真実の先ーーThe Outer Truthーー
手を怪我していて駆書けませんでした。申し訳ない。
(ふっ...)
「ざけんな!」
「翼」と完全にシンクロして放たれたその言葉は、誰がどう聞いても、憤激を内包した咆哮であった。
10月30日、水曜日。午後1時16分。俺は歴史書から、求めていた情報を引き出すことに成功した。しかし、その答えは現実的ものだった。
能力で誰かを対象とした時、その能力は基本、術者が解除を宣言しない限り解除されることはない。しかし、1つだけ、例外がある。
それはーー
「能力に合った、強い衝撃が必要ーーー」
歴史書によると、強い衝撃とは並大抵のものではない。鳩尾へのストレートがクリティカルヒットしても、その衝撃には届かないとまで言うのだ。
ーーつまり、能力を解除できたとしても、京子は大ケガを負う。下手をすれば、死に至るかもしれない。
そんなこと、俺にはできない。彼女を傷つけることなどできようもない。
(だが、能力を解除しなけりゃ、彼女はずっと正体不明の的に支配されたままだ。それでいいのか、お前は?)
「翼」の、声が響く。
「翼」の言っていることは事実だ。彼女が操作されたままということは、彼女の自由はないと言ってもいい、ということになる。敵はまだ、能力を日常的に発動させることはしていないが、していないからこそ恐ろしい。いつ、何をしている時に能力が発動されるか分からないのだ。いや、こう考える今、この瞬間にも、彼女は能力の餌食になっているかもしれない。
それを考えると、耐えきれなくなる。
でもーー
「京子を...殴るーー」
この前の襲撃の時、俺は体当たりやチョップを使った。しかし、それは本当に威力を抑えたものだった。アメフト選手のような獰猛なタックルなど、俺にできようもない。あれは、肩と肩を廊下でぶつけ合わせる程度の威力しか無かったし、チョップに至っては、必要以上の力は使っていない。
ーー必要以上の力を使って、殴らなければいけない。
その事実は、何よりも重く、俺にのし掛かった。俺の身には全能力の中でもレア中のレア、「却逆の翼」が宿っている。その気になれば、平気で人を殺せる力だ。
そんな大層な力を持っていながら。今回の一件に於いては、俺には何もできない。
(いや、そんなことはない。今からでも、ひょっとしたら彼女を救えるかもしれない)
「どういう、ことだ?」
「翼」の突然のカミングアウトに、俺は一瞬戸惑った。どういうことだ? 救える方法? この力は活殺の力じゃないのか? 色々な疑問が頭をかけまわる。
(全Advanceには、それぞれ、固有名がある。「却逆の翼」は元々名前が用意されている特殊なものだが、兎に角、普段は秘匿されている固有名がある。それは能力を使っていけば自然と感じられる、つまり、理解できるもので、その名前を知り、呼び続けることで能力を強化することができる)
まるで人間関係みたいだな、なんて思いつつ、俺は紡がれる「翼」の言葉に耳を傾けた。
(この力も、強化すれば、彼女を救える力足り得るかもしれない)
ーーそれはもしかしたら、優しい嘘かもしれない、と、俺は一瞬だけ思った。勿論、それは「翼」にも伝わったようで、(ーー無いとは言い切れない) と返してきた。
確かに、可能性はあるだろう。どういう能力が人間操作に有効かは分からないが、有効な能力が発現する確率はある。
「却逆の翼」
俺は名前を呼びつつ、「翼」を展開させた。心なしか「翼」を展開した時の速度が速くなったような気がするし、何だか気分がいいような気がするが、新しい能力が発現することはない。
さて、どうするか。
俺は取り敢えず却逆の翼を畳むと、部屋から出た。階段を駆け下りて、冷蔵庫へと向かう。取り敢えず微糖コーヒーでも飲んで落ち着こうと思ったからだ。
「あれ?」
しかし、コーヒーはなかった。そう言えば昨日最後の一本を飲み切ったのではなかったか。
しょうがない、買ってくるか、なんて思考しつつ俺は家を出た。自販機で買うと高いので、家の前にある自販機は使わず、スーパーへ向かう。
そして。俺は正面から走ってきた体格のいい中学生から、何の躊躇いもない右ストレートーーいや、武術の1つである、正拳突きを食らわされた。
俺はそれをモロに食らい、2メートルほど吹っ飛んでアスファルトに転がった。
この正拳突きは、何の能力アシストもない。それなのにこの威力ーーと、好戦的な思考が一瞬脳内を駆け巡るが、直ぐに、何故こいつは俺を襲ったのか、という思考を回し始める。
俺は奴を凝視した。格闘家や人体生理学の専門家ではないので、それだけで相手のステータスや肉体状態が分かったりはしないが、観察は大事だ。
見ると、奴の目は虚ろだった。
俺はここ数日、こんな目をした奴に襲われなかったかーー!
(操作されているッ!)
「翼」の切迫した叫びが響くとほぼ同時に、俺は飛びかかってくる奴をサイドステップで回避した。奴は、今度は手甲のようなものを装備して殴りかかってきている。
その、拳が、空を切る瞬間ーーー
何もない虚空が、突然爆発した。
爆発は拳の先端から、180度前方を破壊の対象としている。これは、手甲の先端から、爆発を起こす能力なのかーー?
(操作されているなら、出来ることは1つ。相手に意識がトぶくらいの衝撃を与えることーーッ!)
俺はその言葉にハッとした。そうだ。こいつは京子と同じだ。
一先ずこの手の能力には間合いを詰めるべきだと判断し、俺は奴にダッシュで急接近した。姿勢は低く、地面スレスレを這うように駆ける。無造作に投げ出されているかに見える拳はしっかりと握られており、一応、右ストレートが打てる状態ではあった。
俺は拳を、躊躇なく奴に叩き込んだ。「却逆の翼」を展開しなかったのは、この状態で十分に「翼」を機能させられるか不安だったからである。
しかし、拳は空を切った。見ると、奴はバックステップで間合いの外に出ている。そこから、奴は爆発の攻撃を繰り出そうとしている。
俺はその拳に羽を二枚ほど圧し当て、切り裂いた。Advanceの発動には集中力が要る。つまり、集中を乱してやれば、能力は正しく発動しない。そこを突こうとしたのだ。
しかし。こいつは操作されている身。痛みを感じて能力を発動できない、というのはあり得ない筈だった。俺はそれを知っている筈なのにーーどうして、それを実行したんだ。どうして、それがーー
成功、したんだ?
奴は拳を宙に浮かしたまま制止している。まるで、痛みに気圧されているかのように。
「却逆の翼ーー!」
俺は叫びつつ、「翼」を再び展開した。そして、それを全力で震わせ、世界が揺れるほどの、重い、重い拳を、奴に叩き込んだ。
瞬間。空気が切れる音が聴覚野に響き渡ると同時に、奴は背後に7メートルほど吹っ飛んだ。
俺はそれを見や否や、直ぐに駆け寄った。勿論、能力の効果が切れているかどうか見るためである。
掌を返し、悪夢の「76」文字ああるかどうか確認する。
俺は掌に目の焦点を合わせ、なぞるように確認をし、そしてーー
そこに、文字がないことを理解した。
「確実だ...俺の右ストレートなら、能力コントロールを解除できる」
自分に言い聞かせるように。あるいは、能力者を糾弾するように俺はそう呟き、「翼」による5分催眠を使って絶対防御体制を作っておくと、その場を後にした。
まだまだ青い空に、希望が弾けた。
しかし、覚悟は必要だ。京子に、攻撃を加えなければいけないというのは、変わっていないのだから。
ーー俺は大きく息を吐いて、再び歩き出す。




