特殊元素との邂逅2ーーBegining The Rockーー
最近、「Advance」って能力名気に入ってきてます。軽い気持ちで着けたこの名前、こんなに気に入るとは思ってなかったです。
(ーーそれは恐怖と覚悟によって、一時的に顕現された翼だ! 長くは保たない! 止まれば、そこで翼の顕現は終わる!)
俺はそれを聞き流すと、三枚羽を落とし、背後に存在する奴へと射出した。鋭い音がしたので後ろを振り返ると、羽は奴の体表に衝突した瞬間、皮膚を一層として貫通せず下に落ちていた。
「嘘だろッ!」
叫びつつ、俺は走った。
翼の助言によると、特殊元素と正面から戦えば、解名詠唱を済ませていない今の却逆の翼では勝利することはできないらしい。
つまり、どうにかして奴を撒かなければいけないわけだ。
しかし、いくらここが町中と言っても、奴を撒くのは用意ではないだろう。奴がビルの屋上から俺を突き刺そうと撃ってきた柱が撃てるとすれば、俺と奴が一直線上に並んだ瞬間、俺はあの柱に貫かれて死んでしまう。
では、どう撒くのか?
答えは一瞬では出なかった。奴の速度は人間基準なので、しばらくは追い付かれないだろうが、いつかは追い付かれてしまう。大体、こういう鬼ごっこは、追われる側が圧倒的に不利だ。
(人間基準、なんて緩いこと言ってたら追い付かれる! 奴は、常識の通用する相手じゃない!)
翼が叫んだ、次の瞬間。
奴は急に間合いを詰めてきた。さっきまで10数メートルはあった間合いが、今では3センチまで詰められている。
「う、うわああああああああッッ!」
奴を注視すれば、奴が足の末端部分から岩を連続させて顕現していることが分かっただろう。それを知り、対策を練ることができただろう。
しかし、今の俺には、冷静さが些か欠けていた。逃避が不可能と悟ってしまい、俺は奴を照準して拳を引いてしまっていた。
却逆の翼の全ての力を使った、全力の右ストレート。それを叩き込む。
俺は重心を一瞬だけ定位置に固定すると、右肩の羽を全力で震わせ、ジェット機のごとき速度で、奴へと拳を叩き込んだ。
俺の拳は、奴の鳩尾へと、吸い込まれるように叩き込まれーー
体表で、その運動全てを停止させられた。衝撃は奴の体全てに分散され、逆に、叩き込んだこちらの腕が深刻なダメージを受けてしまった。
「嘘、だろ...」
刹那。ゼロ距離から放たれた岩柱攻撃が俺の腹を打ちつけ、まるで重戦車の突撃のごとき衝撃とともに、俺を遥か後方へと吹き飛ばした。
俺は10数メートル後方へと突き抜け、電柱を2、3本倒した挙げ句に、地面のコンクリートに体を擦って、漸く運動量の全てを消滅させることができた。
普通なら死ぬほどのダメージが発生する筈の攻撃だった。しかし、俺はまだ意識があった。
俺は腹を見据える。どの程度のダメージが人体にあったかを確かめるために。
腹辺りの皮膚は、無惨にも抉られていた。しかし、俺はどうも腑に落ちなかった。あれだけの衝撃があってどうして、俺は死んでいない?
その答えは、直ぐに分かった。
却逆の翼だ。どうやら、翼の奴が、ダメージを受ける一瞬、俺の腹を守るように却逆の翼を動かして、ダメージを軽減したようだ。
しかし、その代償として、却逆の翼は半ばから折れてしまっていた。ところどころの羽は崩壊しており、もう、このままでは翼としての機能は失われてしまうだろう。
ーー死ぬ。まだ死んではいないが、このままいけば、奴に止めを刺されて死ぬ。
俺はその場から動こうと腕で闇雲に地面を掻き回した。しかし、大した推力は発生しない。
「死んでたまるか死んでたまるか死んでたまるか死んでたまるか死んでたまるか死んでたまるか」
それでも、呪詛のようにそう唱えながら、俺は必死に逃げようと画策する。
刹那。俺は、風に乗って飛んできた言葉を聞いた。
「あの傷じゃ死んだろ。生きてても痛みで廃人だぜ」
どうやら、奴は俺を諦めたようだ。
ーーそして。俺も。いい加減、僅かに残った「生」にすがり付くのは諦めた方がいいかもしれない。
俺はこのまま死ぬ。それがシナリオなのだろう。
これが、俺のプロローグ...
(何格好付けてんだコラ! 死なせねぇ...死なせねェぞ...!)
ふと、翼の声が聞こえてきた。
(いいか良く聞け。この却逆の翼の羽の中には、粉塵が入っている。意思で操作できて、生命の皮膚に触れるとその部分を治癒させ、欠損部分を補う粉塵だ)
俺は何を言っているのか分からなかった。意識が朦朧としていたからだ。
(で、この粉塵のフラットの再生性能は通常の数百倍ーーつまり、本来ならこの粉塵に触れただけで、過回復で細胞が腐る)
ーー粉塵...? 再生...?
(だから、力をコントロールしろ! 性能を下げる、性能を下げるとイメージするんだ!)
俺は訳も分からず、地面に落ちている粉へと意識を集中させた。粉は凝視した瞬間に、俺へと向かって飛んでくる。それを回避する余力もなく、俺は皮膚にそれを受ける。胸に1つのイメージを去来させながら。
果たして。俺は性能をコントロールすることに成功した。
俺の腹の表層はまるで最初から傷なんてなかったかのように接合され、背中の擦り傷、打撲の痕、痛覚までが、完全に消えた。
「う...あ...?」
(よ、良かった! 助かった!)
俺は翼の歓喜の叫びをぼんやりと聞きながら、ふと、何をしているんだろう、と思った。
あの二年生を助けに行ったつもりが、彼を見捨てて逃げ。彼を襲っていた相手からも逃げ。そして、却逆の翼を使って尚、俺は敗北した。
翼を折られ、プライドを砕かれ、敗北を突きつけられた。
何をしているのだろうーー。
途端に、今まで抑圧されてきた敗北感、寂寥感、焦燥、雪辱。あらゆる感情が一度に溢れてきた。
「何...やってんだよ...!」
気付けば、俺は泣いていた。
今までだって、何度か襲ってきた相手と引き分けることはあった。しかし、本物の「敗北」を味わったことは、思えば一度だってなかったのだ。
俺は、負けたんだーーーー




