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 エリックさんから与えられた畑作りのミッション。

 それは、俺にとってはある意味でなじみ深いものであった。

「分かってたけど、やっべえなこれ……」

 腰が痛い。

 頭上から降り注ぐ太陽光が熱い。

 暑さで汗がだらだらと出る。

 やばい、草むしり舐めてた。

 畑仕事舐めてた。

 衰えた自分の肉体を舐めてた。

 こんなことなら、ジムにでも通っておくんだった。

 父さん、母さん、この年になって改めて二人の偉大さを知ることができました。

「くそ、まだ半分か……!」

 額の汗を拭い、立ち上がり体を伸ばす。

 腰が鳴る音に、自然とうめき声を出してしまう。

「ハルマ、まだ十分の一も終わってないよ」

「嘘だろ、体感じゃ半分くらい終わっているものだと……」

「ハルマって面白いこというね。全然だよ」

 リオンって結構心にグサリとすること言うな。

 あの後、エリックさんの言っていた家で、草むしりの準備……といっても、麦わら帽子と首に巻いた白い手ぬぐい、そしてやや古びた鎌を準備した俺は、意気揚々と草むしりを開始した。

 エリックさんは先に家に帰ってしまったが、その後にリオンが小脇に本を抱えてやってきた。

 現在は、家の前に椅子を引っ張り出して、俺が魔法の訓練をしていた時と同じように本を読みながら、時々話しかけてくれている。

 

 草むしりを始めて、一時間。

 汗だくになりながら、俺はひたすらに草を刈り続ける。

 簡単に抜けそうな草は引き抜いて、無理そうな草は鎌で刈り取る。地道な作業だが、しっかりやらなければ育つものも育たない。

 ここに草刈り機があれば、あっという間に作業が進むのだが、この世界にそんなものはない。

「やっぱ空き地全部を使わなくて正解だったなぁ」

 ここは約五〇メートル四方の空き地ではあるが、俺が畑を作ろうとしている範囲は二〇メートル×一〇メートルの長方形型になる。

 大体、四列か五列ほどの畑が作れる大きさだが、ほぼ初心者の俺にとってはまだ大きすぎる広さだろう。

「さて、立っていても終わらない。さっさと作業を進めるか」

 もう一度背を伸ばした後、しゃがんで草を刈る作業に移る。

 最初こそは戸惑っていたが、だんだんと慣れていくもんだな。この調子なら、今日中に草抜きを終わらせそうだ。

「それまでに俺の足腰が駄目にならなきゃいいけど」

 明日は筋肉痛だな、確実に。

「ねぇ、ハルマ」

「うん? なんだ?」

 汗をかきながら草を刈っている俺にリオンが話しかけてくる。

 彼女の方を見ずに返事をする。

「ハルマは、どうして魔法を扱えるようになりたいの?」

「そりゃあ今まで散々振り回されてきたからな」

 雨が降れば、俺のせいだと。

 どんな楽しみを前にしても、空は決まって雨模様。

 前向きな性格じゃなければ今頃、どうなっていたか想像したくはない。

「うまく扱えるようになったら、どうするの?」

「うーん……考えてない」

 雨を降らせる能力なんて、日常で使うものじゃない。

 俺は俺を不幸にしてきた力を扱えるようにしたいだけだ。その先のことなんて全然考えていない。

「ハルマはそれでいいの?」

「いいのって、どういう意味だ?」

「だって、ハルマはすぐに魔法をうまく扱えるようになる。なのに、肝心の貴方がその先のことを考えていないのは……なんだか、駄目だと思う」

「……」

 どうしてか、俺はリオンの言葉に反応できなかった。

 言葉は聞こえている、聞こえているのだが、どんな言葉を返していいか分からなかったのだ。

 彼女の言葉はこれ以上なく正しく、目先のことばかりでその先を考えていない俺が間違っていることを理解してしまったからだ。

 鎌が掴んだ草の根っこを刈り取る音が、嫌に響く。

 暫しの静寂の後、なんの反応を示さない俺に、リオンが申し訳なさそうに謝罪した。

「……ごめん、言い過ぎた」

「いや、君は悪くない。むしろ悪いのは俺だ」

 バカか、俺は。

 こんな娘にまで気を遣わせてどうするんだ。

 社会人何年目だ、このバカ野郎。

 営業マンたる俺のモットーは「気遣い・気働き」だろうが。

 自分自身を内心で滅茶苦茶に罵倒しながら、八つ当たり気味に草を刈りまくる。


 空が暗くなってきた頃に、ようやく草刈りが終わった。

 山盛りになった草の束を見て、達成感のあとに心地よい爽快感を抱く。

 後ろを振り返れば、地面が見えないほど雑草が生えに生えまくっていた空き地の一角は綺麗に整えられている。

「俺は意外と……几帳面な性格だったらしい」

 最後の方は適当になってしまうかな、と自分で思っていたが、そんなことはなくしっかりと最後まで真面目に取り組んでしまった。

 子供の頃は、飽きて手伝いをほっぽり出して家に戻ってしまうことが多かったが、今やってみると違うもんだな。

「綺麗になったね」

「ああ」

「次はなにをするの?」

 次……か。

 確か、土を掘り起こさなくちゃいけないんだよな。

「種を植える場所を一メートルくらい掘り起こして……深層の土と表層の土を入れ替える、かな。多分」

「それになんの意味があるの?」

「確か、さっき刈った雑草の根っことか表層の菌を深層に埋めて、健康な土を掘り起こす為……だったと思う」

 うろ覚えの知識だけど、籠手返し? 天地投げ? いや、これは合気道の技か。

 ……確か“天地返し”って名前だったな。

「大変だね」

「手伝ってくれてもいいんだよ?」

「うー、気が向いたら」

 あ、これは手伝ってくれないやつだな。

 俺も同じ反応を両親に返したことがあるし。

 ま、これは俺がやるべきことだから、別にいいんだけどね。無理矢理手伝わせようものなら、エリックさんが鬼と化すだろうし。

「にしても、本当に疲れた。体中土まみれだよ」

 作業中は集中して気にもしなかったが、今になって汗で濡れたシャツとか砂で汚れた顔とか気になってしょうがない。

 早く帰って、頭とか手とか洗いたい。

 ……いや、待てよ? 俺の魔法を使えばできるんじゃないか?

「早速、試してみるか」

 頭の麦わら帽子を取り、掌の雨雲を作り出す。

 まだ魔力の操作がずさんなせいか、イメージよりも大きな雨雲が生成される。

 それを、頭上にまで移動させた俺は、雨雲を操作し雨を降らせた。

 冷たい水滴がシャワーのごとく頭を濡らしていく。

「おお! いいぞ、これ!」

 冷水限定だが、まるで天然のシャワーだ。

 首に巻いた手ぬぐいで濡れた髪を軽く拭った俺は、つづけて手の汚れを雨で洗い流した。

 俺の様子を見ていたリオンは、やや驚いたように口を開けていた。

「そんな使い方もできるんだ……」

「それに水筒いらずでもあるな。ま、大して凄くはないだろうけど」

 水の魔法使いなら、雨なんか降らせなくても簡単にできる。

 俺のは本当の意味で雨しか降らせられないから、できることも限られている。それほど凄くはないのだ。

「それでいいんだよ」

「ん?」

 しかし、俺の言葉にリオンがそう返答した。

「どんなに小さくても、それがハルマの力だよ」

「そうか? まあ、そうだといいな……本当に」

 俺の力、か。

 ここにきて魔法の使い方を覚えてから、一度も雨は降っていない。

 それが自然なんだろうけど、俺にとっては違う。

 何かに感動した時も、怒ったときも、喜んでいるときも、感情の昂ぶりとともに雨を降らせてしまう。

 それに何度も苦しめられてきたし、嫌気がさしたりもした。

 だけど、そんな力が俺の為になるなんて考えもしなかった。

 魔法を自分のものにする、そんな一心で今日まで訓練してきたが、それを成し遂げた後、俺はどのような目標を見据えて前に進むのだろうか。

 その答えは、未だ出ていない。

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