6
エリックさん達が住んでいる村は自然と人工物が両立しているような場所であった。
西洋風の民家の近くには大きな畑があり、そこでは村人達が見たことのない野菜を作ったりしている。
田舎で暮らしていた俺にとってはある意味で見慣れていた景色なので、最初は懐かしさを感じていた。しかし、俺の姿に気付いた村人の反応はあまり良いものではなかった。
「―――」
「―――」
怪しいものを見るかのような、そんな視線。
悪いことはなにもしていないはずなのだが、村の人達に良い印象を抱かれていない。
「余所者には厳しいな、ここの人達は……」
この一週間、何度か別の集落を見てきたことはある。
小さい村だからか、村人達はお互いに見知った顔であるが、俺はどこからきたかも分からない余所者。しかも、リオンが俺を運んでいる際、無意識に頭上に作り出してしまった雨雲を見られてしまったのだ。
それで怪しまれるのは当然の話だが、俺としては心が重い。
「ハッハッハッ、そんなに気にすることはないぞ。この村じゃ私も変人扱いされているからな」
「それは自信満々にいうことじゃないと思います……」
「あ、リオンは違うぞ。あの子は可愛いからな!」
「はいはい」
でも、今のままでは仕事を探すどころではない。せめて、村の人達が俺の印象を改めてくれれば、まだやりようはあったんだけど。
「さて、ここだ」
立ち止まったエリックさんに気付き顔を上げる。
いつの間にか村の端の方まで歩いていたのか、すぐ見える先に森がある。その手前には、中々に広い空き地と、古びた一階建ての家屋がぽつんと建っていた。
ここが目的地なのだろうか。草が生えている空き地しか見えないけど。
「ハルマ君」
「はい?」
「魔法の訓練と平行して、野菜を作りたまえ」
「……はい?」
一体、エリックさんは何を言っているのだろうか。
野菜って、目の前の荒れ地から、ということだろうか?
目測で五〇メートル四方の大きい敷地内で野菜を作るとか、かなりの大仕事なのですが……。
「それが、魔法の訓練となんの関係が……?」
「む、おおいに関係あるぞ! 別にここに住むときに買った土地を持て余していただとか、意気揚々と農具まで買ったのに、年のせいでできる自信がなかった訳でもない! これもれっきとした魔法の訓練なのだよ、ハルマ君!」
「へぇー」
「それに、君の実家は農家だったな。そういう意味でも、君には最適な訓練だと思えるのだが……断じて、別の思惑なんてないぞ?」
「そーなんですかー」
エリックさん、思いっきり目が泳いでいるのですが。
しかも、自分で白状しているし。
もっと聞いてみるか、本当に魔法の訓練に関係がある可能性もあるし。
「例えば、どのように役に立つのですか?」
「体力がつく、それに精神も鍛えられる」
「はい」
「うむ」
「……え、それだけですか?」
「む、むぅ。ほ、他になにかあるのか? 魔法は精神力に大きく左右されるものだ。扱い方だけを学んでも精神が未熟では、意味がない」
「な、なるほど……」
理に適っている。
確かに魔法は精神状態に大きく左右される。実際、元の世界でも俺は感情の高ぶりと共に雨を降らせてしまった。
そう考えれば、精神力を鍛えることも必要だ。
「健全な精神は健全な肉体に宿る、というやつですね」
「そう! まさにそれだよ、ハルマ君!」
ビシィと人差し指を立てたエリックさん。
やっぱり、なんやかんやで考えてくれているんだな、この人は。
少しでも疑ってしまった俺が恥ずかしい。
しかし―――、
「野菜、か」
偶然とはいえ、なんだか感慨深い気持ちになってしまうな。
農業をしていた両親。
野菜を楽しそうに育てる彼らを、一番近い場所で見ていた。
それは遠い過去の記憶になってしまったが、今になって自分がそれに関わることになるとは思わなかった。
「……よし」
エリックさんの言うとおりなら、魔法の訓練にも役立てる。
それに、今の俺には魔力があっても体力がない。
体を鍛える意味でも、最適な方法とも思える。
「魔法をものにするために頑張ってみるか!」
「……ほ、ほう」
「うん? どうしました、エリックさん?」
俺を見て、安堵するように胸をなで下ろしていたが……。
「ん、いや、なんでもないんだ」
「そうですか? 畑の方はもう始めても大丈夫でしょうか?」
「ああ。とりあえず種が植えられる段階にまで進んだら私に言ってくれ。君が育てる野菜の種を渡そう」
と、いうことは草を抜いたり、土を耕したりしなければいけないってことか。
ん? でも、俺が育てる野菜ってのはなんだろうな?
「俺が育てる野菜はなんですか?」
試しにそう聞いてみると、自信満々な笑顔を浮かべた。
「今は秘密だ。だが、君に最も適した野菜とだけ言っておこう」
「はぁ……」
初心者向きの野菜ということなのだろうか?
ゴーヤとかピーマンとか、トマト……は、水分過多で枯らしてしまった記憶しかないのだが……。
「ま、種を植える以前に雑草をなんとかしないことには始まらないか」
雑草が生えていては、作物に十分な栄養が行き渡らない。
まずやらなくてはいけないことは、草を抜くことだな。
「農具はその家の中にあるから、自由に使ってもいい。それと、あまり無理をしないように。暗くなったら帰ってきなさい」
「分かりました」
「帽子も置いてあるからそれも被るんだぞ。倒れてしまうからな」
「ははは、過保護すぎですよ」
貴方は俺の親父か。
親の仕事を手伝っていたときは、耳にたこができるほど言われたなぁ。
確かにな! と快活に笑ったエリックさんにつられて笑った俺は、懐かしい気持ちになり、密かに故郷が恋しくなるのだった。