に、彼の体が宙を舞い、6メートルほど後方へ吹き飛ばされる。
俺はそこに追撃を放つ。背からできる限り羽を射出するイメージで、羽を射出する。
一拍と置かず、5枚の羽が彼へと向かっていく。
どうやら、彼のAdvanceを奪ったことで、俺の却逆の翼の基本性能が上がったようだ。
彼はその攻撃を、もう一度顕現させた翼で迎撃した。翼が空間を凪ぎ、翼の運動範囲にあった羽は全て叩き落とされる。
しかし、その一連の事象を、俺は悠長に観察していなかった。羽を射出した瞬間、駆け出したのだ。
彼との距離は俺の拳によって強引に作り出された6メートル。これだけの距離なら簡単に詰められる。
俺は駆け、素早く間合いを詰めると、ただの右スレートを放ったーーように見せかけるために右手を振りかぶった。
本来、これだけのアクションで右ストレートが飛んでくると断定するのは計算が早いと言える。しかし、俺の背に輝く却逆の翼は、この時点でガードの体勢を作っておかなければ防御不可能の一撃を作り出せる。
だからこそか。彼は過剰すぎる反応で腕を交差させて防御体勢を作った。それをニヒルな笑みで横目に捉えると、俺は右手を振りかぶったまま、左手で彼の頬へと攻撃を叩き込んだ。その1アクションの間に、羽を数枚落として。
今の一撃は、フェイントのため、腰を入れる暇がなかった。だから、後一撃。確実に彼をダウンさせられる打撃を、後一撃叩き込みたい。
だが、この状態では、体勢を戻しているうちに後退されるか反撃を食らってしまう。
そう、この状態のままなら。
俺は次の瞬間、地面に落ちている合計10枚の羽を、巻き上げるように上方へ打ち出した。
その羽は彼の体を薄く裂き、鮮血滴る傷を穿つ。それを視界の中央に添えるや否やーー
俺は、背の羽を震わせて、轟速の打撃を繰り出した。その拳を回避する術は、今の彼にはなく。
彼の鳩尾へ、まるで糸を引くように、拳が吸い込まれた。鈍い音が妙にしっかりと響き、彼は遥か後方へと吹き飛ばされ、樹木に衝突してその動きを止めた。
「流石だな。ーー良くその力を使いこなしている。本当に、流石としか言いようがない」
刹那、俺はそんな声を聞いた。
「ーー君ならきっと辿り着けるだろう。ーーーーーーに」
最後の言葉は良く聞き取れなかった。
と次の瞬間。彼の姿がかき消えた。まるで、見えない消しゴムで擦られたかのように。
「な...!?」
(おめでとう。神無月柊人君。これで、修行の第二段階はクリアだ)
無理して仰々しい言葉遣いをする翼に苦笑してから、俺はやっと、今まで俺がやってきたことの「正体」を悟った。
これは、「催眠」だったのだ。翼は卓越した催眠の技術を会得している。俺一人を催眠にかけることなど容易いだろう。
(ーー大当たり。今まで戦っていたのは、深層心理に刻み込まれた歴戦の戦士だ)
あれが、か。どうやら、俺の深層心理にある、「強い人間」のイメージは、ああいうものらしい。
(まあとにかく、おめでとさん。これでお前はもう一度Advanceが使えるようになった)
俺はそれを聞くと、「却逆の翼」と呟き、翼を顕現させる。
「ーーでも。これで、あいつに勝てるとは限らないーー」
(そう思ってたら負ける。大事なのは心構えだって、教えなかったっけ?)
「そう、だな!」
そう言い、俺は歩き出した。取り敢えず、山道に戻らなければいけない。
山道に戻った時、そう言えば、と、俺は重要なことを忘れていたことを思い出した。
急いでスマートフォンを取りだし、茜先輩のところにメールを入れる。
「スポーツ刈りで獰猛な目をした、僕と同じくらいの身長を持った相手が、先輩を嵌めた可能性がありますーーっと」
(ああ、そう言えば、報告、してなかったな)
「そう。忘れてたんだ。全く...情けなくなってくるよ」
俺は携帯を仕舞い、山道を引き返した。たった今確認した時刻は9時。ここまで路面電車を使っても30分ほどかかったから、帰る頃には9時30分になっているだろう。
疲れた。早く帰って寝たい。そんな思考を回しつつ、俺は電車を待った。
20分後。俺は電車の中で、ポケットの中の携帯が震えるのを感じて、のろのろとそれを取り出した。
そして、画面を覗き込んで、固まった。
路面電車が揺れ、ブレーキ音が響く。俺はそれを聞くのももどかしく、ドアへと急いだ。
ドアが開く。外の空気が、肺に流れ込んでくる。
しかし、俺の気分は休まらない。疲労していることなど忘れて、俺は駆け出していた。向かう先は、この間まで入院していた病院。
ーー俺の頭の中では、1つの文字列が反芻されていた。
ーー茜先輩がやられた。という、信じがたい事実の羅列が。
これにて、修業編は終わりです。何気に、この一連の話はアドバンスーAdvanceーの中で二番目に長いのです。(一位は一章ラストの、脚本書きーーThe Rewriterーー)
ーー少年は、前進することができたのかーー?




