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畑仕事を終えてから寝るまでの過ごし方は、ほぼ毎日同じだ。
農具の後片付けをして、服や体についた土埃などを天候魔法の雨で落としてから、フウロと――最近はミリアとも一緒に、リオンとエリックさんのいる家に夕食を食べに行く。
小屋に戻った後は、夜の間でも水を与えられるよう命令を刻み込んだ天候魔法を畑に放ち、明日に備えて就寝する。
「よく考えたら、俺って健康的な生活を送れてるな」
「わんっ」
月明かりに照らされた畑を眺めながら雨雲を畑に放っていると、ふとそんなことを思った。
早寝早起き、一日三回のバランスのとれた食事。
昔のサラリーマン生活から考えると、かなりいい感じなのではないだろうか。
食生活はインスタントばかり、就寝時間は仕事から帰る時間が遅かったから、遅寝早起きとかいう悪循環に陥っていた。
「いや、食生活に関しては自業自得か……」
飯作るの面倒くさがってただけだしな……。
一人暮らしを始めた当時は気合をいれて凝った料理を作ろうと意気込んでいたけど、最終的には冷凍食品とかコンビニ弁当とか簡単なものに落ち着いちゃんだよな。
だから、毎回献立を考えてしっかりと飯を作ってくれる母さんやリオンは凄いと思う。
改めてそう思いなおしていると、後ろから誰かの足音が聞こえてきた。
「ハルマ、ちょっといいか?」
「ん? ミリアか。どうしたんだ?」
「少し長くなってしまううかもしれない……。座って話しても構わないか?」
少し思いつめた様子の彼女に首を傾げつつ、俺は畑のそばに腰を下ろす。
隣に座ったミリアの膝の上に、フウロが飛び乗る。
「わん!」
「おっと、相変わらず人懐っこいな」
ミリアは膝の上で丸くなっているフウロを撫でながら、こちらに話しかけてきた。
「話そうと思ったのは、サニーラビットのことだ」
「奴らか……」
「私はあのサニーラビット達に、手痛い敗北を喫した」
「……そうだな」
「かつてないほどの屈辱ではあったが、それと同時に、私はどれだけ狭い視野で物事を見ていたかを自覚することができたんだ」
確かにサニーラビットと初めて相対した時の彼女は、俺達の忠告も聞かず可愛らしい見た目に騙されてしまった。
それは俺達と彼女のサニーラビットに対しての認識が大きく異なっていたせいでもあるので、彼女を責めるつもりはない。
「私は勝手な思い込みで、アメヤサイのこともサニーラビットのことも……そして、ハルマのことも見誤ってしまった。君とアメヤサイに私が護衛するだけの価値があるのか、どうしてサニーラビットごときと騎士である私が戦わなければならないのか、と驕ってしまっていた。私は自分の事ばかりで、君の気持ちを全く考えていなかったんだ」
「……それは、俺も同じだよ」
ミリアの気持ちを分かった気になって、深くまで踏み込もうとしなかった。
暗い表情を浮かべていたミリアだが、フッと肩の力を抜いて微笑んだ。
「君のアメヤサイ作りを手伝ったことは、私にとって不思議な経験だった。なにせ、今まで騎士になるために修練を積むことしかしてこなかったからな。何かを育てることは、なんというべきか……うーん……」
「楽しかった?」
「……ああ、そうだ、そうだな。楽しかったんだろう。だけど不慣れな分、君に色々と迷惑をかけてしまったかもしれないな」
「いいや、そんなことはないよ」
どこか不安そうな彼女の言葉を否定する。
迷惑だなんてとんでもない。ノアやリオンと同じように、俺はミリアにも十分助けられていた。
「君が手伝ってくれて助かっているよ。重たい土も軽々と運んでくれるし、畑の土を掘り起こしている間も全然ペースが落ちないし息も切れないから作業の進みが早い。それに、壊れた農具とかも直してくれるのはすっごい助かってるよ」
手伝ってもらって分かったが、彼女は手先が器用である。
農具が壊れてしまったりすると、あっという間に身近にあるものを使って壊れた部分を補強してくれるのだ。
しかし、当のミリアは少し不機嫌そうに口を尖らせた。
「……それは、私が体力バカと言っているのか?」
「あ、そういうつもりじゃ……」
「フッ、冗談だ」
な、なんだ冗談か。
リオンの時にも自覚したけど、デリカシーのない発言はしないようにしよう。
……そういえば、サニーラビットの話をしていたんだよな。
「もしかしたら、俺達はあいつらを怖がりすぎていたのかもしれないな」
「え?」
「悔しいけど、狡猾さは奴らの方が上だ。散々こっちのペースをかき乱されたせいで、俺達はあいつらを大きく恐ろしいものだと思い込んでしまった」
こっちも必死なように、あいつらも必死にアメヤサイを狙ってきているんだ。
「一度認識を改めるべきだな」
「そうだな。うん、君の言う通りだ」
彼女が頷くと、フウロが可愛らしく欠伸をした。
暫しの間、月明かりに照らされた畑を眺めるだけの時間が過ぎる。
「そういえば、ミリアはどんな魔法を使うんだ?」
「……教えていなかったかな?」
「タイミング的に聞けなかったからね」
サニーラビットにボコボコにされて精神的にも不安定な状態、かつその後も落ち込んでいたから悉く聞くタイミングを逃してしまったのだ。
だから、落ち着いた今のうちに訊いておこうと思って切り出してみた。
「私は冷気を操る魔法――凍結魔法の使い手だ」
そう言って、ミリアは掌から冷気のようなものを放出させる。
掌から零れる白い靄に触れてみると、確かに冷たい。
「おお、ドライアイスみたいだな」
「その“どらいあいす”とやらは分からないが、こうやって冷気を作り出すことができる魔法だな」
掌から冷気を出すのを止めた彼女は、やや自嘲気味な笑みを浮かべる。
「あまり生き物には気軽に使えない魔法なんだがな。使えば、取り返しのつかない怪我を負わせてしまう可能性がある」
確かに凍傷とかは危険って聞くし、気軽に使えない気持ちも分かる。
「まあ、戦闘以外では結構役に立つんだ。食料を長期保存したりできるし、気温の高い地域に派遣されたときは、隊の先輩に泣いて喜ばれるくらいに感謝されたよ」
「やっぱり魔法も使いようなんだな」
「そうだな。そういう点では君の天候魔法と似ているのかもしれないな」
どんな魔法も使いよう。
戦闘に用いなくても、人の役に立てる使い方を見つけることができる。
「……ということは、君の魔法なら収穫したアメヤサイを冷やして保存することも?」
「ああ、可能だと思う」
冷凍庫を作ることができれば、野菜を長持ちさせることができる。
まだ具体的な方法は考えつかないが、いつかは実現させてみたいものだ。
そこまで考えて、ふと思いつく。
ミリアの凍結魔法と、俺の天候魔法を組み合わせたらどうなるだろう。
その答えはすぐに見つかった。
「ミリア、サニーラビットに一泡吹かせられるかもしれないぞ!」
その方法は簡単で、それでいて画期的なものとさえ思えた。




