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俺はピザ窯の前でピザの焼き上がりを待ちながら、ピザ職人の苦労を改めて実感している。
熱い。
ひたすら熱い。
もう何分経ったのか分からないけれど、体感的にはとてつもなく長い時間こうしている気がする。
だが、これほどまでの熱さに晒されながらも心が折れない理由は、窯の中で焼かれているピザが香ばしい匂いを放っているからだろう。
「ハルマー。野菜も盛りつけたし、次のピザの生地も作ったわよ」
「分かった。こっちも焼き上がり次第、持っていく……おっ!?」
ピザの表面に薄い焦げ目が出てきた。
よし、頃合いだな。
木製の大皿を用意すると、慎重かつ丁寧に木べらを滑りこませるようピザを木べらに乗せて窯から引き出す。ちょっとだけ職人っぽい気分になりながらも、調子に乗らずにゆっくりと大皿にピザをのせる。
「おぉ……!」
見た目は完全にピザだ。
トマトの赤にチーズの白といった一目で分かるツートンカラーに、食欲をそそられる香り。
生地は本来のピザに使うものではないけれど、それは問題はないだろう。ちょっと薄めのピザパンみたいなものだ。
「やばい」
語彙力を失うくらい、俺は感動していた。
まさか。この世界でここまでのものを作れるとは思わなかったからだ。
万感に打ち震えながら、ピザの乗せられた皿を皆の元へ持っていく。
「できたぞー!」
三人が大皿を置いたテーブルに近づいてくると、それぞれが違う反応を示した。
「……ごくり」
「へぇ、色合いも綺麗だし、香りもいいわねぇ」
「ほぉ、これがハルマの世界の料理か」
リオンは無言のまま喉を鳴らし、ノアとミリアは素直に感動していた。
反応は上々だな。
「食べる前に、さっき作ったもう一つの生地を窯で焼いておくよ」
「そうね。あ、私とリオンでちょっとしたアレンジを加えたけど、よかったかしら?」
「アレンジ?」
新たに用意された生地を見ると、アメトマト、チーズ、ハムの他に、気持ち厚く輪切りにされたキュウリが綺麗に並べられていた。
「なるほど、アメキュウリをのせたのか。いいと思うよ」
ズッキーニみたいだし、個人的には全然アリだ。
これを食べるのも楽しみになってきたな。
とりあえずテーブルの準備を三人に任せて、俺はアメキュウリ入りのピザを窯に入れて薪をくべておく。
額の汗を拭って三人の元へと戻ると、テーブルの上にはアメトマトとアメキュウリのサラダ、先ほどのピザ、そして縦に切られたアメキュウリのスティックが並べられていた。
「食べるのは立ったままでいいよね?」
「ああ」
「ハルマ。ほら、飲み物だ」
「ありがとう、ミリア」
凍結魔法で冷やしてくれたのか、心地よい冷たさが掌に伝わってくる。
「それじゃ、冷めないうちに食べようか。リオンも限界みたいだしな」
「お腹減った」
リオンの様子に苦笑いしつつ、俺達はテーブルを囲む。
すると、ノアが声をかけてくる。
「ハルマ、乾杯の音頭をお願いね」
「ああ、任せておけ」
こういう時は、きっちり決めなくちゃな。
一つ頷いた俺はコップを掲げる。
「アメヤサイを無事に収穫できたのは、俺だけの力じゃない。皆の力が――」
「ハルマ、長い」
「お疲れ! かんぱーい!!」
苛立ったようなリオンの圧に負けた俺は、前口上をすっ飛ばして乾杯へと移る。
結局、俺は最後まで締まらない男なのであった。
俺が最初に手にとったのは、縦に二つに切られたアメキュウリ。
サラダは既にあるけれど、真っ二つに切っただけでそのまま出てくるとは思わなかった。
「リオン、これは……」
「下手に調理するより、そうした方が美味しいかなって思って」
なるほど、一理ある。
あぁ、昔見たアニメ映画で、姉妹が畑でとった野菜を丸かじりしているシーンがあったな。
あのシーンでもキュウリを丸かじりしてて、当時はそれを見てキュウリがすっごい美味しそうに感じたんだよな。
今の心境はそれと似ている。
「いただきます」
ちょっとだけ感傷に浸りながら、俺は手に取ったアメキュウリに齧り付く。
「!?」
カキュ、という小気味良い音が響くと同時に、俺の脳はキュウリの甘さと心地いい歯応えの快楽に支配される。
なんだこれ!?
ずっと噛んでいられるぞ!
むしろ、飲み込むことを脳が拒否するくらい中毒性のある食感だ。
無意識のうちに、俺の手からアメキュウリは消えていた。
自然と次のアメキュウリに手を伸ばしかけるが、それを理性で押しとどめる。
「駄目だ。これは病みつきになるやつだ」
下手すれば、これだけでお腹いっぱいになってしまうかもしれん。
せめてメインであるピザだけでも食べておかねば……!
八等分に切り分けられたピザには、まだ誰も手をつけていないようだ。
よし、まだ熱いうちに食べてしまおう。
具をこぼさないようにフォークを用いて小皿によそってから、手で持ってみる。
見れば見るほど、俺の知っているピザとほとんど変わりない。
問題は味だが、それに関しては心配はいらないだろう。
リオンじゃないが、もう匂いですら美味しいとさえ思えてくるくらいにやばいからだ。
「……よし」
少しだけ躊躇しつつ、大口を開けて食べる。
「!?」
瞬間、口内に衝撃が走った。
いや、あまりの美味さで衝撃が走ったと脳が勘違いしてしまったのだ。
アメトマト、チーズ、ハム、厚めのパン生地、全てが完全にマッチして、一つの味として俺の口の中を駆け巡っている。
アメトマトとチーズをふんだんに使ったピザは、想像を絶するほどピザであった。
最早、自分が何を言っているか理解できない。
しかし、そんなことがどうでもいいくらい俺の味覚神経は幸福の絶頂にあった。
虚空を見つめ感動をひたすらに噛みしめていると、ノアが声をかけてくる。
「あ、ハルマ。ピザはどう?」
「……え? ああ、そうだな……ああ、そうだな」
「思考がループしてる!? そ、そこまでの美味しさなの……?」
興味を持ったノア達も、それぞれがピザに噛り付いた。
改めて、今回このアメヤサイを選んでよかった。
こんな美味しいものを食べられたこともそうだけど、こうやって自分たちの作ったものを料理を通じて共感しあえたことが、何よりも嬉しく思えたからだ。




