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サニーラビットと睨み合っているミリア。
俺、ノア、リオン、フウロはそんな彼女を後ろから見守る位置にまで移動した。
「ハルマ、ミリアは大丈夫なのよね?」
不安そうなノアの言葉。
ミリアは一応立ち直ったと思うけど、サニーラビットへの苦手意識はまだ残っているはずだ。
もしかしたら、前と同じように手玉に取られてしまうかもしれないが、逆にサニーラビットを翻弄できるかもしれない。
しかし、ここでミリアがサニーラビットへのトラウマを払拭できなければ、俺達だけでアメヤサイを守らなきゃならない。
アメキャベツの時とは比較にならないほど狡猾さを増したサニーラビットを相手に、アメヤサイを守り切るのは難しいだろう。
フウロだって、もっと成長しなければ奴らの相手は難しいだろう。
「ここが正念場だぞ、ミリア……」
そう小さく呟いた俺は、サニーラビットに気取られないように静かに魔力を集めはじめた。
***
もうすぐ、ハルマの育てたアメヤサイの収穫の時期が訪れる。
それを聞いたとき、私の心臓は少しだけ鼓動が早まった。
それは、再びサニーラビットと相対することを意味するからだ。
最初は格下だと侮り挑んだ私を、サニーラビットは嘲笑い手玉に取った。
自信をもって仕掛けた罠ですらも逆に利用されてしまい、凍結魔法でさえ動きを読まれ回避され、手痛い反撃をもらってしまった。
それからの私はアメヤサイ作りを手伝ったり、ハルマやリオン、ノアさんと交流と交わすことで今一度自分を見つめなおしてきた。
私の心は弱かった。
自分勝手で、我ながら面倒くさい性格をしていて、頭が硬い女であった。
それを自覚することができたのは、ある意味でサニーラビットのおかげかもしれなかった。
ここまで恐ろしいと思える魔物と出会ったのは初めてだった。
鋭利な爪もない。
炎を吐きもしない。
毒だって持っていない。
空も飛ばない。
あるのは、人を欺く知識と、アメヤサイという目標に対する並々ならぬ執念のみ。
何度も何度も何度も転ばされた相手が、今目の前にいる。
「……」
自分の驕りと、醜い部分を自覚したからこそ分かる。
このサニーラビット達は、本気でアメヤサイを食べにきている。
野生と知恵を総動員して、あらゆる手段を使ってでも奪おうとしている。
そんなサニーラビット達に対して私は、心のどこかである種の尊敬の念すら抱いていた。
「きゅぃ」
もう、お前達を侮らない。
怒りにも囚われない。
私が突破されれば、ハルマ達が心血を注いで育てたアメヤサイを台無しにされてしまう。
私の覚悟が通じたのか定かではないが、リーダー格のサニーラビットの丸みを帯びた目が、やや吊り上がったように見えた。
「きゅー!」
「「きゅー!」」
「っ、させるか!!」
掌から凍結魔法の冷気を放ち、一斉に動き出そうとしたサニーラビット達を牽制する。
最早、こいつらに魔法を放つことに躊躇はない。
こちらの凍結魔法を完全に見切られているということもあるが、ハルマの畑だけではなく、近隣の村人たちの畑までもが被害にあっているのだ。
間接的とはいえ人に害を与える魔物ならば、王国の騎士として始末する!
「きゅ!」
リーダー格が合図を出すと、三羽のサニーラビットは軽やかな動きで散回し、あっさりと凍結魔法を躱してしまう。
やはり、以前頭に血が上った状態で散々魔法を使っているところを見られたせいか、完全に私の魔法の有効範囲と速度が見切られている。
サニーラビット達は、大きく横に広がってこちらを窺っている。
少しでも一羽に意識を集中しようものなら、視界外の一羽が動き出そうとする。
「何度も思うが、本当にウサギとは思えない知能だな……!」
たった一声でこれだけの統率が取れる時点で、なまじ強力な魔物よりも厄介だ。
このままの状態が長く続けば、いずれは後ろのハルマ達の守る畑へと突撃してしまう。
「だからこそ、私は一人でやろうとするのはやめたんだ」
地面に影が差すと同時に、後ろにいるハルマが声を上げた。
「ミリア! いけるぞ!」
見上げれば、サニーラビットと私から少し離れた頭上に、太陽の光を遮る雨雲が生成されていた。
作戦を決行できると判断した私は、ハルマの言葉に力強く応える。
「ああ! 私ごとで構わない!」
「おぉッし! 降り注げ!!」
次の瞬間、私達の頭上から猛烈な雨が降り注いだ。
ハルマの雨の天候魔法。
ただ雨を降らせることしかできない、そんな魔法。
その雨に打たれながら、私はしっかりとサニーラビットを睨みつける。
「すまないな。だが、これは私だけが守っているものじゃないんだ。だから、卑怯と言ってくれるなよ」
私はハルマの降らせた雨で濡れた地面に掌を添えると、一気に魔力を冷気に変えて前方へと解放する。
『俺の魔法とミリアの魔法を組み合わせるんだ! なんか格好いいだろ!』
万物を凍てつかせる凍結魔法、それにハルマの天候魔法が組み合わされば、強力無比な合体技となる。ハルマがこの技を提案してきた時、彼の目が子供のように輝いていたことはこの際忘れることにしよう。
凄まじい速さで凍てついていく地面に、サニーラビットたちは慌てふためく。
「きゅい!」
「きゅっ!」
「きゅ、きゅぅ!?」
リーダー格と他の一羽はいち早く回避したが、残りの一羽だけはぬかるんだ地面に足を滑らせ転んでしまう。
私がその隙を見逃すはずもなく、さらに魔力を解放し地面を凍結させる速さを上げ、逃げ遅れたサニーラビットを捕獲しようとした。
しかし――、
「きゅぅ!」
「なんだと!?」
リーダー格が逃げ遅れたサニーラビットに体当たりを食らわせ、そのまま仲間を背負うように運んで凍結範囲から逃れていった。
迷いもなくそんな行動に移ったサニーラビットに呆気に取られていると、天候魔法の雨の及ばない場所にまで逃げたリーダー格が一度こちらを振り向いた。
「……きゅ」
その目は、ようやく私を敵と認めたとでも言いたげなものであった。
数秒ほど無言で睨み合っていると、リーダー格は仲間を引き連れてそのまま森の中へ戻っていってしまった。
「仲間を、守ったのか……?」
やはり、あのサニーラビットは他とは全く違う。
少し感慨深い気持ちになっていると、頭上から降っていた雨が止まり、後ろから私の頭に大きめの手拭いがかけられた。
「やったわね、ミリア! ついにサニーラビットを撃退したわよ!」
「あ、いえっ、ノアさん……私だけの力ではありませんから……」
わしゃわしゃと濡れた髪を拭ってくれるノアさんに、申し訳なさと羞恥心に駆られながらそう答える。
そうしていると、遅れてハルマもやってくる。
「やったな。ミリア」
「ああ、君の天候魔法のおかげだ」
「俺の魔法だけじゃ成功しなかった。ま、ここは俺と君が力を合わせた勝利ってことで」
「そうだな」
肩の荷が下りた気持ちで。ハルマと笑みを交わす。
「ねえ、ハルマ、雨を降らすにしてもミリアさんまでずぶぬれにする必要はなかったよね?」
「それもそうね。地面のところだけ降らせればよかったんじゃない?」
「うぐ、いや、実はあれだけ大きい雨雲を作るのは初めてだったから、加減できなくて……」
なにやら、ハルマがリオンとノアに問いただされている。
そんな三人のやり取りを見てなんだか無性におかしくなった私は、自然と笑みが零れた。




