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数日間にわたる戦いの末、心を折られてしまったミリアは自身の住むテントの中に引きこもってしまった。
まあ、あれだけ連続でしてやられればメンタル的にも相当きていたのだろう。
「ミリア、大丈夫かー?」
テントに向かって声をかけると、どんよりとした雰囲気を纏ったミリアが出てくる。
「ああ、心配いらない……」
「ほ、本当か……?」
心配する俺にこくりと頷いた彼女は、自嘲気味な笑みを浮かべた。
「ふふ、たかがサニーラビットにやられる程度の実力しかない私なんて……どうせ私なんて、左遷された無能堅物騎士なんだ……ふふふ……」
「よし、大丈夫じゃないな」
これは重症だ。
完全にメンタルブレイクされている。
「はっきり言うが、君が弱いんじゃない。あのサニーラビット共がおかしいだけなんだ」
「……分かってる。分かっているのだが、あいつらの仕打ちは心が折れるに十分なものだった……」
あいつらマジで何をしたの!?
「ハルマの護衛の任はしっかりと全うする。だけど、あのウサギ共とは――」
その瞬間、森の方からざわざわという音がなる。
ただ風で茂みが揺れただけなのだが、その音にいち早く反応したミリアは「ひゅい!?」という悲鳴を上げ、俺を盾にするかのように背中に隠れてしまう。
「俺を盾にしないで……」
「わ、分かっている。しかし、奴らの気配を感じると恐ろしくなってしまって……」
そこまでか……。
事の重大さを再確認した俺は、とりあえず畑作業に戻るとだけ彼女に伝えたあと、遠目でこちらの様子を窺っていたリオンとノアの元へと移動する。
「ハルマ。ミリアさん、大丈夫だった?」
リオンの言葉に、俺は首を横に振る。
俺の反応に深刻な表情で頷いたノアは、暫し思考した後にこちらへ顔を向ける。
「とりあえず、今は畑作業に集中しましょう。ねえ、リオン。今日の夜、貴女の家へお邪魔してもいいかしら?」
「うん、全然構わないよ」
「ハルマ、今夜ミリアと一緒にサニーラビットについて話し合いましょう」
「ああ」
ノアの提案に頷いた俺は、目下の問題を気にしつつも畑仕事に集中するよう努めるのであった。
***
その日の夜。
俺達はリオンの家に集まり、今起きている問題についての話し合いを行った。
つまり、サニーラビットへの対策と、護衛であるミリアがそのサニーラビットに心を折られてしまったことだ。
「薄々思っていたけれど、やっぱりサニーラビットとは森で戦うべきじゃないわね」
ミリアがコテンパンにされた六日間の話を聞いたノアは、額に手を当ててそう言葉にした。
「森の中は、サニーラビットにとって自分たちのテリトリーよ。そんな中であいつらを捕獲するなんて、至極無理な話。身体能力と危機察知能力の高い獣人のミリアならもしかしたらって思ったけれど……今の話を聞いて理解したわ。私達では、どれだけの人数がいても森に入った奴らを捕まえることは不可能ね」
「人間が用いるような罠を使ってくるのも厄介だしな」
「ええ」
ミリアから訊けば、奴らはミリアの追撃をかわすべくその道のプロ顔負けの罠を仕掛けてきたのだそうだ。
どこかの某肉体派帰還兵かよ。
ゲリラ戦の達人か、あいつらは。
内心で突っ込みつつ、気持ちを切り替える。
「まあ、森の中に関してはいいだろう。そもそも俺は畑から離れられないから、森に入ってまでサニーラビットを捕まえることはできないしな」
「そうね。幸いなのは、奴らが森に罠を仕掛けたとしても、こちらから向かわなければ意味がないことね」
どちらにしろ、奴らはアメヤサイを食べるために畑に挑んでくるしかない。
こちらも奴らの襲撃法を理解しているので、相応の対策がとれるのだ。
「で、次の問題としては……ミリアのことよね」
「ああ」
「結果だけ見れば、彼女がサニーラビットを侮って不覚をとったということになるのだけど、正直それを責める気にはなれないわ。自分の腕に実力があり、危険な魔物との戦闘経験が多いほど、サニーラビットという小さく、それでいて可愛らしい見た目に騙されてしまう」
しかも、サニーラビットはそんな可愛らしい見た目を利用してミリアに近づいてきたのだ。狡猾にも程がある。
「加えてこの数日間、サニーラビットはミリアに過剰なまでの挑発を続けていた。いつもの奴らなら、野菜に噛みついた後で人を嘲笑うことはあるわ。でも、まだ野菜が実ってすらいない状態で襲撃した上で、そんな行動に出るのはおかしいわ」
「サニーラビットがミリアを狙ったことにも、何かしらの理由があるってことか?」
「恐らく、ね。サニーラビットたちは、ミリアがどれだけ自分たちにとって危険な存在かを理解していたのかもしれない」
危険な存在、か……。
いや、待てよ。
ということは、奴らがミリアを集中して狙った理由は??、
「そうか……。そういうことか!」
「何か分かったの?」
もし俺の考えが当たっていれば、サニーラビットは恐ろしく綿密な計画を立てて、ミリアの精神を折りにきていたということになる。
「最初の接触でサニーラビットはミリアの冷静さを奪い、自分から森まで追いかけてくるように仕向けたんだ。自分達のテリトリーにおびき寄せ、状況を優利に整えるために……!」
「そして、追いかけてきたミリアを翻弄したその後も、定期的に彼女の怒りを煽って冷静にさせないようにした……」
奴らは分かっていたんだ。
アメヤサイが育ち実をつけたとき、それを狙う自分たちにとって誰が一番の障害になるかを。
「でも、逆を言えば、彼女が立ち直ってくれさえすれば、私達にとってこれ以上になく頼れる存在になるんじゃない?」
「確かにそうだな」
サニーラビットが事前に対策をしようとするほどの実力を持つ彼女の助けがあれば、サニーラビットから畑を守れるかもしれない。
しかし、今のミリアは完全に心が折られ、それどころかサニーラビットに対するトラウマのようなものを刻まれてしまっている。
普通の手段で立ち直らせるのは難しい。
どうすればいいか悩んでいると、何かを思いついたのか、ノアが明るい笑顔を浮かべた。
「そうよ。ミリアに野菜を作るのを手伝ってもらったらどう?」
「え? いや、護衛もしてくれているのに、手伝いまでしてもらうのはちょっと……」
「風の噂で聞いたことがあるんだけど、花を育てたり動物と触れ合ったりするのは、心を癒す効果があるらしいのよ」
元の世界ではアロマキャンドルだとか、動物によるアニマルセラピーがあるのは知っているけど……なるほど、野菜を育てることにより、心の傷を癒すということか。
「今のミリアは酷く打ちひしがれているから、本来の役目である護衛の任すら自分には相応しくないと思いはじめているかもしれない。だからこそ、今の彼女にできることをハルマが示してあげればいいと思うの」
「……分かった。明日、手伝ってもらえるように頼んでみるよ」
俺としても、折角ここに来てくれたミリアに不憫な思いはさせたくないからな。




