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今日も夕食はリオンとエリックさんの家でご馳走になっている。
本当ならこの家を離れているのだから自炊するべきだが、それをリオンが許してくれなかったことから、今でも夕食を食べに訪れているのだ。
なにやら、リオンは俺がちゃんとした飯を食わないのではないかと疑っているらしい。
確かに元の世界の生活は自炊とは程遠く、朝はコンビニのおにぎり、昼は適当、夜はコンビニ弁当といった不健康の見本みたいな食事をしていたので、あながちリオンの疑いは間違いではなかった。
「それでハルマ君、アメヤサイ作りは順調にいっているのかな?」
「ええ、今のところはこれといったトラブルもないですね」
エリックさんの疑問に答えると、今度はリオンが話しかけてくる。
「サニーラビットは来なくなったの?」
「あー、あいつらは多分、野菜が収穫できる頃まで姿を現さないと思う」
ミリアの心を折るという目的を果たした今、奴らの行動は俺達を挑発することと、アメヤサイを襲撃するタイミングを待つことだけだ。
恐らく、一番成長が遅いスイカではなく、トマトかキュウリを狙ってくるだろう。
いや、それでもキュウリは葉っぱに特有のざらつきがあるから、もしかしたら避けるかもしれない。
だとしたら、来るのはトマトが実をつけた頃か……?
「まあ、とりあえず今はそれほど心配はしなくてもいいと思う。もし来たとしても、フウロがいてくれるしな」
「わんっ!」
今はサニーラビットに恐れられなくなってしまったが、それでもフウロの探知能力は優秀だ。
「そういえばハルマ君。魔法の扱いはもう慣れたかな?」
「ええ、最近は大分扱いやすくなりましたね。ストレスを感じないように魔法を扱うことを意識しているので、負担が減ってきているような気がします」
「ふむ、良い傾向だ。前にも教えたけれど、魔法は精神に左右されるものだ。気の持ちようで強くなったり弱くなったり、肉体や精神にかかる負担が軽減されることもあるんだ」
なるほど。つまり今のまま継続していけば、魔法を扱う負担がもっと減って作業効率も上がっていくという訳か。
「あとは、そうだね――」
リオンの作ってくれたご飯を食べながら、近況や他愛のない雑談をする。
それがいつもの変わらない夕食の光景だったが、今回は新しい顔ぶれが席についていた。
「ミリア、さっきからスプーンが進んでないようだけど、気分でも悪いのか?」
今日、はじめてリオンたちと夕食を共にしているミリアは、それはもうガッチガチに固まっていた。
「き、気分は大丈夫なんだが、いざ本物のエリック殿を目の前にすると、緊張してしまって……」
「あー、そういうことか」
ミリアの反応に、エリックさんは朗らかな笑みを浮かべた。
「ははは、そんなに緊張しなくてもいいよ。君はハルマ君の友人としてこの場にいるのだから、遠慮はしなくてもいい」
「エリックさんもこう言っているし、もうちょっと肩の力を抜いたほうがいいんじゃないか?」
「ハ、ハルマ! エリック殿は北の大賢者なんだぞ! 魔法の教本とかにも載っていたり、私の隊の隊長のお師匠でもある凄いお方なんだ!」
ミリアはまるで芸能人と遭遇した人のような反応をしている。
いや、実際彼女にとってはその通りなんだろうけど。
今でこそ慣れてしまったが、エリックさんは北の大賢者と呼ばれるほどに凄い人なのだ。
「まあ、これでも私は大陸全土に名を轟かせている賢者だからね。リオン、君のお爺ちゃんは凄いんだぞ」
当の本人は、孫に尊敬の眼差しで見られたいのか、チラチラとリオンを横目で見ながら反応を窺っている。
それに対してリオンは、パンを齧りながら「ふーん」淡白な反応を返していた。
思った以上の塩対応に、エリックさんはしゅんと落ち込んでしまう。
リオン、可哀想だからもっとちゃんと反応してあげて……!
そんなエリックさんの姿を間近で見たミリアは、俺だけに聞こえるくらいの声で話しかけてきた。
「エリック殿は、普段はあのような感じなのか……?」
「いつもって訳じゃないけれど、結構お茶目な人だね」
まあ、リオンのことが絡むと暴走してくるところもあるけど。
それはまあ、ラングロンさんと同じで一つの個性として目を瞑っておこう。
一人で納得していると、立ち直ったエリックさんがミリアの方を向いた。
「ミリア君、だったね? リーナ君は元気にしているかね?」
「は、はい。隊長は変わりなく、業務に勤しんでおります」
「うんうん、それはなによりだね」
リーナさんとは、ミリアの上司の騎士のことだろうか。
エリックさんとも知り合いで、ラングロンさんと同じように教えを受けていた人ってことだけはさっき聞いたけど。
「彼女は相変わらず、表情が読み取れないのかな?」
「いえ、それは……はい」
「やっぱりか。昔からそのせいで周りに誤解を与えやすい子だったんだけど、それは今でも変わらずか」
こくりと頷いたミリアに、エリックさんは得心がいったように頷いた。
「君をここに派遣するとき、彼女は君に最低限のことしか話していないんだろう?」
「え!? た、確かにそうですが……どうしてそう思われたのですか?」
「あの子はね、相手を信頼すればするほど言葉が少なくなる子なんだ。まあ、それでも問題はないのだが、そのせいでどうしても意図が伝わりきらないときが多い」
「お爺ちゃん、それってどういうこと?」
気になったのか、リオンがエリックさんに質問する。
「例えば『君を信頼するから任せる』と相手に伝えようとすると、彼女の場合『信頼する』の部分が抜け落ちて『君に任せる』と放任したような言い方になってしまうんだ。彼女にとっては全部込みで伝えているつもりだけど、基本的にあの子は感情を表に出さないから、相手に誤解されやすいんだ」
なるほど、そういうタイプの無口な人か。
エリックさんの説明に、リオンが自分を指さした。
「なんというか、私とちょっと似てる。私もあまりそういうの得意じゃないから」
「いや、リオンって結構表情豊かだぞ」
「え、本当に?」
俺の指摘に驚くリオン。
確かに、普段の物静かな話し方から感情が読み取りづらく思えるけど、俺が見た限りじゃ結構出てるぞ。
「ご飯を食べてる時とか頬がにやけてたし、料理を作る前とかは上機嫌だし。あ、食材を抱えている時も嬉しそうに見えるな」
「それって、私が食べ物が絡んだ時だけしか笑わないように聞こえるんだけど」
「……」
言い終わってから、失敗したと思った。
「ねぇ、なんで目を逸らすの?」
ジト目で見てくるリオンの追求から逃れていると、隣のミリアが安堵に胸を撫でおろしていた。
「そうか、隊長は私のことを信頼してくれていたのか……うん、本当に良かった」
……今はそっとしておくか。
ここに来る前にリーナさんとどんな話をしたか俺には想像できないが、それで彼女は心の奥底では不安に思っていたのだろう。
今になってその不安も解消されたことで、彼女が少しでも前を向けるようになれればいいなと思う。




