59
「私に畑仕事を手伝ってほしい?」
「あ、ああ。ちょっとリオンもノアも用事で来られないらしいから……」
翌日、早速俺はミリアに畑仕事を手伝ってもらえないか提案していた。
口実としては、単純に時折手伝いに来てくれるノアとリオンがおらず人手が足りないので、ミリアに手伝いを頼むという単純なものだ。
騙しているようで複雑な心境になるが、それでも彼女のためだ。
「……構わない。それで、なにをすればいいんだ?」
「ありがとう。それじゃあスコップを持ってくるから、土を運んできてくれないかな」
「分かった」
受けてはくれたが、まだ落ち込んでいる様子だ。
彼女の様子を気にしながら、俺は家の裏手からスコップと台車を取りに行った。
ミリアに手伝いを頼んだものの、俺のやることは普段とあまり変わらない。
天候魔法で雨を降らせ、その中でエリックさんによりエンチャントされたローブを纏い、ひたすら作物と土の管理をするというものだ。
「アメキュウリの葉っぱは……うん、問題ないな」
雨の天候魔法でアメキュウリとアメトマトを育てるのには、実は不安があった。
植物病害――植物がかかる病気のことだ。
俺はアメヤサイがそれらに感染、発症していないか細心の注意を払っている。
「その中でも、うどんこ病は天候魔法と相性が良すぎるからなぁ……」
うどんこ病とは、葉に白い斑点のようなものが浮き出てしまう病気である。
この病気にかかってしまうと、できるはずの作物が十分に成長しなくなったりするなど色々な弊害が出てしまう。
その原因の一つが、高すぎる湿度。雨を降らせることで湿度を上げてしまう俺の魔法とは絶望的なほどにまで相性が悪すぎるのだ。
加えて、この病気はカビの一種でもあるので、他の葉にも感染してしまう恐れがあるのだ。
最悪、病気にかかってしまったら間引かなければいけない。
「そのためにも、細心の注意を払ってみていかなきゃな……」
アメキュウリの葉っぱの裏側まで、一枚ずつしっかりと確認する。
すると、ミリアが土を積んだ台車を引っ張ってきてくれた。
「持ってきたぞ」
「ああ、ありがとぅおお!?」
ミリアが引っ張ってきた台車の荷台は、それはもう山盛りであった。
必要な量の三倍ほどにまで盛られた土の山に唖然としていると、彼女は申し訳なさそうにうなだれた。
「す、すまない。多かっただろうか?」
「う、うん。この半分くらいでいいかな……」
むしろ、よくこんな量を台車に乗せて運んでこられたね。
肩を落としながら土を戻しに行く彼女を見送ったあと、再び作業に戻ってから数分後、今度はちょうどいい量の土を持ってきたくれた。
「うん、ありがとう。助かるよ」
「次は何をすればいいんだ?」
「えーっと、次は……俺と同じように、土と葉っぱの確認をしてもらってもいいかな」
「分かった」
「ちょ、ちょちょ、待って!」
一切のためらいもなく雨が降り注ぐ畑に入ろうとする彼女を、慌てて止める。
「な、なんだ?」
「俺みたいに畑の中まで入らないで、外側の作物を確認するだけでいいから。俺と違って、ずぶ濡れになってしまうからね」
ミリアの服装は体を動かすのには向いているが、防水性能には優れていない。
戸惑いながらも頷いた彼女に予備のかごを渡しつつ、俺は作物の確認方法を教える。
「特に難しいことはないけれど、葉っぱに虫とかがついていたら、このかごに入れて。それと、白い斑点の浮いた葉っぱを見つけたらすぐに俺を呼んでくれ。それから――」
できるだけ簡単に説明すると、ミリアはぎこちない手つきで葉っぱをじっと観察しはじめた。
慣れないことをしているせいなのか、彼女の頭の耳は緊張を表すようにしゅぴーんと立っていた。
***
「いつも、このようなことをしているのか?」
作業を始めてから一時間ほどが過ぎた頃。
雨で流された土を補充しながら葉っぱの確認を続けていると、不意に今まで無言で作業していたミリアがそんな質問をしてきた。
「ははは、地味だなって思っただろ」
「まあ、正直な」
頷いたミリアに、思わず笑みを零してしまう。
そう思う気持ちもよく分かる。
なにせ俺も昔、まったく同じことを思ったからな。
「俺も子供の頃は、こういう作業が苦手だったんだ。こんな地味な作業を手伝わされるくらいなら、外で遊んだほうがマシだってね」
子供の頃の俺にとって、親の手伝いは遊ぶ時間を奪う煩わしいものにしか思えなかった。
生活のためだとかそういうのは全然分からなかったし、俺も俺で自分の楽しさばかりを優先させていた。
思い出すたびに、俺は本当に自分勝手な子供だったなとつくづく反省する。
「今では楽しそうに見えるが……」
「そういう楽しみ方があるって知ったからな」
大人になって社会に足を踏み込んでから知った。
世の中、楽しく仕事をできることがどれだけ恵まれているということを。
自分のやりたい仕事をやって、その仕事にやりがいを感じて、そしてそんな毎日を送っていける。それはきっと、社会で働いている沢山の人が望んでいる理想の働き方なのだろう。
「……私は、君に謝らなければならない」
「ん? なにが?」
「最初は、私がここに来る理由となったアメヤサイのことが好きになれなかった。だけど、今こうして向き合ってみて――君がこの作物にどれだけの労力と情熱をこめて育てているのか、理解できたんだ」
アメトマトの葉に手を添え、俯いたミリア。
「私は『たかがアメヤサイとその作り手』と、心の底では見下していたんだ。野菜を育てる立場にある君も、騎士も同じだ。どちらも熱意を持って取り組んでいる。それなのに、碌に何も知らないのに自分勝手な理由でアメヤサイのことを嫌悪してしまった。だから……すまなかった」
自分がここに来る理由となったアメヤサイを嫌っていた、か。
正直な話、俺は全く怒ってなんかいなかった。
「それなら、これから知っていけばいいんじゃないか」
「……え?」
思えば、彼女は俺達が畑仕事をしている姿を極力見ないようにしていたのかもしれない。
だから、先ほどまで作業もぎこちなかったし、何も考えずに雨の降り注ぐ畑に入ろうとしていた。
無意識にアメヤサイを避けていた彼女だが、今日になってようやく目を向けてくれたのだ。
それなら、俺のやるべきことは一つ。
「君さえよければ、明日からも畑仕事を手伝ってくれないか?」
これから、アメヤサイの良さを知ってもらえばいい。
俺の提案にミリアは、一瞬呆けたあと――、
「こんな私でよければ、力になろう」
微笑みながら、そう答えてくれた。




