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護衛の解任を望んでいたミリアは暫し呆然とし、今までの会話を思い出したのか顔を真っ赤にしていた。
しかし、これはミリア自身が護衛を続けるか否かを選べるということを意味する。
ミリアは、その場で答えは出さなかった。
***
「ハルマ、こっちだ」
「ま、まだ着かないのか……」
王国にアメヤサイを送ったあと、俺とミリアは森の中へと足を踏み入れていた。
というのも、ミリアが巨大魚のいる池へと連れて行ってくれるという約束を覚えていてくれていたのだ。
ほとんどのアメヤサイは種子を作るためのもの以外は収穫してしまったので、サニーラビットが襲ってくることはないと思われるのだが、それでも不安だったのでノアとリオンに今日だけ畑の様子を見てもらうように頼んでおいた。
気軽な気持ちでカバンを用意しミリアと共に森の中へ入ったのだが……。
「ま、まさかここまでの急勾配を歩くことになるなんて……」
森の中へ入って三〇分ほど歩いただろうか。
最初こそ森の景色とかを楽しみながら歩いていたが、いつしか傾斜の激しい場所や、足場の悪い道を歩くことになりそれどころじゃなくなっていた。
慣れているミリアはひょいひょいと気軽な様子で前に進んでいくが、恐らくそれでも俺の歩幅に合わせてくれているのだろう。
「帰り道とかは大丈夫なのか?」
「その心配はない。サニーラビットを追いかける際に、ここの景色はしっかりと覚えたからな。道に迷うということはまずないだろう。それよりも……」
ミリアの視線が、俺の持っているカバンへと向けられる。
「それは必要だったのか?」
「あー、必要ないといえばないけど……でも、持ってきた方がいいかなって」
「?」
首を傾げるミリアに愛想笑いを返す。
このカバンの中身は山に持っていくには適さないものだけど、それでも持ってきたいと思った。
「……まあいい。それより、もうすぐ着くぞ」
ゴールが見えてきたからか、重く感じられた足が心なしか軽くなる。
しばらく進んでくと水が打ちつけられるような音が聞こえ、視線の先には木々の生い茂った先にひらけた場所が見えてくる。
焦らず、確かな足取りでそこまで進んでいった先には、目も奪われるような光景が広がっていた。
「うおぉ……!」
澄んだ湖の表面に打ち付けられる滝。
そして、その水しぶきが太陽に反射して綺麗な虹を作っていた
絶景に見入っていた俺に、ミリアは満足そうに微笑んだ。
「言っただろう? 一人で独占するには勿体ないとな」
「すごい……。本当にそれしか言葉が見つからないよ」
むしろ下手な言葉で飾り立てれば、魅力を損なってしまう思えるほどだ。
「そういえば、どうやってここを見つけたんだ?」
「森で下流を見つけたからだよ。食料を見つけるために、上流に向かっていった末にたどり着いたんだ」
なるほど。しかし、本当にすごい景色だ。
「ハルマ。とりあえず休もうか」
「あ、ああ」
感動で忘れていたが、結構疲れているんだった。
湖の周りには石が多く転がっており、座る場所に困ることはなさそうだ。
適当な場所に腰を下ろした俺達は、暫し音を立てて落ちていく滝を眺めていた。
「……ここ数日、考えていたんだ」
「ん?」
「私はここにいていいのか、私なんかよりも優秀な護衛がいるのではないか、と」
「……」
ミリアの言葉に、静かに耳を傾ける。
「隊長の手紙を見て思い知らされた。私は、自分の意志で君達と別れるのが嫌だったんだ。だから、隊長に判断を任せてしまった」
ミリアは俺達との別れを望んでいなかった。
でも、他の人に辞めさせてもらえばお互いに傷つかずに済む。
「私は……私は、これからも君の護衛でいたい。これまでの景色とは違う、君達の日常を守っていきたい。そう思ったんだ」
そこまで言葉にして、ミリアはようやくこちらに顔を向けた。
不安と決意を感じさせる瞳。
「ハルマ。私はまだ……君の護衛でいてもいいのだろうか?」
そんなこと、聞かれるまでもない。
俺の答えは、もう最初から決まっているのだから。
「もちろんだ。これからもよろしくな、ミリア」
「……ああ! これからもよろしく、ハルマ!」
ミリアの笑顔を見て、俺は本当の意味で彼女と仲間になれたと思えた。
心配しなくとも、彼女は大丈夫だろう。
彼女は迷わずに自分のしたいことを選択できたのだから。
さて、ミリアが正式な護衛になってくれたので、めでたいついでにカバンからあれを出そう。
「なら、これを持ってきて良かったな」
「え、それは……」
取り出したのは、緑と黒のぎざぎざとした縞模様が特徴の野菜、アメスイカであった。
「フッフッフ、保管しているものから一つだけ持ってきたんだ」
「隠れて食べると、リオンとノアに怒られるんじゃないか?」
「その心配は無用! なぜなら、今日は二人にもアメスイカをあげてここにきたからな!」
さすがに二度も隠れて食べようと思っていない。
留守番を任せている二人にも、しっかりとアメスイカを送っておいたのだ。
「だから、心配はいらない。遠慮なく食べよう」
「まったく、君というやつは……」
一緒に持ってきたナイフで、スイカを切っていく。
何回か切れ込みをいれて半月状の形に切ったアメスイカをミリアに差し出す。
「ありがとう。ハルマ」
「こんな絶景を見せてくれたんだ。お礼を言うのは俺の方だよ」
「そうじゃなくて……いや、今はこれでいいか。うん、そうだな」
「?」
「気にするな」
そう言って、ミリアはアメスイカに口をつけた。
少し疑問に思いつつ、俺もアメスイカに齧り付く。
口の中で広がる甘さに思わずにやけそうになりながら、俺は滝の音が響く湖の景色を二人で楽しんだ。




