「却逆ーーProlog To Destinyーー」
この物語は、まだ成長しきっていない、中学生が奮闘するお話です。未来のことなどに不安を抱きながらも、あらゆる苦難を乗り越えて少年少女達が進んでいく。そんなお話です。
最大限の注意をはらって執筆、推敲などしていますが、それでも、誤字、脱字が生じることが御座います。その時には、報せていただけると幸いです。
その日は、妙なくらい寝苦しい夜だった。背中から業火を思わせる痛みが絶えず迸り、痛みに負けそうで、俺は意識を夢の世界へ飛ばすことすらできずに悶えた。
そんな状態が2時間は続いた頃だろうか。ふと、激しかった痛みが嘘のように止まった。
驚いて飛び起きると、丁度時刻が0時で、日付が変わったところであることを確認。今から寝たとしても、寝不足に陥ることに代わりはない。
(そうそう。今日は誕生日だったな)
ふと、俺はそれを思い出した。今日で俺も13歳になる、ということを。10歳の時は二分の一成人式だとかで大騒ぎしたけど、13歳、というのはいまいちパッとしない歳だ。
俺はそんなことを考えつつ、仰向けに寝転がろうとしてーー
「何か」がベットに刺さり、体がそれ以上沈まなくなったのを感じて急いで起き上がった。
「何か」は俺の背中に張り付いているらしく、それは俺のベットのシーツを、あろうことか破ったようだ。
俺は背中の「何か」を見ようと、それに触れた。
「痛つっ!」
そして、俺は「何か」で手を切った。掌に、さっきまで味わっていた業火のごとき痛みを味わい、思わず小さく喘ぐ。
「な、なんだ……?」
呟き、俺は机の上に起きっぱなしにしてあったスマートフォンを手に取り、内向きカメラを起動。カメラで背中を照らした。
(さて、何が写る?)
俺は画面へ視線をやり、画面に写っているものを認識し、
「はぁ!?」
夜中だというのに、すっとんきょうな叫び声をあげてしまった。
(冗談じゃない! なんなんだ……なんなんだよ、これは!)
ーーもはや俺の眠気は、完全に吹っ飛んでいた。
俺の背中には、翼があった。信じられないかもしれないがーー実際、俺も信じられないが、そこには黒銀に煌めく、烏のような滑らかな翼があった。
それも、右背の肩甲骨のみに。翼というのは大抵、二対一体ではないのか。
(いやいや。二対一体とか何考えてんだ俺。まず翼があること自体おかしいだろ)
(ああ、そうだな)
俺はそう思考し、自己肯定をーーー
(あれ?)
俺、今、自己肯定なんかしたか?
(自己肯定じゃないな、これは俺の思考なんだから)
今度のそれは思考ではなくーーはっきりした、「声」だった。少年のような、中年の男のような、あるいは、老人のような声だ。その年齢は定かではない。声の方向は分からなかった。まるで脳内に直接声を送り込まれたような感覚が、そこにはあった。
「だ、誰だ」
何とか心を落ち着けているふうを装ってそう言うと、また、声が聞こえた。
(お、今、混乱してるな。大丈夫かい? 今、深夜だぜ?)
心を読まれてる。
俺は完全に混乱していた。疲弊していると言ったほうが正しいくらいに消耗していた。この「声」の主は、それを的確に読み当てたのだ。
「ーーだから、誰だ?」
俺は訝しむような調子で、声の主に問いかける。
(名前はない。強いて言うなら、神無月 柊人だな。多分そうなるな)
神無月 柊人。何の躊躇いもなく発音されたその名前は、間違いなく、一文字の狂いもなく、俺自身の名前であった。
「そうかい。あんたは言わば俺の偽物ってわけだ」
俺は挑発するようにそう言った。
(冗談だよ。偽物じゃねー。オレはお前であり、その翼であり、そしてオレという独立意識でもある)
そこまで声が聞こえたところで、相手は一旦声を切り、続けた。
(名前を、「却逆の翼」という)
「却逆の翼ーー?」
イマイチこの声の主のことは分からないが、事の中心は見えてきた。どうやら、この翼には名称が設定されているらしい。それが、却逆の翼、という仰々しい名前で、声の主は、その翼に取り付いていた独立意識というわけだ。
(何もかも訳がわからないが……これはどうやら現実なんだな)
俺のその思考に共鳴するように、「相手」は声を出した。
(理解が早いな。そう。俺は翼だ)
翼。確かに、彼はそう言った。つまり、これは俺の体に生えた器官の1つというわけだ。
だったら、自分の意思で動かせるのではないか。そう思考した瞬間、見えない何かに圧されるように、背中の翼の感覚が発生した。
俺は翼が生えている肩甲骨の辺りを動かそうとし、そしてーー。
翼を三枚ほど地面に落としてしまった。
「あ、あれ?」
もしかしてイメージ力が足りなかったのか、そう思ってもう一度チャレンジすると、今度は一気に10枚ほど落ちた。
(お、初めてにしちゃ、なかなかどうして上手いじゃねーか)
「う、上手いってどういうことだよ? 俺は翼を動かせなかったんだぞ?」
そう返した瞬間、地面に刺さっていた筈の翼が舞い上がり、俺の肩辺りまで浮上してホバリングしたのに驚愕しつつ、返答を待った。
(この翼は、飛ぶためのものじゃないんだ。今やったように、分解した翼をナイフのように飛ばす力。それこそが、却逆の翼っていう、1つのAdvance、つまり、特殊能力ってやつなんだ)
「Advanceーー?」
確か英語で、「進む」という意味を持っていた筈だ。それが、この翼もどきのような異能力の総称だろうか。
(そういうことだ。ああ、そうそう。お前、狙われてるぞ)
「えーーー?」
俺が無意識のうちに声を漏らすのとほぼ同時に、ドアから妹が入ってきた。まだ起きてたのか。うるさくしてゴメン。色々かける言葉はあった筈だ。しかし、声が出ない。
ーー妹の様子がおかしい。目が虚ろなうえに、バランスが取れていないのかフラフラしている。
(あれは敵だ、警戒しろよッ!)
刹那、脳の中で声が閃くと同時に、妹は俺に飛びかかってきた。だが、俺は不思議と親近感を覚える「声」のお陰で、反応できた。
サイドステップで妹をかわすと、背後に回り込み、手刀を構えて首筋への攻撃を試みた。
勿論、そんなことで相手の神経が麻痺するとは思っていない。錯乱状態にある妹を落ち着かせるための、気付け薬のようなものだ。
だが、そんな行動に対しても、声のアシストが入った。
(ーー神経麻痺の角度はオレが補正する。叩き込めッ!)
それに導かれるようにして、俺は手刀を振り上げ、声がアシストしてくれている通りに叩き込んだ。
それで、まるで魔法のように妹は地面に倒れ込んだ。今の手刀で神経伝達が一時的に阻害され、気絶したらしい。それを慌てて抱き抱えると、ホッ、と安堵の息を漏らす。
しかし、「声」の緊張は解けていなかった。
(恐らく、敵は近くに居るぞ)
その一言で、俺は妹を取り敢えず俺のベットに寝かせ、窓の外に目をやることにした。
窓の外には、やはり、というべきか。挙動不審な中学生くらいの男が立っていた。見るに、今から逃げようとしている。
(逃がすなよ。翼は装着者を羽ばたかせるんじゃなく、羽根の一枚一枚を羽ばたかせるシステムだ)
「声」はそう簡潔に言い切った。その言葉の中には、俺への期待が内包されている。
その期待に、答えるようにーー
俺は背中の翼を一気に10枚解体し、窓を開け放って、それを窓の外に飛ばした。照準は、あの男の進行方向。
次の瞬間、翼はまるで獲物を狩るチーターのごとき速度で彼の前方に突き刺さった。続いて、2弾を奴の腕を掠める起動で打ち込む。わずかに腕が切れたのを二階から確認すると、俺は一階に駆け下りてそいつを捕まえようとした。
しかし、それが実現するよりも早く、信じがたい現象が起きた。路上の奴が、突然、糸が切れたように倒れ込んだのだ。
どういうことだろうか。まさか、腕を切られたショックで失神ーー?
(奴も操り人形だ。つまり、今ので、オレとお前の能力を探ろうとしたわけだ)
またも俺の思考に、「声」が割り込む。
「探ろうとした……? どういうことだ」
(能力者は一人じゃない。お前以外にもAdvanceが使える人間は存在しているんだ。そして、今のは、そういう中の一人からの襲撃だったってことだよ)
襲撃。Advance使いからの、襲撃ーー。
もう頭がついていけなかった。目の前で起きていること、起ころうとしていることが、紛れもない現実なのだと、理解はできても納得できなかった。
(さて。じゃ、これからよろしくな、柊人)
混乱している俺をよそに、声の主はそう言った。
ーーこの日。確かに、俺の運命は始まった。
それはとても短いようで長く、鮮烈で、熾烈なーー戦いと別れの記録。
やっぱり、一話からヒロインが出ないのは致命的でしょうかね...




