脚本書き76ーーPrologue To Endingーー
「もう...やめてくれ...」
「却逆の翼」所有者、神無月柊人が脚本書きとの熾烈な戦闘に身を投じていた時、彼、七道睦月は、弱々しく、そう呟いていた。
彼が人間操作のAdvanceに気付いたのは、彼の誕生日から3日ほど後のことで、操ったのはくだらない喧嘩をした友人だった。声を荒げた瞬間、友人が虚ろな目をして固まったので、大層驚いたのは記憶に新しかった。
そんな彼は、一人の異性に対して思慕の情を向けていた。
それが、近森佳苗であった。彼女とは1年生以前、つまり、小学校の時からの知り合いだった。
そう、「知り合い」だったのだ。つまるところ、彼らはそれだけの関係であったのだ。
しかし、彼は、それを良しと思わなかった。
それはそうだ。彼はずっと、彼女のことを想っていたのだから。文化委員会の副委員長に立候補したのも、彼女の側に居るためであり、勤勉に実務をこなすのも、彼女に嫌われないためであった。
そんな時、彼は、彼女が好意を向けている(ように見えた)相手を知る。
それが「却逆の翼」保持者、神無月柊人だった。彼はそんな柊人に嫉妬していたのだ、呪っていた、というほどでもないが、嫉妬していたのは確かだ。
そして、彼はそれ故に、行動に出た。
彼に妹が存在することを知るや否や、彼女を操作し、柊人へと攻撃を仕掛けたのだ。勿論、念入りに計画しての犯行だった。
そして、彼は、なにも柊人を殺す気はなかった。ただ数秒首を絞めて、一時的に鬱のような症状を誘発させるだけで良かったのだーーそれだけでも十分人道を外れた行いと言えるがーー彼は、それだけのことを望んだだけなのだ。
しかし、現実は非情だった。
彼が「力」を渇望し、「支配欲」をたった一瞬とはいえ活性化させてしまった所為で、彼はAdvanceを暴走させてしまった。
Advanceは、解名を、「強い感情」によって得ることができるシステムだ。
そして、その感情が負の感情であれば、Advanceは暴走してしまう。彼は典型的な、「暴走」タイプだった。
それにより、「声を聞かせ、波長の合った対象を1分ほど操作する」Advanceには、「操作する対象に相手自身の名前を書くことで3日間、相手の行動の操作権と、Advance使用権を得る」能力が追加され。
解名を詠唱することで、相手の肉体、脳、Advanceにかかっているリミッターを、一週間、たった一人限りで解放して操作できる、という化け物じみた力にも覚醒してしまった。
彼は最初、暴走したAdvanceに「操作」されており、自分が神無月柊人に危害を加えていることに気付かなかった。
しかし、時が経つにつれ、Advanceが馴染んだので、彼自身にかかった操作だけは解除された。
それにより、彼は全てを悟った。自分の恨みが一人歩きし、柊人を襲っていること。この力に人智を越えた性能が宿っていること。
そして。
このままいけば、Advanceに自分の精神すら食われてしまうこと。
彼は抗った。Advanceの歴史書を図書館で探し回り、見つからないので知り合いである後輩に助けを求め。このAdvanceの暴走が二重人格のようなものだと見立て、本屋で、心理学、脳科学に関する本を漁ったり。
全ての行動は、結果として柊人へと危害を加えるためのスパイスとなってしまったのだが、彼はそれでも、助かるために自分の知識の全てを駆使し、行動してきた。
これが、彼の脚本。彼は、最悪のAdvanceをゴーストライターに添えた、哀れな脚本書きだったのだ。
この日。運命の10月31日。彼のAdvanceは最悪の形で暴走した。あの日、柊人のAdvanceが目覚めた日、カムフラージュのために使ったクラスメイトの「探知機」と親友の「物質操作」を、Advanceは10月31日の始め、つまり深夜12時からずっと駆使し、柊人を襲うための準備を整えた。
彼自身のAdvanceは、度重なる邪魔によって怒りをーー全てが上手くいっている柊人の一団に嫉妬していたと言った方が正しいかーー溜め込んでいた。
そして、この有り様だ。
今や、彼の手によって学校は半壊していた。
そして、目の前の後輩はボロボロだった。
こんなものは、彼の望んだプロローグではない。人生に於けるプロローグ、青春の、あるべき形ではない。
「やめてくれ...」
轟音。ついで、衝撃。30メートルほど前方に佇む少年に、瓦礫が襲いかかる。
「もう...やめてくれよ...!」
少年は避けきれない。瓦礫の全てをその身に叩き込まれ、動かなくなった。
「こんなプロローグ、望んじゃない...!」
Advanceの副作用で痛む頭で、彼は訴えかけた。嫉妬に歪んだ自分のAdvanceに。醜く歪んだプロローグに。
「誰か...誰かーーー」
瓦礫がもう一度浮き、倒れた少年に襲いかかる。
その衝撃は、離れたところに居る自分にも伝わって来て、彼は恐怖に瞑目した。
「誰か、助けてくれよーーー!」
その、刹那。
彼を襲っていた瓦礫が、全て砕けた。「却逆の翼」の力だろう。瓦礫は無数の破片となってそこに崩れ落ちた。
七道は目を瞑っていたた。つまり、今の七道は、Advanceで対象にした「完成形の瓦礫」しか動かせない。もう一度目を開けるまで、「そこにある瓦礫」を操作することはできない。対象の更新ができないためだ。この「物質操作」は、対象物質の状態、形状が変化した場合、視認して操作する物体を更新しなければならない。
「大丈夫です、七道先輩」
不意に、声が聞こえた。凛とした、生徒会長のスピーチのように透き通った声だった。
「あなたの脚本は、こんなところで終わらせない!」
彼は糾弾するように、謳うように叫ぶ。
「バットエンドなんて、全部まとめて打ち砕く!」
七道からは見えないが、彼の傷は、「却逆の翼」があろうと、普段ならあり得ない速度で塞がっていた。それは感情によって「却逆の翼」を使う柊人自身が進化したのか、はたまた刹那の僥倖か、それは分からなかったが。
「ーー俺はあなたのAdvanceを、却逆してみせるーー!」
声が、響いた。




