「彼に於ける世界ーーPrologue To Destinyーー」
第二章、開幕です。
第二章は多分、一章と比べ、雰囲気が変わります。それは読書嗜好の変遷が影響してたり、キャラクターの個性にあったりするのですが、アドバンスーAdvanceーはアドバンスーAdvanceーのままなので、今後ともお付き合いいたただけたら幸いです。
11月3日。午後12時30分。今日は休日なので、家でゆっくりしようと思っていたが、七道先輩から呼び出され、俺は近所のファストフード店に向かっていた。
メールの文面によると、お詫びがしたい、とのことだった。
翼は思いきりふんだくってやれ、なんて息巻いていたが、俺は勿論遠慮した。そもそも、あれは、七道先輩が悪いわけではないーーと俺は思っているので、別に何も気にしてはなかったのだ。
唯一気がかりなのは使えなくなった却逆の翼だが、それは復活するということが確立しているので、そこまで気になっているわけではないし、そのことで七道先輩を恨んだりもしていない。
しかし、それでは七道先輩の気が済まないらしい。それで、俺がどう断ろうか渋っていると。
(取り敢えず、一連の騒動の解説だけでもしてもらったらいいんじゃねーの? この件、不透明な部分があるだろ?)
と翼が言うので、取り敢えず行くことにした。
「やぁ」
七道先輩はどうやら、待ち合わせの15分前から来ていたらしかった。俺が10分前に着くように予定を調整したので本当の予定である12時40分よりも10分早く飯を食う羽目になった。別に全然構わないが。
「どうも。七道先輩。調子の方、どうですか?」
「いや、俺は怪我してないから、別に大丈夫だが...」
失念していた。
「ーーえ、えーと、Advanceの方、は?」
「ああ、もうすっかり大丈夫だ。今や、解名詠唱しても、精神を侵食されなくなったしな」
それを聞いて、俺は少しホッとした。これで、あの化け物じみた力が制御を失って暴れまわるなどということは起きなくなったわけだ。
「で、どうする? ーー全額奢るから、好きなモン頼んでいいぞ」
(待ってましたぁ! ふんだくれ! 財布の中身を却逆しろォ!)
「そ、そうですね...」
下手な物は頼めない。俺は翼と違って肝が太くないので、店で二番目に安いチーズバーガーと、Sサイズのポテトで注文を済ませた。ドリンクは頼まない。セルフウォーターで十分だ。
お値段は500円切り。学生の一食としてはまあ妥当だろう。
(全く。ちゃんとふんだくってやらなきゃ贖罪にならんだろうに)
尚もずうずうしいことを言う翼を一喝して、俺はチーズバーガーにかぶり付き、口の中に残ったハンバーグとバンズ、その他諸々の食材を咀嚼すると、顔を上げた。
「それで、七道先輩。ちょっと聞きたかったことがあったんです」
「ーーん?」
俺はセルフサービスの水に口を付けると、口を開いた。
「茜 雄徒...ご存知ですか?」
茜 雄徒。それは、何者かの卑劣な攻撃によって友人が傷を負った、という情景を持つ中学生だった。中学三年生なので、俺よりも年上ということになるし、七道先輩よりも年上であることは確かだ。
そんな彼は、その傷害事件を、俺の仕業だと告発した人物が居る、と語った。
俺はそれが、七道先輩なのではないか、と思ったのだ。
七道先輩に心当たりがあれば、それでこの問題は終わり、だ。しかし、俺はどうも、この事件に於いては、七道先輩が関連しているわけではないと思ってしまう。
ーーこれはもっと、別の誰かが、俺を貶めるために仕組んだものなのではないか。
「いや。知らないな」
七道先輩は、俺の期待とは裏腹に、「知らない」と答えた。その声色、表情には、嘘はないように見える。いや、そもそも、この状況で嘘を吐いても仕様がない。
「ーーじゃあ、10月28日に、俺を襲わせた狐面の女性は...?」
「それも知らないな。そもそも、その時俺は、俺自身のAdvanceに操られて、「Advanceを制御できていない」ことが認識できなくなってたんだから、そいつを俺が操っていたとしても、認識できる筈がない」
自分のAdvanceに操られる、とは末恐ろしい話だが、同時に、俺にとって困る話でもある。それでは、事の真意を確かめられない。
「ーーまさか、お前...俺以外の奴にも狙われて...?」
「そうかも...しれません」
俺ははっきりしないままそう返すと、ハンバーガーへとかぶりついた。
「ーーそうだ。妙な話と言えば」
ふと。七道先輩が話を切り出してきた。
「学校の復旧の件なんだが...」
「ああ、あれですか。派手にやりましたからねぇ」
それを言うと、七道先輩はうっ、と唸った。痛いところなのだろう。
「さ、三年生には申し訳ないと思ってるよ。それに、俺たちも、ひいては一年生だって、勉強ができなくなれば大変だろう。ちょうど期末テストが間近だったんだし」
「僕としては全然構わないんですけどね」
「ーーで、話を戻そう。なあ、柊人君」
一拍置いて、彼は言った。
「ーー君、学校の復旧が早過ぎる...と、そう思ったことはないか...?」
俺はどきり、とした。全く同じことを、俺は前に考えたことがあったからだ。
「あ、あります。あのペースは誰がどう考えても異常だ、と」
「そりゃそうだ。半壊どころか、北舎は完全に倒壊している。あれは、一から学校を作り直すのと、何ら手間は変わらない筈だ」
確かに。と俺は脳内で肯定した。
「にも関わらず、だ。どうして、俺と、お前以外の誰も、そのことに気付かないんだーー?」
俺は絶句した。そう言えば、京子も、そのことについては触れてこなかったし、十分な一般常識を持っている筈の父さんも、それは話さなかった。
それに、俺の退院もおかしいといえばおかしい。早過ぎるのだ。小説などで描かれる「入院」は、退院手続きなどが面倒くさいものだった。小説が全てではないが、少なくともあれは現実に基づいた描写の筈だ。こんんあに早く退院できる病院などあるまい。いくら症状がただの疲労と言っても。
「何者か...この学校と関わりの深いAdvance使いが、工作しているーーと?」
「可能性の話だ。ーー75%くらい正しい、可能性の話」
そう言って、彼はバニラシェイクを啜った。
「用心に越したことは無いだろう。この町はおかしい」
時は変わり。彼らがファストフード店へと向かう15時間ほど前。
「な...何なんだよテメェ!」
一介の不良、介埜下 山陽は、とある廃ビルに居た。家から抜け出し、仲間とつるむためである。
彼らは別段何かをしようとしていたわけではなかった。談笑したり、煙草をふかしたり...取り敢えず、反社会的な行動に出たかったのだ。
しかし、そこで、彼らは襲撃を受けた。仲間の一人が、そこに闖入してきた同年代の男の殴打に倒れたのだ。相手は180センチほどの長身で、彼らは一瞬バレー部やバスケ部などのスポーツ系の部活に所属している部員かと思ったが、彼らは今回の襲撃者を、部活などの大会で見たことはなかった。
だからこそ、油断していたのかもしれない。彼らはAdvanceをフルに使い、襲撃者を痛め付けることに決めた。彼らは6人居り、1人をやられていたとはいえ、数の有利はあった。加えて、グループ全員が、攻撃型のAdvance。負ける要素はなかった。
しかし。
彼ーー長身の襲撃者ーーは、自分のAdvanceを見せることなく、不良グループを、山陽を残して塵殺してみせたのだ。
しかも、どうも彼は行動阻害系のAdvanceを使っているわけではないらしい。かといって、身体能力を強化するAdvanceを使っているわけでもない。ただ、不良の武器が当たらず、彼が動き始めるのが少しだけ早く。
拳が突き刺さるのが不良の反応より早かっただけだった。
「さて、残りは君一人だな...ええと、誰だったか...」
彼は最後に、腰が抜けて動けなくなった山陽へと歩み寄った。その瞬間、山陽は、彼の顔を窺い見ることになる。
「そッ...その顔は...ッ!」
「おっと。覚えててくれたんだ。嬉しいね。君は楽に終わらせてあげるよ」
そう呟くと、彼は、山陽の額に指を沿えた。
ーープロローグの、幕が上がる。
山陽は倒れ込む刹那に、彼のことをこう形容したという。
ーーそれは、偶像崇拝に近い想い。
「神」と。




