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 三種類のアメヤサイを作り始めてから、約三ヵ月が過ぎた。

「まだ少し青いけれど、アメトマトが実ってきたな」

 一メートルほどの高さまで伸びた茎に実ったアメトマトは、瑞々しくも重量感のあるものに育っていた

 しかしその色は赤色ではなく緑色で、まだ食べられる時期ではなかった。

「……美味しそう」

「リオン、まだ食べちゃだめだからねー」

 トマトをジッと見てそう呟いたリオンに、やんわりとそう忠告するノア。

「美味しく食べるならもう少し待つべきなのだろうが……サニーラビットにとっては違うのだろう?」

「ああ、あいつらにとっては狙い頃だな」

 腕を組んでいるミリアの言葉に頷く。

 アメトマトが大きく実った今、いつ襲撃してきてもおかしくない。

 だけど――。

「俺のやることは変わらない」

 元の世界でも、農家は色々な動物や虫に作物を狙われている。

 それをどうにかするために戦うのは、この世界でも同じだ。

 俺は変わらずにアメヤサイを育て、それをサニーラビットが狙うなら、農家らしく受けて立つまでだ。

 それに、対抗策もしっかり考えてある。

「ハルマ、かっこつけてるところ悪いけど、そろそろ作業に戻りましょうよ」

「ノア、そういうことははっきりと言わないでくれると嬉しいんだけど」

「いい年した大人なんだから、しっかりしたほうがいいと思うわよ」

 ごもっともです。

 俺はアメトマトの確認をリオンとミリアに任せ、アメキュウリの方を見に行く。

 アメキュウリは支柱とネットに蔓を絡ませ、枝からは白みがかった蕾と、やや小ぶりな実がついていた。

「アメキュウリも実ってはいるけど、大きさがちょっとな……」

「そうかしら? あと少しで食べられると思うわよ?」

「え、そうなのか?」

 ノアにとっては、これくらいが普通なのだろうか。

「貴方、どれだけ大きいキュウリを作ろうとしているのよ。あまり大きくしすぎると、味が薄くなるわよ」

 なるほど、俺の認識が間違っていたのかもしれないな。

 俺がイメージしていたキュウリは、スーパーなどで売っている専門の農家の方々が作ったものだ。今までその大きさのものを作ろうとしていたのだが、素人が作るとこんなに小さくなるのか。

「ということは、アメキュウリもすでにサニーラビットのターゲットに……?」

「え、アメトマトだけ襲われると思ってたの?」

「……はい」

「今気づけたからいいけど、危なかったわね」

 改めて、ノアがいてくれてよかった。

 呆れたように俺を見ているノアは、ふふんと得意げに笑みを浮かべた。

「やっぱり、ハルマは私がいないと駄目ね!」

「はい。仰る通りです……」

「ご、ごめん、冗談だから気にしないで……」

 後から恥ずかしくなったのか、若干頬を染めながら弁解するノア。

 気を取り直して、アメキュウリを確認する作業に戻る。

「大きさは勘違いしてたけど、ここまで病気にかからなくてよかった」

「そうね。もしかして、アメヤサイってそういう病気に対する耐性があるのかもね」

 アメヤサイの栽培方法は、植物の病気にかかりやすい状況を作り出してしまう。

 大量の雨による湿気と、ぬかるんだ土、そしてカビ。

 そんな野菜にとっては危険な環境の中でもしっかりと育ってくれているということは、アメヤサイに何か独自の耐性があると考えても不思議ではない。これについては『アメヤサイの極意』にも記されてはいなかったから、確かなことは言えないけど。

「育てるのに厳しい条件があるけれど、栽培する側からすれば病気にかかる心配がないのは、大分気持ちが楽になるわね」

「確かにそうだな」

「ねえ、ハルマ。分かってると思うけど……」

「大丈夫、それで畑の管理を怠ったりするようなことはしないよ」

 そこまで自分の憶測を信じない。

 病気にかからなかったのはただの偶然だって可能性もあるからな。

 当分は、病気への心配をしつつ栽培を続けていくつもりだ。

「一応、ケヴィンさんに報告しておくか」

「そうね。そうした方がいいと思う」

 ケヴィンさんがこの特性を知ったら大喜びしそうではあるな。

「よし、次はアメスイカだな」

「ええ」

 一通りアメキュウリを確認し終えたので、次はアメスイカを栽培しているところに向かう。

 他の二つとは違って広く場所を取って栽培しているアメスイカは、これでもかと長大に流された枝からいくつもの蔓を伸ばし、そこからまるまるとした実がいくつもついていた。

 一風変わった畑の光景に、ノアは弾んだ声を漏らした。

「実は私、スイカって実物を殆ど見たことがないの。だから一番楽しみにしているのよね」

「はは。ならしっかりと収穫にまでもっていかなきゃな」

 楽しそうなノアに笑いかけながら、一番近くに実っているアメスイカを見る。

 そのアメスイカはソフトボールとハンドボールの中間ほどの大きさに実っているが、これでもまだ十分ではない。

「これはもう少しじゃないの?」

「いや、これは違う。ほら、実のついてるところに蔓があるだろ」

 スイカの実がついている部分の蔓を指さすと、ノアは首を傾げる。

「これがどうかしたの?」

「ここが枯れたら収穫できる合図なんだけど、これはまだ青いから収穫するには早いんだ」

「へぇ、よく知っているわね」

「昔、父さんが教えてくれたのを覚えてたからな」

 夏の風物詩といえば、スイカだ。

 野菜作りは退屈だったけれど、大きくて甘くて美味しいスイカの時だけは、俺もやる気になっていた。

 父さんと一緒に収穫を手伝った時のことは、今でも覚えている。

「他にも、実を軽く叩いて返ってくる音で熟したかどうか確認することができるんだ。ちょっと響くような音が返ってきたら収穫時だ」

「なるほどね。ということは、十分な栄養と水分が入った時がいいってことね」

 一を知って十を知るとは、まさにこういうことを言うのだろうか。

 俺ですら原理までは理解できていなかったのに、即座に納得のいく理由を察したノアに軽く戦慄する。

 いや、この子が凄いのはいつものことだ。

 それはさておき、アメスイカの作業に戻ろう。

「それで、ノア。今から教えることを一緒にやってほしいんだ」

「いいわよ」

「よし、それじゃ……」

 上向きだったアメスイカを、回転させるように下向きにさせる。

「こんな感じだ」

 まあ、これだけじゃさすがにノアも分からないだろうから説明を――

「なるほど、太陽の光が当たる部分を変えて、形がよくなるように調節しているのね」

「ええ、はい。その通りです」

 俺のバカ野郎!

 またドヤ顔で説明して赤っ恥をかくところだったぞ!

 内心で己の浅はかさを叫びつつ、ノアと共にスイカの向きを変える作業を続けていると、危険を知らせるフウロの鳴き声が畑に響き渡った。

「来たか」

「いよいよ、ね」

 森の方を見れば、三羽のサニーラビットが正面から堂々と姿を現し、獲物であるアメヤサイを見つめていた。

「きゅー」

「「きゅい!」」

 こちらが動く前に畑目掛けて飛び出そうとした奴らの前に、一人の女性が立ち塞がった。

 彼女――ミリアは剣も持たずにサニーラビットを睨みつけると、一瞬だけこちらに目配せする。

「ハルマの護衛として、一人の騎士として、そして一時とはいえこの畑に関わった者として――アメヤサイには指一本触れさせはしない!」

 ミリアは、力強くそう言葉にした。

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