書庫ーーLibraryーー
10月30日は開校記念日で学校は休みだった。この祝日はこの学校だけのものなので、いつもの祝日で混んでいる店なども恐らく空いている。うちの生徒で、この休みを待ちわびていない者はいないだろう。
俺も、いつもなら家に籠ってADVゲームをやりこんでいるところだが、今日ばかりは事情が違った。
昨日、突如として襲ってきた京子。あれについて調べなければいけない。
「しっかし、彼女の言ってた歴史書って、どこで手に入るんだろう」
(どうして歴史書で今の敵が分かると思ったのか分からないんだけどな)
「いや、ほら、能力について知識を深めるってのは大事なことだろ。それに、能力を解除する方法だって分かるかも」
それを言うと、「翼」は (解除方法なんて無いと思うけどな) と返してきた。
(まあでも、能力について知るのはいいことだと思うぞ。特別に、その本の読み方を教えてやるよ)
「知ってるのかよ!?」
その言葉に、ますます「翼」の本質が掴めなくなった。本当、謎な存在だ。
(その本は、小説、「二代理論」だ)
「何それ?」
俺は思わずそう問いかけた。本はわりと読むが、その本は聞いたことがない。
(けっこう前のものでな、独特の文章雰囲気と卓越した構成でヒットを叩き出した作品だ。作者はーー宮里 光貴。中学生向けじゃないが、図書館には置いてあるだろう)
「お、おう」
丁寧にまくしたてる「翼」に答えてから、俺は部屋のドアを開け放ち、図書館へと足を進めた。
図書館は近所。ものの3分で着くことができた。
「ここに来るのも久しぶりだなぁ」
(普段はあまり来ないのか?)
「まあね。古本屋とか回るようになってからは全く利用してないから」
そう答えつつ、自動ドアを潜り、カウンターを通りすぎて、小説を取り揃えている棚へと向かう。この一連の動作も久しぶりだな...なんて一瞬感傷に浸るが、直ぐにそれを打ち消して本棚へと目をやる。
目当ての本は、5分ほどで見つかった。その本は棚の隅に、まるで隠蔽されているかの如く、読まれるのを疎んでいるかの如く、ひっそりと佇んでいた。
「ホントにあったよ...」
(さ、早く見ようぜ)
俺はその本を手に取ると、席に向かおうと歩き出した。
そして、そこを歩いていた誰かと思いっきり衝突してしまぅ。
「す、すいません」
立ち上がるよりも早く謝礼をすると、相手の顔を見た。これが強面の体育会系だったら震え上がるところだが、ぶつかった感覚から察するに、相手は自分より少し小柄な学生だ。多分。
見ると、それは整った顔立ちをした少女の顔をしていた。一瞬小学生かと思ったが、彼女の姿を廊下で見かけたことが何回かあったので、取り敢えず中学生と断定しておいて、俺は歩き出した。
(いやー、しかし、世の中には色々な人間が居るもんだなぁ)
唐突に「翼」がそう言うので、突然どうしたんだよ、とあしらってから、椅子に座って本を広げる。この小説はいつもお世話になっている神谷文庫から出ていた。神谷文庫は消費者に一番快適な読書を提供するというのが売りであり、ここの単行本は学生の掌でもすっぽりと入るし、文字配分も丁度いいので、文字が頭に入ってきやすい。
(で、どう読むんだよ?)
そう俺が問いかけると、「翼」は一瞬の遅れもなく(先ずは1ページ、ここから歴史書は始まっていてだな...) と説明を始めた。
解読が始まってから5分。俺はこれを執筆した宮里先生に対して感嘆の叫びをあげそうになった。
この本。ストーリーは当然のように面白いのだが、文字一つ一つが、「歴史書」として意味を持っている。勿論、原文をそのまま読んでも全く違和感はない。
(さて、ここは出だしの改行からしてCパターンの解読方法を使うのだろう。2行目を反転させて、20行目と繋げる。そこから3行目を...)
「翼」のナビゲートに従って持ち込んだ紙に、歴史書の内容を写してゆく。
今は第3章の、特殊元素系統能力についての記述を訳しているところだ。
「4つの中の最後の1つ、土の力は、ほぼノーモーションで業務用ピッケルを弾くほどの硬度のある岩石を生成できるうえに、本体の防御力を底上げすることもできる、防御に秀でた力...」
「何してるんだい?」
内容を声に出しつつ(小声)訳していると、ふと、頭上から声をかけられた。相手の方に顔を向けると、声の主は七道先輩であることが分かった。
「あ、先輩。いや、ちょっと、この本の展開を抜き出していたところです」
「展開を?」
「はい。どこかの本に書いてあったんですよ。展開を抜き出して、あとでそれを見ることで、作者の技量が知れる...って」
勿論これは真実を混ぜた真っ赤な嘘である。歴史書はあの京子が顔色を変えるほどの一品だ。相手が人のいい七道先輩だろうと、明かしてしまえば問題が発生してしまうことは確かだ。下手をすると、始末されてしまうだろう。
隠し通さなければいけない。絶対に。
「ふーん。俺もやってみようかな」
「意外と面白いですよ、これ。時間かかりますし、根気も必要ですけど」
そう言うと、「そっか」と言いつつ、七道先輩は本棚に向かって歩き出した。それを目で追いつつ、ホッと胸を撫で下ろす。
(取り敢えず、この本借りようぜ。今みたいに能力者に解読していることが露呈してしまうかもしれない。何冊か本を併用しなければ核心に到達できないらしいからここでやってたが、リスク侵してまでやることじゃなかったな)
そう言うと、「翼」は借りる本を3冊ほど指定した。俺はそれを借りてから、帰路につく。
「しっかし、この書物。今んとこ基本的なことは解説してるが、そもそもの起源とか、肝心なトコには触れてない気がするな」
(それをこれから解くんだよ。この本3冊はそのためのものだ)
それを聞きつつ、俺は前方へと改めて視線を向け、気付いた。
誰かが走ってきている。よく見ると、それは同じ文化委員の木山だった。何けなしに声をかけようとするが、あまりにも必死に走ってきているので、声をかけられなかった。あの雰囲気は、待ち合わせに遅刻しそうなのだろうか。
(じゃ、行こうぜ)
「翼」の言葉と共に、俺は再び歩き出した。




