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俺の一日は基本的に、午前中に魔法の練習をして、午後に畑を作ることに占められている。
本来なら手間のかかる畑をつくる作業を優先させたいところだが、魔法の練習を疎かにする訳にはいかない。
いつものように午前中に天候魔法の練習を終えた俺が一旦家の中へ戻ると、台所で悩ましげな表情をうかべ唸っているリオンを見つけた。
いつも無表情な彼女が顎に手を当てて悩んでいる姿に少し驚きながらも、声をかけることにした。
「どうしたんだ、リオン」
「ん? お昼ご飯なににしようか考えてた」
「へぇ、でも……そんなに悩むことか?」
「え……」
そう言うと、リオンの目が大きく見開かれた。
え? な、なんでそんなショックを受けているんだ?
「そんなに悩むことだよ……! 信じられない、ハルマ」
「ご、ごめん。酷いことを言うつもりじゃなかったんだが……」
よくよく考えれば分かるはずだ。
この子は、朝昼晩全てのご飯を作ってくれている。俺とエリックさんが飽きないように、日々試行錯誤を繰りかえして料理を作ってくれているのに……俺は、なんてバカなことを言ってしまったんだ。
あまりにも無神経すぎた発言をしてしまった。
「ご飯は美味しくなくちゃ、意味がないんだよ……!」
「はい……」
「限られた食材でどれだけ、美味しく調理できるか。私は常にそれを考え続けているの」
「ごめんなさい……」
「これを見て、ハルマ。このじゃがいも、どうしたら美味しく調理できるか考えていたの。私的には、やっぱりポテトスープにするのもいいと思うんだけど、やっぱり蒸かして塩で食べるのもいいかなって思えてきちゃって。でもでも、やっぱり新しいことに挑戦して、輪切りにして焼いてみるのも美味しそう――」
「……お、おう」
ちょっと待て、今まで見たことがないほどの笑顔で料理について語ってくれているんですけど。
まさかこの子、料理好きであり、かつ食べるのも好きなのか?
確かに、いつもたくさん食べるなぁって日頃思っていた。でも、年頃の少女にそんなこと言うのは失礼だなと思って、心に留めておいたのに……まさかまさかの事実に呆気に取られてしまう。
「ハルマはなにがいい?」
「え、えーと、蒸かしてみたらどうだ? 塩で食べるのもいいし、すり潰して炒めた肉を和えれば、中々にいけるんじゃ――」
「うん、そうしよ」
うわぁ、満面の笑顔。
ぱぁっと普段から想像できない笑顔を見せるリオン。
「ん、お腹減ってきた。すぐに作るね」
彼女を見て、俺は確信する。
この子が、隠れ食いしん坊だということを。
大人しい見た目から想像できない分、すごいギャップだ。
ほくほく顔でじゃがいもを抱えたリオンは、鍋を取り出して料理の準備を始めた。
見た目では想像できないこともあるんだな……今まさにそれを目の当たりにして驚いている。
思えば、俺はリオンやエリックさんのことを自分から聞いたことはなかったな。
……俺も、歩み寄る努力というものするべきだな。
台所から離れて椅子に座った俺は、今の今まで気になっていたことをリオンに訊いてみることにした。
「リオン」
「なに?」
「君は、エリックさんと二人で暮らしていたのか?」
「そうだよ。三年くらい前かな? 私が十三歳になった時に、おじいちゃんとここで暮らしはじめたの」
「リオンの両親は――……っ」
口に出してから、自分の迂闊さに再び自己嫌悪に陥る。
バカか俺は。
十三の頃の彼女が、エリックさんと一緒に生活することになった理由くらい察しろよ……!
この世界に来て、気が抜けているのかバカ。
「私の両親?」
「ごめん。気軽に聞いていい話じゃ――」
「トレジャーハンターだよ」
「……はい?」
慌てて誤魔化そうとする俺に気軽にそう言い放った彼女の言葉に、耳を疑う。
ん、んん? 今この子はなんと言った?
まさかトレジャーハンターだなんて、映画でしかみたことがない特殊な職業なわけ――、
「トレジャーハンター。私のお父さんもお母さんも、同じことしてるの」
聞き間違いじゃなかった……!
えぇ、予想とは違って超アグレッシブなご両親だな。
変に勘繰ってしまって恥ずかしくなる。
「お父さんとお母さんは世界を旅して回って、遺跡とかダンジョンとかを冒険しているの。その界隈では有名らしい。お父さんは“北の大賢者”の息子ってことで別の意味で有名だけど」
「らしいって、君はよく知らないのか?」
「よく伝説の魔物だとか、未踏のダンジョンを制覇しただとか聞くけど……私はあまり興味がない」
なんか聞いた限りじゃ凄まじいことをしているように感じるのだが……。
いや、よく考えればエリックさんの息子さんとくれば、相応に凄い人なのだろう。
リオンの両親に感嘆の声を漏らしていると、彼女がこちらを見ずに言葉を紡ぐ。
「十三の時、お父さんに一緒に旅をしようって言われた。勿論、トレジャーハンターとしての旅をね」
「いかなかったのか?」
「うん。運動とか苦手だし、本を読んでる方が好き」
確かに、この子が走り回る光景はあまり想像できないな。
むしろ、静かに本を読んでいる姿の方がしっくりとくる。
「元々は王国の方に住んでいたんだけど、両親がトレジャーハンターとしての仕事にいかなくちゃならなくなったから、おじいちゃんのところに来たの」
「へぇ、寂しくはなかったのか?」
「連絡しようと思えばできるし、寂しくないよ。それにここは本がいっぱいあるし、王国みたいにうるさくないから気に入ってる」
王国がどういう場所かは分からないが、リオンはここが好きなんだな。
かくいう俺も、実家の環境と似ているここを気に入っている節がある。
「それにトレジャーハンターって、ご飯が食べられない時がたくさんあるから、あまり好きじゃない」
「……」
それが大部分の理由なんじゃ……?
「リオンってさ」
「ん?」
「食いしんぼ――」
「違う」
ピシャリと驚くほど冷たいリオンの声に、呆気にとられる。
俯きながらじゃがいもをまな板の上に静かに置いた彼女は、ゆらりとこちらを振り向き、早歩きで俺の座る椅子にまで近づいてきた。
突然のことに呆然とする俺の頭をがしりと掴んだ、リオンは無理矢理視線を合わせてきた。
「ハルマ」
「へ、は、はい」
「食いしん坊、違う、分かった?」
「わ、分かりました……」
「ん、よし」
微かに赤らんだ頬のまま、くるりと振り向き台所へ戻っていくリオンに、生きた心地がしなくなる。
うん、あれだ、怒らせていけない存在ってのは、どこの世界にもいるんだな。
今後、リオンの前で迂闊なことは言うまいと心の中で誓うのだった。