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「はえ?」

 落とし穴。

 それは、人間が狩りなどで獲物を捕らえるために考え出された技術である。

 生きるために編み出された人類の叡智――それが今、サニーラビットという“狩られる側”に使われてしまった。

「きゅぅい!」

 まず初めに、一羽のサニーラビットがミリアに膝カックンをする要領で膝裏に体当たりを食らわせ、体勢をを崩させた。

「え、きゃ!?」

「きゅぅ!」

 次に、二羽目のサニーラビットが地面についた手に蹴りをいれる。

 そして、高く飛び上がった一回り大きいサニーラビットが勢いをつけてミリアの頭に着地したことで、彼女の体は完全に地面に倒されてしまった。

「……」

 やばくない!?

 あいつらマジでやばくない!?

 完全無欠のコンビネーションでミリアが沈められたんですけど!?

 フウロも目の前で繰り広げられたあまりの惨劇に、先ほどまで燃やしていた闘志が消えかけている。

 それも当然だ。

 油断していたとはいえ、ミリアはサニーラビットに後れを取るほど弱くはないはずだ。

 それでも不意打ちを受けてしまったのは、奴らがミリアの警戒を解くように道化を演じていたからだ。

 その上で、いつ作ったのか分からない落とし穴を作って彼女を罠に嵌めた。

 恐るべき戦略。

 恐るべきチームワーク。

 恐るべき狡猾さ。

 もうあいつら『畜生ウサギ』ってカテゴリの魔物でいいんじゃないかと思えてきた。

「このっ、いい加減に……」

 さすがにキレたのか、ミリアは手をついて起き上がろうとしたのだが――。

「きゅっ、きゅい!」

「「きゅー!」」

「あぐ!?」

 ミリアが体勢を立て直す前にリーダーのサニーラビットが命令を下すと、二羽のサニーラビットが再び体当たりで彼女を地面に転ばせた。

 助けに行きたい……!

 だが、経験上奴らは俺を畑から引き離すためにミリアを人質として利用しているかもしれないので、迂闊に動けないのだ。

 なおも起き上がろうとするミリアだが、リーダーはまるで嘲るような鳴き声を上げながらミリアの頭の上でピョンピョンと跳ねた。

「ぬ、うぐぐぐ……!」

 ミリアが何と言っていたのか分からないが、相当な屈辱だということは俺でも分かった。

 さすがにこれ以上は見過ごせない。というより、ミリアが可哀想すぎる。

「ミリア! ずぶ濡れになるだろうけれど、ごめん!」

 俺は掌に作り出した雨雲をサニーラビットの頭上へと放り投げ、豪雨を降らせる。

 それをいち早く察知したリーダーは、最後にぺしーんとミリアの頭を蹴ったあと、子分たちと共に森へと帰っていった。


 残されたのは、俺の作った雨雲から降り注ぐ雨に打たれるミリアだけであった。

 雨雲を消し去った俺は奴らが戻ってこないか警戒しつつ、倒れ伏している彼女の元へと歩み寄る。

「だ、大丈夫か……?」

「……」

 ゆっくりと立ち上がったミリアだったが、こちらに表情を見せない。

 何も喋らないミリアに不安になっていると、彼女は呟くように口を開いた。

「……すごく、バカにされた」

「だ、だろうな……」

 心なしかいつもの冷静な口調ではなく子供っぽい口調になっていることに、戸惑いを覚える。

「頭の上で跳ねてた」

「ああ、見てた」

「頭を蹴られた」

「あれは俺も酷いと思った」

「雨にも濡れた」

「それは普通にごめん」

 徐々に涙声になっていくミリアに、どんどんいたたまれない気持ちになってくる。

 フウロと一緒に様子を見ていたリオンですら、こちらに近づいてこようとしない。

 すると、ミリアは目元を拭いながら声を荒げた。

「あんな屈辱、生まれて初めてだ……ッ!」

「な、なにも泣かなくても……」

「泣いてない! 私が泣くはずがない!!」

 「子供か!」ってツッコミたい衝動に駆られるが、先ほどの仕打ちを考えれば大の大人でも泣きたくなるのは分かる。

 多分、やられたのが俺だったら外聞もなく泣いている自信があった。

「ハルマ。あのウサギ共は私が捕まえる」

「……はい?」

「所詮、相手はサニーラビット。今回は油断して不覚をとったが、私が負けるはずがない……!」

 待て、その驕りは同じ惨劇を繰り返すことになるぞ。

 しかし、怒りのあまり冷静な判断ができなくなっている彼女に俺の声は届かない。

 せ、せめてノアにこのことを伝えるまで大人しくしてもらわなければ……。

「とりあえず、単独行動は危険だ。一旦、計画を立てから――」

「いいや、私は行く! ここまで虚仮にされて黙ってなどいられない! それに、こんなこと隊長に知られたら、私は……私は、立ち直れる自信がない!」

 物凄い闘志を燃やしているミリア。 

 これは、一旦頭を冷やしてもらわないと駄目かもしれん……。

「ハルマ、私は森に行って奴らを捕まえる! 構わないな!?」

「あー、うん。暗くならないうちに帰ってきてくれ」

「ああ!!」

 頭に血がのぼった状態で勝てるのなら、俺もここまでは苦労しない。

 大事なのは、奴らを相手にどれだけ冷静な判断力をもっていられるかだ。

 それでようやく、奴らとまともに渡り合える。

 早速狩りの準備を始めたミリアにどこか遠い目になっていると、リオンが声を潜めて話しかけてきた。

「ハルマ、大丈夫なの?」

「運が良ければ、ミリアがサニーラビットを捕獲して、俺達も順調に農業ができる……んだけど、多分それは無理だと思う」

「あの子達、すごく頭がいいもんね」

「ああ。多分、今の状態で挑んでもさっきと同じことが繰り返されることになる」

 あいつらの恐ろしいところは、人を小馬鹿にすることにおいて右に出る者はいないということだろう。

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