脚本書き3ーーThe Rewriterーー
年内に一章を完結させる気だったのに...
「いや、突然そんなこと言われても...」
「とにかく、その能力が必要なんだ。説明はする」
俺はそう言った。
彼の能力は、「湾曲」であり、その内容は、能力をかけた対象を照準することができなくなるという恐ろしいものだ。
その能力は、銃などに留まらず、Advanceに対しても有効であり、かけた対象に、能力で干渉することが不可能となってしまう。そう。たとえ、操作能力だろうと、物質操作だろうと、この能力には逆らえない。
「わ、分かりましたよ。昨日話してくれた襲撃者の件ってことは想像つきますけどね」
その言葉に少しホッとしつつ、俺は説明を始めた。
「俺は昨日の話の操作能力者以外にも、物質操作能力者にも襲われている。おまけに、探知機の能力者にも、だ」
「どれだけ恨み持たれてるんですか...」
淡々と語る俺に苦笑する永戸に「正直心が折れそうだ...」 と冗談めかして言ってから、俺は再び言葉を紡いだ。
「で、俺は今まで何故か操作されていないんだけど、物質操作の対象にはなっている。で、昨日、物質操作は、永戸の能力で無効化できることが分かった」
「つまり?」
「つまり、だ。今、ここで俺に能力をかけて、一瞬で解除してほしい。それで物質操作は無効化できる」
そう、それが目的だった。物質操作能力者に四六時中付け回される生活など御免だったのだ。それに、これをすることによって、相手をあぶり出すことができるかもしれない。
「分かりました。能力を解くことで、相手を動揺させ、動かして、尻尾を掴もうということですね?」
「理解が早くて助かる。じゃ、お願い」
俺はそう言うと、手を差し出した。彼はそれをしっかりと握ると、能力を発動させた。彼の手が、俺に触れられず湾曲する。
一拍置いて、彼の手が俺の体に触る。能力が解除されたということだ。
「ありがとう」
「礼には及びませんよ。こんな小さいこと。じゃ、僕はこれで」
そう言うと、彼はトイレから出ていった。
(さて、仕込みは終わった。後は、待つだけだなーー!)
おう、と応えてから、俺は教室へと戻った。現在時刻は8時20分。まだ遅刻ラインではない。
あんなことがあったのにも関わらず、時間は飛ぶように過ぎ、気付けば昼休みになっていた。
相手は、必ず、こちらを再照準しに来る。そこを叩く。
(でもさぁ、叩く、っつったってどうすんだよ? 人が多いところじゃ、「却逆の翼」は使えない)
「考えてある」
迷いはなかった。俺は小走りになって屋上へと向かうと、そこに存在した12個の「目」全てに攻撃を叩き込んだ。勿論、却逆の翼で。
ここは屋上。人はあまり来ない。
(気長に待つつもりかよ。骨が折れそうだ)
「翼」がそう呟いてから3分後。そこに来たのは永戸だった。
「成果、あがりましたか?」
「いや全然」
「やっぱり不毛なことだったんじゃ...」
「そんなことはない。奴は来る。絶対に」
「どうしてそう言い切れるん(だ?)ですか?」
「翼」と永戸の言葉は同時だった。
「昨日のことで、だ。奴は昨日、本腰を入れて攻撃を仕掛けてきた。それも、まるで血迷ったかのような勢いで」
「まあ、確かに、今まで能力者との肉弾戦を仕向けた相手が、急に戦略を変えて殺しに来たのは...妙としか言いようがない...」
「そう。奴は刺し違えてでも俺を殺す気なんだ。ーー絶対、殺しに来る」
自信たっぷりに言い放つと、俺は屋上への入り口を見据えた。
ドライアイ気味の目が乾いたので、勢い良く瞑目してから、目をしばたかせて、こめかみに指を当て、再び目の焦点を出入り口に合わせーー
「その人物」が現れた瞬間、時間が止まった気がした。
「ーーーーー!」
俺を含め、その場に居た全員が息を呑んだ。
そこに立っていたのは。俺の目を覗き込んで尚、悠然と歩いてくるのはーー
「七道...先輩...?」
七道睦月先輩、その人だった。
「お、オイオイ、どうした、そんな驚いて?」
(と、トボけ込んでやがる! オイ、一発キツいのお見舞いしてやれ!)
「翼」が却逆の翼を展開しようとするのを俺は必死に押さえつつ、呆然自失、という形容が相応しい思考が表層に出る、そのすんでのところで押し止める作業に没頭していた。
「操作」していたのは、七道先輩だったのか?
俺の思考は、たったそれだけの、シンプルな「失望」で埋め尽くされていた。
見ると、彼は、病でも患っているかのようにフラフラとしている。酒呑みの千鳥足のように、2歩、3歩と屋上のタイルを移動する。
「ど、どこか具合でも悪いんですか?」
永戸がすかさず声をかける。
ーーしかしこのままでは、彼が「操作」のAdvanceを保有しているかどうか分からない。
ここに来た、という事象は、間違いなくそれを肯定するものだ。しかし、俺は認めたくなかったのだ。七道先輩に、恨まれ、殺されかけたことを。どんなこじつけを使ってでも、現実を否定したかったのだ。
これは全て悪い夢だ。或いは、七道先輩は、ここにただ通りかかっただけだ。
頭の中で、もう一人の自分がそう語りかける。
(目を逸らすなッ! 現実を見ろ! これは、「敵」だッ!)
俺は幾度となく繰り返される葛藤に耐えきれなくなった。頭を押さえ、そこにへたり混む。
その俺に七道先輩が駆け寄ってくる。いつものように冗談めかした表情ではなく、心の底から心配したような顔で。
俺がそれを見やった、その刹那。
僥倖というべきか。屋上のドアを勢い良く開け放って、3年生とおぼしき男子生徒が闖入を決行した。その目は虚ろであり、一目で、「操作」されていることが分かった。
それを見た瞬間、永戸は機転を効かせ、七道先輩の手を握って「湾曲」のAdvanceを発動させた。
これで、操作されているとおぼしき3年生が止まれば、七道先輩が「操作」能力者であるという事実は確立する。
次の瞬間だった。
こちらへと走り込んできた3年生が全力疾走のエネルギーを上手く殺せず、勢い良く屋上のタイルへと突っ込んだ。
見ると、彼は気絶しているようだった。まるで、俺の「却逆の翼」が発現したその日、俺の家の前に居た中学生のように。
(決まり、だな)
水を打ったように静まり返っていた俺の世界に、冷たく、凛として、「翼」の声が響いた。




