脚本書き4ーーThe Rewriterーー
「そんな。どうして」
声が、響く。
「何で、何でなんですか...ッ!」
木霊するように、或いは、空気すらも、七道睦月の人道逸脱の行いに腹を立てているかのように。
「どうして、俺を襲ったんだッ!」
声が、響いた。
「そ...そんな」
10月31日。午後1時15分。俺、神無月柊人と、月茜永戸、そして、「翼」は、数日前から俺を悩ませている「操作」のAdvance使いを追い、活発に動き出した奴の尻尾を掴み、そしてーー
その正体を、暴いた。
その正体暴きの立役者である永戸は、まるで呆然自失、といったような表情で、彼を見つめていた。
それはそうだ。七道先輩は文化委員会の副会長であり、体育祭ではチームのリーダーを勤めるなど、生徒を引っ張る姿を目にする機会が多い、言わば、「模範的な生徒」であったからだ。その人の良さは同学年のみならず、他学年すらも虜にするーー
ーーそんな七道先輩が、こんな人の道徳を弄ぶような真似をする筈がない、と、彼も信じきっていたのだ。たった今、この瞬間までは。
「ーーはは」
不意に、彼は笑った。まるで自嘲するような笑みだった。
「情けねぇなぁ...俺」
フラフラと永戸から離れ、天をあおぐ。
「後輩を、ここまで失望させて、沢山の人に迷惑かけて...」
「な...何を...」
刹那。一瞬の静寂を置いて、「それ」は始まった。
「それでもまだ、能力を制御できないなんてーーー」
次の瞬間。永戸の能力で、もう何も仕掛けられない筈の七道先輩の周りから、まるで渦巻くようにタイルが巻き上がった。
「脚本書き」
俺はそれだけ聞くと、目の前が真っ暗になった。
轟音。そして、衝撃。
「がッ...!」
俺は全身に突き抜けるような痛みを感じ、口から血を吐き、下方とおぼしき方向へ落ちていった。
気が付くと、俺の目の前は真っ暗だった。全身には絶え間なく痛みが襲ってきており、俺は直感的に、学校を形作る石が解体され、俺へと牙を剥いたのだと理解した。
しかし、どうして、そんな事象が発生したのかは理解できなかった。
(やりやがった。奴は奥の手を隠し持ってやがったんだ。奥義、「解名詠唱」を)
「解名ーー詠唱ーー?」
掠れた声でどうにかそれだけ発音し切ると、俺は背後に倒れ込んだ。ドサッ、という音とともに、痛みが一瞬だけ強くなったが、体は少しだけ楽になった。
「翼」の言っていた、「解名詠唱」だがーー
確か、「翼」が少し前に言っていた、Advance能力の固有名のことだろう。確か、それを詠唱することでAdvanceを強化できるとかいうものだった。
(そう、その通り。奴が使ったのはそれだろう。くそ、脚本書きとはよく言ったもんだな...)
「翼」が毒づく。
「しかし...強化した、と言っても...どう強化されたか分からないなら...手の打ちようが...」
ない、という言葉はすんでのところで塞き止めた。
(まあ、大方、「操作」対象の肉体機能をブーストさせるとか、そんなところだろう)
俺はそれを聞くと、体から瓦礫を抜こう、と、全力を振り絞って腕を動かす。
(まあ待て、落ち着け。今はまだ抜かなくてもいいだろう)
「却逆の翼」には所有者を治癒させる性能がある。だから、瓦礫を抜いても即失血死という結果にはならないと思ったのだが、どうやら、それは冷静な判断ではなかったようだ。
(いくら、「却逆の翼」の治癒性能が高いからと言っても、その傷じゃ、5秒と経たず失血死しちまうぞ)
では、どうすればいいのか? 俺は4秒ほど考え、そして、「解」を導き出した。
「俺のーーポケット。そこに...回復用のクリスタルがある...」
(ーー瓦礫を抜いて、失血死するまでの間に、それを使う、ってか?)
「ご名答」
俺は言うと、腹に深々と刺さった瓦礫を抜き、大量に血が出るのも構わず、足に突き刺さった分も抜き去ると、ポケットを雷のごとき速度でまさぐると、そこからあのクリスタルをひっ掴み、口へと放り込んだ。
ごくり、と喉を鳴らし、それを飲み込むと、一拍置いて、傷が全て塞がった。内蔵も、表面の切り傷も。ついでに、精神的なダメージも。
頭がクリアになり、体から痛みが拭い去られる。
俺は改めてこのクリスタルの効力に感嘆した。本当にゲームの回復アイテムみたいだ。
しかし、いつまでも感傷に浸っていてはいけない、と自制して、俺は「却逆の翼」を展開した。狭い空間に10枚もの羽を落とすと、それを頭上の「校舎だったもの」にぶつけ、それを切り裂いた。
明るくなった視界で俺は見た。
その、地獄のごとき光景を。4年前に建て替えた校舎が半ばから折れ、地へとその身を落としている。そして、倒壊していない校舎も、Advanceの副作用か、ひび割れている。中には、校舎に一部がブロック状に切り取られているものもあった。
職務を全うし始めた鼓膜で俺は聞いた。
俺がさっきまで立っていた校舎に居たであろう人間の阿鼻叫喚の叫びを。校舎崩壊に伴って、誰もが少なからずダメージを受けているのだろう。
「こ...こんなのって...」
(こんな広範囲殲滅のAdvance、特殊元素系統と却逆の翼以外で聞いたことがない。ーー冗談じゃない。いくら解名詠唱しているとは言え...)
心なしか、「翼」の声も震えているような気がした。
ーーとその刹那、俺は目の前から飛来してきた瓦礫を目敏く捉えた。自身の身体能力の全てを使って横跳びし、何とかそれを回避するが、引き付けが効かなかった右腕に瓦礫端のボルトが突き刺さった。再度強い痛みを味わい、俺はのたうちまわった。
「ーーホントに情けねーのは俺ってか。くそ。手の打ちようがない」
毒づきつつ、俺は周囲を見回した。この現象を止めるには、元凶たる七道先輩を止めるしかない。七道先輩を捕捉しなければ。
果たして、七道先輩は俺から30メートルほど前方に立っていた。頭を抱え、苦しそうに呻いている。
「七道先輩ーーッ!」
俺は必死の形相で呼び掛けた。しかし、こちらの声など聞こえていないかのように、腕で目の前の何もない虚空を払った。
刹那、その動きに呼応して、瓦礫が俺に襲いかかってきた。俺は回避不能と悟るや否や、「却逆の翼」を展開し、翼アシストの右ストレートを瓦礫に向かって叩き込んだ。さっきよりも更に腕が痛んだし、骨にヒビが入ったようで、気絶しかけるほど痛いが、目の前に迫っていた瓦礫を破壊することには成功した。
「ぐ...ァァア...」
まるで獣のように唸ると、俺は痛みを振り払うかの如く駆け出した。七道先輩との距離は目測30メートル。数秒で駆け抜けられる。
しかし、彼は瓦礫を射出することでそれを制した。
俺は得意の右腕を失い、迎撃方法を無くしていた。
ーーよって。
四方からの攻撃を回避し切れずにダメージを受けるのは、自明の理であった。




