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二度目のアメヤサイ作りも、無事に収穫にまでこぎつけることができた。
アメトマト、アメキュウリ、アメスイカ。
どれも元いた世界の野菜と似た栽培法だったからこそ、収穫できたといっても過言ではない。
しかし、反省すべき点がなかったわけじゃない。
むしろ、反省するところが沢山ありすぎた。
そもそも、アメキャベツを作ったあとに一気に三種類も栽培してしまったせいで、作業に戸惑いが出てしまった。
そして、単純な俺の知識不足。
もしノアがいてくれなかったら、俺は確実にアメヤサイのどれかを駄目にしていたかもしれない。
最後に、サニーラビット対策。
必要以上にサニーラビットを大きな存在と意識してしまったせいで、碌な対策を立てられなかった。ミリアがいてくれなければ、確実に畑はサニーラビットに蹂躙されていただろう。
他にもいくつか反省点があるけれど、とりあえず目下の問題はこれぐらいだろう。
「あれ、フウロ。お前ちょっとデカくなったか?」
「わふ?」
畑の土を天地返しで掘り返していると、フウロの体格の変化に気付いた。
ほんの少し前までは子犬ぐらいのサイズだったのに、今は一回りほど大きくなっているのだ。
確かに犬の成長は早いが、まさか魔物のフウロもそれに当てはまるとはなぁ。
相棒の成長に嬉しくなり、小さな頭を撫でる。
「お前も、成長しているんだなぁ」
「わん!」
「このままデカくなれば、サニーラビットだってビビって逃げ出すくらいに強くなれるぞ」
こいつが大人になって、今以上に頼もしい姿を見せてくれる時が楽しみだ。
「ハルマー、こっちの方はもう収穫しちゃっても大丈夫かしらー?」
「大丈夫だぞー!」
「はーい! それじゃ、リオン、ミリア。それぞれ分担して作業しちゃいましょう」
「うん」
「了解しました」
三種類のアメヤサイの育てられている畑で、ノア達が畑仕事を手伝ってくれている。
ミリアも、なんだか吹っ切れた感じだな。
このまま護衛を続けるという旨を王国の方に送ったらしいし、大丈夫そうだ。
一安心した俺は再び畑作業へ戻ろうとすると、先ほどまで仲睦まじそうに作業をしていた三人が、こちらを見て顔を青ざめさせているのが見えた。
「ハ、ハハハ、ハルマぁ!」
「後ろ! 後ろだ!」
「……ッ、……ッ!」
「え?」
なんだろう?
ノアはとんでもなく慌てているし、ミリアは今まで聞いたことのないような声を張り上げ、リオンは声すら出ていない。
これはアレか? 全員集合的なフリなのか?
こういうのはあえて振り向かないのがセオリーだけど――・
『――ピィ』
「ッ!?」
すぐ後ろで聞こえた、何かの鳴き声。
慌てて振り向くが、そこには何もいない。
え、もしかして俺の後ろに何かいたの!?
焦りながら周囲を見回していると、声が聞こえた方向に足跡のようなものを見つける。
「なんだこれ?」
大きさと形からして人、間やサニーラビットのものではない。
むしろこれは、鹿とかそういう動物の――、
「わんっ!」
「フウロ、森の中にいるのか?」
フウロが吠えている先を見やると、遠目にだが森の奥深くへと向かっていく大きな鹿の姿を視界に捉えた。
大鹿は不意に立ち止まると、一度こちらを振り向いた。
「……っ!?」
この距離からでも分かるほど、深い緑色の澄んだ瞳。
光り輝く幾重にも枝別れた角。
そして、自然と一体化するような緑色の体毛。
まさか、まさかまさかまさか!
「フォレスト、ホーン?」
『ピィー!』
俺の呟きに応えるように大きく一声鳴いた大鹿は、そのまま深い森の中へ消えて行ってしまった。
伝説といわれる存在が、すぐ俺の後ろにいた。
しかも畑の中に足を踏み入れた上に、声をかけてきた。
あまりの事態に、脳の処理が追い付かない。
唖然としたまま動けない俺の元に、興奮気味のノアとミリアがやってくる。
「は、ハルマ! あれってそうよね!? そうなのよね!?」
「神聖存在とまで言われるフォレストホーンがあそこまで人に近づくなんて、大変どころじゃないぞ!」
「と、とりあえず落ち着いてくれ」
「「これが落ち着けるかー!!」」
でしょうね。
だって俺が一番落ち着けていないもの。
未だに心臓バクバクだよ。
とりあえず、あとからやってきたリオンに話しかける。
「人生何が起こるか分からないって、本当なんだな」
そう言葉にすると、彼女は笑みを浮かべて頷いてくれた。
豊穣を約束する伝説の存在、フォレストホーンが畑に足を踏み入れた。
これからのアメヤサイ作りが順調にいくという縁起のいいものか、それともフォレストホーンがやってきた畑ということで、厄介ごとを引き寄せる原因になるかは分からない。
しかし、ただ一つ言えることがあるとすれば、俺の……いや、俺達の天候魔法によるアメヤサイづくりは、これからも続いていくということだ。




