騎士ーーKnightーー
ドカッ! と。俺の耳に鈍い音が響くと同時に、俺は刀の峰でどつかれていた。
「自分の不甲斐なさに腹が立つーー!」
見ると、目の前では、京子がやりきれない、と言ったような顔色で、そう唸った。
「目の前で、幼馴染みが大変な目に遭っているっていうのに、私はーー!」
「お、おい! どうしたんだよいきなり!?」
そう言うと同時に、刀から何かがこぼれ落ちた。まるでボロ炭のように舞い落ちるそれの正体はまるで掴めない。
「これ、は?」
「能力でできた発信器の類いよ。私も仕掛けられた」
その言葉に俺は驚愕した。一体いつ。どのタイミングで仕掛けられたのかさっぱり分からない。
「相手はこっちを探る手段まで手中に納めてるってのか。くそ! やってくれやがる!」
そう叫びつつ、俺は京子を見やった。彼女はもしかして、俺を守ろうとーー?
「ーー今。相手はこちらの位置が掴めなくなっている。説明するなら今しかない」
彼女は唐突にそう言った。その言葉は、さっき、俺を脅迫した時のような、鋭い響きを帯びていた。
「分かった。何のことかはいまいち掴めないが、説明してもらう」
そう言うと、彼女は口を開いた。
「アンタは命を狙われている。それも、同じ学校の生徒に」
「なっ...」
(やはりか) 「翼」が呟く。学校で狙われた時から予感はしていたが、はっきり告げられるとショックだ。
「しかも、その相手はーー」
それを言おうとした瞬間。
斬! と、彼女の手の刀がさっきまで俺の頭があった場所を通過して空を切る。
空を切ったのは俺が回避したためだ。ギリギリで反応できたのは、ほぼ奇跡に近い。
「な、なにすんだよ! 死ぬぞ、俺!」
叫びつつ彼女を見ると、彼女の目は虚ろなーーまるで操られていた時の妹のようなーーものになっていた。しかし、その目は直ぐに消えてなくなる。
「あ、あれ? 私、今...」
「操られているんだ...」
俺は思わずそう呟いた。
ーー彼女は、俺を襲っている人間操作の能力者に操られている。
「そうかよ、そういうことかよ.....どこまで弄べば気が済むってんだ、このド畜生がーー!」
気付けば叫んでいた。そいつが、京子を狙ったという事実そのものを糾弾しているような、そんな響きを帯びた叫びであった。
宣言に応えるように、彼女がまた操作の対象となる。その刀を上段に構え、俺に振り下ろす。それを胸スレスレで回避すると、彼女の背後に回って首筋へと攻撃を叩き込む。妹にも試した、神経麻痺による気絶を試みたのだ。
奴はたった今、俺の宣言に応えるという単純な理由で彼女を操作した。それは人権の冒涜であり、道徳心の放棄だ。本体は、間違いなく外道だろう。
そんな奴に容赦はしない。
彼女は俺の攻撃を回避してのけると、水平斬りを放った。それを地面スレスレまで身をかがめて避けると、その姿勢のまま突進。彼女に体当たりしつつ、俺は態勢が崩れた彼女の手から刀を奪い取ろうと画策した。
しかし、京子は無理矢理に上体を反らしてそれを防いだ。俺の手が空を切ると同時に、彼女は上体を元の位置に戻して刺突を放つ。
それを見や否や。俺は却逆の翼を展開して羽を一枚落としてそれを刀の軌道上に沿えた。刀は羽もろとも貫通しようと唸るが、羽を貫くことはできない。
刺突で狙われた俺の胸はズキズキと痛む。しかし、ダメージはない。羽でガードしたからだ。苦し紛れにとった防衛行動だが、なかなかいい手だったかもしれない。
「ちくっーーしょう!」
叫びつつ、羽を三枚落とし、左右から彼女の刀にぶつける。しかし、京子は刀を取り落とすことも、姿勢を崩すこともなかった。
この却逆の翼は、中距離戦向きだ。つまり、中距離、近距離ともカバーできる刀とは非常に相性が悪い。
さて、どうするかーー?
(お前の中に、彼女を攻撃するという選択肢はないのか?)
無い! と「翼」を一喝しつつ俺は前方を見据えた。前方では、羽をいなした京子が悠然と刀を構え突進してくる。
ーー待てよ。あるじゃないか。あの攻撃を止める方法が。
俺はその閃きに懸けようと、息を吸い込み、京子を三度見据えた。彼女は上段に刀を構えている。兜割の姿勢だ。
俺はそれが放たれる瞬間。動体視力の全てを解放して刀を回避した。それも、体すれすれのところで。
それを見や否や、俺は動いた。刀の峰を左手で押さえ、右手を首筋に沿えた。それで動きを止めたところで、俺は右手を首筋へと叩き込む。勿論、「翼」のアシスト付きの攻撃だ。
彼女はそれを受けた瞬間、音もたてず倒れる。それを両手で受け止めてから、遅まきながら彼女をどこに運ぼうか、と考え始めた。
やっぱり家か。家は近い。勿論近くなくても運ぶつもりだったが、それでも、運ぶとなると少し後ろめたい気持ちになる。
精神・肉体ともに疲弊していた俺は、大きく深呼吸すると、しっかり大地を踏みしめて歩き出した。




