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ミリアが畑仕事を手伝ってくれるようになって、数日が過ぎた。
畑仕事に慣れていないのでまだまだぎこちないところはあったが、それでも彼女は真面目に作業に取り組んでくれていた。
「うん、スイカも大分蔓が伸びてきたな」
敷き藁の中を潜るように成長しているスイカの蔓を見て、そう呟く。
スイカはその特性上横に広く成長するため、ちゃんと育ってくれるか心配だったが、敷き藁のおかげでうまく成長する方向を誘導してあげられたようだ。
それでも隣り合ったスイカの蔓と絡んでしまわないように、俺は伸びた蔓の一部ををちぎりとる。。
「え、それはとってしまってもいいのか?」
その作業を見て、ミリアが疑問の声を上げた。
「ああ、隣り合ったスイカが絡まないようにするためにとってしまうんだ。これをすることで育てたい蔓に栄養を送らせることができるし、何より蔦が成長する方向を誘導することもできる」
この作業も摘心ともいえる。
今まで何度か行っているので、スイカも順調に育ってくれている。
「あとは花が咲いたら受粉させて……」
問題は、花粉が天候魔法の雨で流されてしまわないかってところだな。
俺は立ち上がりながらフードを外してこれからの予定を考えていると、ふとミリアが手を止めてこちらを見ていることに気付いた。
「どうした?」
「いや……。野菜とは、私が思っている以上に、その……複雑なものだと思ってな」
「ははは、そうだね。スイカなんて、手間とか考えると本当に面倒くさいよ」
実のところ、俺は過去の記憶を頼りにして畑作業をしているようなものだ。特にスイカなんかは父さんが趣味として畑の空いた空間で作っていたものだから、それほど多くのことは教えてもらっていない。
微かに記憶に残っている父さんの栽培方法とカグラ・グラントラさんの記した『アメヤサイの極意』に記されたことを参考にしながら、今でも手探りで作業をしている。
「だから、最初のうちはノアにどの芽を取っていいかとかを確認しながらやっていたんだ」
うろ覚えの記憶だけでやると取り返しのつかないことになるからな。
俺よりも圧倒的に農業の経験が豊富なノアに教えてもらいながらの方が確実なのだ。
「今まで、野菜なんて土に植えておけば勝手に育つものだと思っていた……」
「まあ、自然の中で生育している野菜もあるからね。君の言っていることもあながち間違ってはいないよ」
そういうのだと、自然薯とかが有名かな?
アメヤサイも、元は雨の大地で人の手を借りずに生育していたらしいし。
「奥深いものなんだな、野菜とは」
「そう、だな。種類によって育て方も色々と変わってくるからね。その分、面倒を見るのも大変だけど??」
畑全体を見回してから、少しばかり照れながらミリアの方を向く。
「楽しいよ、うん、楽しい。少し変な言い方だけど『こいつらは俺が育ててるんだ!』って実感があるからね」
「……そうか。そう思えるのは、とてもいいことだと思う」
俺はこの世界で、自分のやりたいと思えることを見つけることができた。
それは元の世界では考えられなかったことだ。
「さてと、話が長くなったな。そろそろ作業に戻ろうか」
「ああ。次は何をすればいい?」
「えーっと、それじゃあ――」
***
ミリアと簡単な昼食を取った俺は、畑を囲っている柵を見下ろして考えに耽っていた。
いかにも木材と釘を適当に使って作られた柵。
その出来はお世辞にもよくはなく、おっさんの日曜大工はおろか素人丸出しのクオリティなので、ちょっとした衝撃で壊れそうな出来栄えであった。
「うーん……」
「どうした?」
畑の近くにやってきたミリアが話しかけてくる。
「いや、この前サニーラビット対策に柵を作ったんだけど、これじゃあ心許ないなって」
これ以上の柵となると、俺の技術では難しい。
所詮は木材を釘で繋ぎあわせただけのものにすぎないからな。奴らの体当たりで粉砕されかねないし、地面を掘られて入り込まれてしまう可能性もある。
どうしようかと悩んでいると、おもむろにミリアが柵に近づいた。
「ミリア?」
柵を掴んで強度を確かめたり、地面にしっかり刺さっているかを確認しているようだ。
数十秒ほど柵を調べたミリアがこちらへ振り返った。
「うん、雑だな。これではサニーラビットにとって障害にもなりはしないぞ」
「ぐはっ!?」
ドストレートな評価にグサッとくる。
分かってはいたけど、俺の作った柵じゃ駄目なのか……。
地味に落ち込んでいる俺に、続けてミリアが話しかけてきた。
「私が作ろうか?」
「え、いや、それは助かるけど……できるの?」
「ああ。道具を借りてもいいか?」
呆然としながら頷くと、彼女は家の裏手から工具や木材などを持ってきて、畑周りの柵を補強しはじめた。
「おぉ……」
ミリアは戸惑うことなく金槌を振るい、瞬く間に柵が補強されていっている。
俺なんか指を打ちそうで、ビビりながら金槌を使っていたのに……。
なんというか、すごい手慣れている感がある。
「意外か?」
「あ、ああ」
「フッ、そうだろうな」
呆然としたまま返事を返した俺に、ミリアはおかしそうに笑みを零す。
いや、よくよく考えてみればあのテントも、その周りにある小物も全て彼女が自作したものだったから、そこまで意外という訳ではなかったのかもしれない。どちらにしても凄いのは確かだけど。
「獣人族の住む地域は少し特殊でな」
「え?」
「木の上に家を作ったり、深い森の奥に居を構えたりするんだ。その際に都市から大工を呼ぶことはできないから、自分たちで家を建てることになる」
「そ、そうなのか……」
「私はこう見えても力が強かったからな。よく手伝いをさせられていたよ」
なるほど、だから手慣れているんだな。
「それに騎士という立場上、長期の任務では拠点となる場所も重要になってくるからな。……これは内緒だが、拠点の居心地が悪いと任務にも影響が出てしまうから、少しでも快適に過ごすためにこういう技術が必要になるんだ」
「例えば?」
「地面で寝るのが嫌だったら、ハンモックを作るとかだな」
「そんな簡単に作れるの!?」
「ああ、ちょうどいい木と、手ごろな蔦があればな。寝心地はお世辞にもよくはないが、地面で寝るよりはマシだったよ」
アウトドアすぎじゃね!?
異世界の騎士は、素でアウトドア用品を作成してしまうの!?
「よし、これでどうだ」
ミリアの大工スキルに驚いているうちに柵の補強が終わったのか、やりきったような表情で俺に見せてくる。
どれどれ……って、えぇ!?
「み、見違えるほどよくなってる……」
俺の作ったものはかろうじて柵の体をなしているガタガタなものだったのだが、ミリアが少し手を加えただけで、その部分だけ異様に頑丈なつくりに変えられていた。
「す、すごい……! これならあのウサギ共に対する牽制にもなるぞ!」
「そこまで褒められることじゃないのだが……」
「君さえ良ければ、他の箇所の補強もできないかな」
「少し時間がかかるかもしれないが、それで構わないならやろう」
ミリアのおかげで、サニーラビットの襲撃に備えられそうだ。
依然としてサニーラビットを撃退する方法は見つけられないが、それでも俺達は少しだけ前に進めたような気がした。




