修行ーーForge Allーー
「なあ、翼」
11月3日。午後2時30分。
「俺、強くなりたいよ」
少年は、戦士として目覚めた。
(ーーハッ。結局こうなるか)
翼は嘲笑しているようでいて、自嘲しているようでもある、含みをはらんだ短い笑いを飛ばすと、その言葉を言った。
(いいぜ。とことんやろう。奴に勝つとか悠長なこと言ってねぇで、軍一個師団潰すくらいの実力付ける気合いで!)
そして、俺は、町外れの山まで連れてこられた。
「ーーで、ここで何すんの?」
(勿論、修行だよ。少年漫画とか読んでりゃ、あの展開から何するか分かるだろ)
翼は、「修行」を提案した。
確かに、というか、勝ちたい相手が居るなら、自分の実力を高めようとするのは当然のことだ。逆に、どうして独学で修行をしようという気になれなかったのか不思議でもある。
(最近の若者には覇気が足りねーからな。まあ思い当たらなくて当然だろう)
その言葉に苦笑しつつ、俺は取り敢えず準備運動を開始した。
(おっと。準備運動なんかいらんぞ)
「ーーーー?」
(やることは単純明快。筋肉トレーニングってヤツだからな)
その言葉に、俺は暫く呆けてしまった。
「こ、ここまで来て、やることが筋肉トレーニング?」
(当たらずとも遠からず、だな。さて、じゃ先ず、腕立てからーー)
俺はここで渋るほど不真面目ではないので、取り敢えず、闇雲にトレーニングをやり始めた。
結局、翼が指定したメニューが完全に終わったのは30分後、つまり午後の3時ごろのことだった。
(オーイ? 生きてる?)
「このまま死んだ方がいいかもな。十字切ってくれるか?」
(まだまだ続くんだけどなぁ、これ)
その言葉に、俺はまたまた呆けてしまった。
「殺す気か!」
(まさかだろ)
翼は真面目な声色で答えると、再び言葉を紡ぎ始めた。
(突然だがお前、「超回復」 って知ってるか?)
その言葉には聞き覚えがあった。どこで聞いたかはいまいち覚えていないが、確か、筋肉トレーニングなどで筋肉の筋繊維を一回、酷使することで切り、その後24時間休養することで、筋肉を増強させる、というものだった筈だ。
(話が早いな。ーー今、お前はありとあらゆる種類の筋トレをこなした)
そう言えば、やっている時は夢中で気付けなかったが、筋肉トレーニングをしたのだから、当然、超回復のための時間はとるべきだ。
つまり、今日の分の修行はここで終わりということか?
(まさかだろ。ーー話の続きに戻るぞ。だから、本来なら、ここから24時間の休養が必要だが...却逆の翼があれば別だ)
「あ...ああああああっ!」
点と点が繋がった気がした。そうだ。どうして、今まで気付かなかったのだろう。
超回復に必要なのは、「24時間という時間」ではなく、「24時間分の再生」だ。
つまり、人体の回復速度を引き上げる却逆の翼ならーー!
(そう。回復速度は24時間なんてあくびが出るようなスピードなんかじゃない。オレが却逆の翼のシステムに干渉して、全力でブーストするれば、約15分で完全に回復させることができる)
筋トレは本来、時間のかかるものだ。
しかし、却逆の翼は、それを超過する。
(さて、それじゃ、回復までの時間で、武術的な心得でも体得してもらおうか。なぁに、心配いらない。超回復途中には、適度な運動が必要だと言われているからな)
こうして、長いようで短い、修行が始まった。
(武術、っつっても、そこまで難しいことをするわけじゃない。攻撃のいなし方、重心移動...飛び道具相手の戦闘方法などだ。じゃ、先ず構えからーー)
武術の教えを乞い、それを体得し。
(ハイ後4セットォ!)
「流石に多すぎんだろ!」
筋肉を鍛え。
(自分を水だと考えるんだ。相手の攻撃は自分の体に波紋を刻むだけで、さしたるダメージはない。そんなイメージで、目の前から腕が肉迫してきているイメージを忘れずに構えを取れ)
只の我流徒手空拳が武術へとシフトされる。
11月3日。午後6時45分。気付けば、俺は6日分の筋トレを終えていた。
「ーーまさか、翼にこんな使い方があっただなんてなぁ。教えてくれたら良かったのに」
(事前に教えても、こんな切迫した状況でもなきゃ、修行なんてしてないだろ)
確かにな、と答えてから、俺は歩き出した。
「ああ、そうそう。山に来た理由って何だったんだ?」
(修行の第二段階のためだ。今日中に到達できるかと思ったけど、どうやら奴から食らったダメージが予想以上に大きかったらしい。今日の内にそれをするには、お前も、オレも、精神的な負担が大きすぎるよ)
そうか、と答えたところで、俺はふと、視線の先に京子を見つけた。こんな所で何をやっているのだろう、と思ったが、よく考えれば、俺が今立っているところは、昼に俺があの特殊元素使いと交戦した、まさにその場所だった。
もしかして、調べに来たのだろうか。
「京子」
俺は取り敢えず声をかけてみた。京子は一拍とおかず、こちらに気付くと口を開いた。
「ああ、柊人か」
「どうしたんだよ、こんな所で?」
そう言うと、京子は一瞬口をつぐんだが、直ぐに言葉を紡ぎ始めた。
「ーーあんたのやったことについて調べものを」
どきりとした。図星だったのだ。京子に隠し事はできないようだ。
「ーーバレてたのか。俺が戦ってたこと」
「これだけアスファルトに血が付いてるにも拘わらずまだ生きていて、今、動きが活発になっているAdvance狩りに交戦しそうなのはあんたくらいでしょ?」
どうやら、京子は既に、この町を破壊した張本人が「Advance狩り」であることを突き止めたらしい。
「ねぇ...」
そこで、京子は言葉を切った。
「ーーあんま頑張りすぎないでよね」
そして、言葉を紡ぐ。
「あ、ああ。分かった」
ここで別段何か上手いことが言えるわけでもなく、俺は少し詰まりながら、そう返した。
(やっぱり第二段階突入はやめるか? ーー頑張りすぎるのは良くないらしいしな)
翼がそう問いかけてくる。
「なあ、京子」
「何?」
「もし、皆が傷付くと、自分一人だけが知ったとして、さ。それを解決できるのが、自分一人だと知ったとして、さ。お前はどうする?」
宵闇に、声が弾けた。
「ーーそりゃ、決まってるでしょ」
彼女は、いつもと変わらない、勇ましさと自信に満ち溢れた顔で、答えを紡ぐ。
「死力を尽くして解決させる。私なら、誰にも心配かけないくらいの力で、完全無欠の解決を導き出す」
もう、俺の心に迷いはなかった。




