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 摘心てきしん、という技術がある。

 トマトやスイカなどの栽培において、いらない芽を摘み取ることで他の芽に成長を促す技である。

 大きくて栄養のあるアメトマトを収穫するなら、この摘心という技術はかなり重要になってくる。

 今日はそれを行うべく、俺とリオンは先日よりも大分成長したアメトマトの前に立っていた。

 ミリアとフウロは、いつもと変わらずに畑の近くで森の方を警戒してもらっている。

「リオン。トマトの枝から伸びた芽があるだろ?」

「うん、この小さいのだよね」

 アメトマトの枝に手を添え、枝分かれしている部分から成長しようとしている芽の部分を指さす。

「これはわき芽っていって、これを放置するとここからまた成長しちゃうんだ」

「それって、いいことなんじゃないの?」

「そうでもないんだ。わき芽も成長するのに養分が必要だからね。これが伸びちゃうと、他の芽にいくはずだった栄養が分割されることになるんだ。だから――」

 先ほど指さしたわき芽を指でつまみ、そのままちぎる。

「こうすることで、育てたい芽に栄養を集中させることができるってわけだ」

「へえ」

「因みに、スイカも同じ要領で摘心していくと、大きなスイカができあがる可能性がグッと上がるよ」

 普通に感心してくれるリオンに少しだけ気分を良くしながら、続けて解説をする。

 正直に言うと、俺も摘心については記憶が朧気だったのだが、改めてノアに摘心とその意味を教えてもらい、行動に移せるようになったのだ。

 最初はどれをちぎっていいか分からずノアに怒られてしまったが、小一時間かけて見分けられるようになった。大人としてはなかなか恥ずかしい思いはしたが、新しいことを覚える楽しさもあったことは確かだった。

 俺ももっと勉強しなくちゃなぁと改めて思いなおしていると、リオンがアメトマトの一部分を指さしてこちらを振り向いた。

「ねぇ、これがそう?」

「ん? ああ、それだ。もう見分けられるようになったのか」

「うん」

 若い子の理解力ってすごいなー。

 俺は素直に感心しながら、アメトマトの大きさを確認する。

「アメトマトもそこそこ大きくなってきたから、そろそろ茎と支柱を紐で結んじゃうか」

 やはり、トマトの成長は中々に早い。

 もう三〇センチほどに成長したアメトマトの茎を軽く支柱に寄せてから、できるだけ傷つけないように紐で結びつける。

 アメトマトも成長しているが、アメキュウリ、アメスイカも順調に蔦を伸ばし、今のところ問題なく成長してくれている。

「ハルマ、それは私がやるよ。ハルマはその“てきしん”ってやつをやって」

「ん? ああ、ありがとう」

 リオンの申し出を受けて紐を全て彼女に渡したあと、アメトマトの摘心へとかかる。

 といっても、あまり過剰にやりすぎると大事な芽の部分までちぎりそうだから、徹底的にではなく経過を見ながらやっていく感じだ。

「ねえ、ハルマ」

「なんだ?」

 真剣にわき芽を探していると、茎と支柱を紐で結んでいるリオンが話しかけてきた。

「ミリアさんって、もしかして野菜とか嫌いなのかな?」

「え、どうしてそう思うんだ?」

「なんだか、ハルマの畑を見ている表情が辛そうだったから……」

 辛そう……?

 俺は彼女のそういう姿は見ていない……いや、畑仕事に夢中で注意して見ていなかっただけか。

 その理由は、察せなくもない。

 先日は憎きサニーラビットへの闘争心のせいで俺ばかりが話していたけれど、後々考えてみれば彼女にとってサニーラビットなんてありふれた弱い魔物なのだ。

 王国で知られているサニーラビットは、とても愛らしいマスコット的な魔物なのだろう。

 本来は俺の護衛をしてくれる彼女に、サニーラビットを追い払ってくれだなんて頼めば、嫌な気持ちになるに決まっている。

「それに彼女自身、俺の護衛の件を納得しているわけじゃないからな……」

 例えるなら、居心地の良い職場にいたのに、突然ド田舎への転勤を言い渡された感じだろうか。

 そう考えると、納得いかない気持ちも非常によく分かってしまう。

「どうするかな……。と言っても、俺になんとかできるとも思えないし……」

「とりあえず、アメヤサイを好きになってもらえるように頑張ればいいんじゃないかな?」

「……ははは、それも一つの手だな」

 納得いかないのなら、今の仕事を好きになってもらうしかないって感じか。

 ま、それも難しそうだけど、何もしないよりはずっといいな。

 リオンの提案に納得していると――、

「わんっ!」

 まるで危険を知らせるかのようなフウロの鳴き声が後ろから聞こえた。

 振り向けば、毛を逆立たせ森を睨みつけるフウロと、そんなフウロを困惑したように見つめるミリアの姿があった。

「奴らが来たのか!?」

 フウロが森を見て警戒する意味を即座に理解した俺は、畑を離れてミリアたちの元へ移動する。

 近くで見るとよく分かるが、俺の視線の先の茂みがわざとらしく揺れている。

 間違いない。

 あの挑発するようなアプローチは、サニーラビットだ……!

 よりにもよって、ノアがいないこの日に来やがったか!

「あの、ハルマ。いったいこれは……」

「奴らが来たんだ」

「そ、そうか。なら手早く追い払ってしまおうか」

「いや、不用意に動かないほうがいい」

 俺はそう言って、前に進みだそうとしたミリアを手で制する。

 いくら彼女が実力のある騎士だとしても、まだ奴らの力を侮っている。

 そんな状態じゃ、初めてサニーラビットと相対した俺と同じ轍を踏んでしまうだろう。

「アメヤサイがまだ実をつけていない時点でここにやってきたということは……。恐らく奴らの目的は偵察、そして俺達の実力を計りに来たんだろう」

「サニーラビットが……?」

「下手に動けば、挨拶がてらに食い破られるぞ」

「何を!?」

 勿論、野菜をだ。

 あいつらは無駄に挑発がうまいから、無視したらしたらでいやがらせのように葉っぱを齧っていきそうなんだよな。

 ごくりと唾を飲み込んだ俺に、ミリアは本格的に訳が分からないといった表情になる。

 そうしているうちに茂みが大きく揺れ、三つの影が俺達の前に跳び出てきた。

「きゅい!」

「「きゅー!」」

 普通の個体より一回り大きなサニーラビットと、普通サイズの二羽のサニーラビット。

 ようやく出てきた襲撃者ならぬ襲撃ウサギに身構えるが、それ以上にこいつらがなんの捻りもなく俺達の前に姿を現したことに疑問を抱いた。

 三羽のサニーラビットはきょろきょろと周りを見回した後に、俺達を無視するように毛づくろいを始めた。

「きゅー」

「きゅい」

 ……挑発しているのか?

 俺達なんぞ警戒するにも値しない木偶の坊だとでもいいたいのか、この野郎。

 いや、待て。

 ここで怒りに任せて冷静な判断ができなくなれば、その時点で奴らに隙を見せることになってしまう。今重要なのは、奴らを調子づかせずに撃退することだ。

 人も動物も、勢いづかせたら手に負えないのは同じだからな。

「……ハルマ、私には普通のサニーラビットに見えるんだが」

「いや、騙されるな」

「はぁ……もういい」

 過剰なほど警戒をしている俺に呆れたようなため息をついたミリアは、無警戒にサニーラビットの方へ歩いて行ってしまう。

「待て、迂闊に動くな!」

「わん!」

「ただのサニーラビットだろう。さっさと追っ払えば済む話だ」

 俺とフウロの制止の声にも、ミリアは耳を貸さない。

 彼女は、まだあのサニーラビットがどこにでもいる個体だと思っているようだ。

「……まさか!?」

 奴らの不自然な挑発は、それが目的だったのか!?

 あえてどこにでもいる普通のウサギを演じることで、疑いを持っていたミリアに警戒を解かせて近づかせた。

 つまり、この後に待っているのは……ッ!

 俺は、サニーラビットの近くにまで接近したミリアに声を投げかける。

「ミリア! すぐにそいつらから離れろ!」

「まったく、たかがサニーラビットになにをそこまで――」

 そう言ってミリアが一歩踏み出した瞬間、彼女の足元の地面が崩れ、足首までが地面に埋まってしまった。

 ミリアが呆気にとられた瞬間、今まで呑気に毛づくろいをしていたサニーラビットたちが一斉に彼女へと襲い掛かった。

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