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新しいアメヤサイの栽培は、最初に行ったアメキャベツ以上に色々と神経を使うものであった。
なにせ三種類のアメヤサイを一度に育てるのだ。一つだけ栽培していたアメキャベツの時とは違って、それぞれのアメヤサイの状態を見ていかなければならない。
一応、アメトマトとアメキュウリにも敷き藁を行ったが、それでも注意は必要だろう。
いや、そもそも俺の知っている野菜とアメヤサイをほぼ同じものと考えること自体間違っているのかもしれない。
元の世界で両親から学んだ野菜の育て方をそのまま反映させたとしても意味がなかったり、逆に悪影響を与えてしまう可能性もある。
だからこそ、俺は慎重に三つの野菜を向き合っていかなければならない。
アメトマト、アメキュウリ、アメスイカを植えてから数日。
しっかりと天候魔法での雨を降らせながら畑の世話を行っていたが、正直なところ今の時点ではそれほど忙しくはなかった。
まだ苗の状態になった野菜が茎と葉を伸ばしていく時期だ。
その時期に俺にできることは、雨を降らせたり、土の世話をしたり、虫を取っていく作業くらいしかないので、畑作業をしながらのんびりとした時間を過ごしている。
「……そろそろ飯にするか」
ぼつぼつと雨に打たれながら作業をしていた俺は、真上に太陽が移動したことを確認して昼食を食べることにした。
リオンからもらった弁当を取りに、一旦小屋へと戻る。
「フウロ、ほら、雨だぞ」
「わぁん!」
足元にやってきたフウロに雨雲を差し出しながら小屋に入った俺は、二つの弁当箱をもって隣に住んでいるミリアの元へと向かう。
なぜ弁当が二つあるかといえば、単純にリオンがミリアの分まで作ってくれたからだ。
「まあ、あれを見ればな……」
ミリアの普段の食事風景を見れば、誰だって心配になるのは当たり前だ。
なにせ、魚を串で刺して焼いただけのものをワイルドに食べているのだ。
その光景を目撃した食事大好きのリオンは、驚いたようにしりもちをつきながら「もっと美味しく食べられる方法があるでしょ……!」と迫真の表情で呟いていた。
そういうこともあって、リオンがミリアの弁当も作ってくれたのだけど、彼女はが受け取ってくれるのかちょっと心配である。
ため息を吐きながら彼女がキャンプをしている場所へ近づくと、鼻腔をくすぐる香ばしい匂いが漂ってきた。
「ん? また魚でも焼いているのか?」
まあ、昼飯時だし不思議じゃないか。
「おーい、ミリア。リオンが弁当を作って来てくれた……ぞ……?」
そこには、川魚とは思えないほど巨大な魚を焚火で炙っているミリアの姿があった。
大きさは一メートルほどだろうか、水族館とかで見るピラルクくらいの大きさと威圧感のある魚に、俺は声を失ってしまった。
「む、ハルマか」
「あ、あの、リオンが弁当を作ってくれたんだが……」
「弁当か。それはありがたいのだが、まあ、見ての通り昼食は間に合ってしまったのでな」
炙られているピラルク(仮)を見て困ったような表情を浮かべるミリアに、俺はどんな表情をしていいか分からなくなってしまった。
というより、どうやって捕まえたんだ、これ?
水の中でこんなのと遭遇したら、死を覚悟するしかないと思うんだが。
「……ハルマ、君はもう昼食は食べたのか?」
「え、いや……まだ食べてないけど」
「そうか。なら丁度いい。こいつを消費するのを手伝ってくれ」
彼女は俺の答えに満足そうに頷くと、焚火の周囲に置いてある切り株型の椅子に座るように促した。
「保存できないこともないが、やはり魚は調理した直後が最も美味いからな」
「いいのか?」
「勿論だ。残す方がこいつにも失礼だしな」
確かにその通り。食べるからには、残すわけにもいかないよな。
素直に彼女の厚意を受け取ろう。
「あ、この弁当はどうしようか……。俺はこいつも食べるけど、君は食べないんだよな」
「いや、折角作ってくれたのだから、夕食にでも食べるとするよ。彼女の料理は美味しかったからな」
そう言ってくれるなら、リオンも喜ぶだろうなぁ。
「しかし……すごいな、これ。どうやって捕まえたんだ?」
まるでケバブのように串刺しにした棒をくるくると回されて炙られているピラルク(仮)は、シュール以外の何物でもないだろう。
俺の疑問に、ミリアはどこか誇らしげに答えた。
「それほど難しいことはしていない。水中を泳ぐこいつに陸から槍を突き刺して、そのまま潜ってとってきただけだ」
「……なるほど」
いや、なるほどじゃねぇだろ、俺。
ツッコミどころたくさんあるよ!
槍で突き刺してから潜ってとってくるとか、そういうのって一昔前のバラエティ番組でやってたようなやつだぞ!? いや、あれは銛だったけれども!
「こんなデカいのを、潜ってとってくるって……」
「フフフ、聞いて驚くな。主に比べれば、こいつなんて子供みたいなものだ」
「え!? 嘘だろ!?」
驚く俺に、ミリアは遠い目で森を眺めた。
「私は見たんだ。湖の底に潜む、巨大魚の姿をな。そいつは私の身長を優に超えるほどの大きさだった……」
それは最早、魚ではなく魔物なのでは?
でも悔しいけど、こういう話を聞いたら『見たい!』って思ってしまうのが男の性なんだよなぁ。
元の世界でも『未確認生物!』みたいな番組があったら、自然とチャンネル止めちゃうし。
「その魚って、俺でも見れる場所にいるのか?」
「ああ、ここからそう遠くないぞ。少しばかり危険な道を通るかもしれないが、まあ、君なら大丈夫だろう……って、なんだ、見たいのか?」
「見たい!」
ミリアの問いかけに、ちょっと食い気味に頷く。
白状すると、子供の頃、実家の近くの山に主的ななにかがいるかもしれないと思って探したことがあるんだ。
いや、結局そんなものいなかったわけだけど、今になってそういうのを見られるかもしれないと思うと、テンションも上がってくる。
「……ふむ、なら連れて行ってやろう」
「え、いいのか!?」
「ああ。私も初めて会ったとき、失礼な態度をとってしまったからな。その罪滅ぼしのようなものだ。あとは……あの場所を私だけが知っているというのは、色々と勿体ないと感じてね」
まさかの申し出に、年甲斐もなくテンションが上がっている自分がいる。
しかし、すぐに行くわけにもいかないのは自分でも分かっている。
アメヤサイの状態とか、その辺を確認してからしっかり予定を立ててからいくべきだ。
かつてないほどに頭を回転させていると、この場に新たな来客が訪れた。
「なんだかいい匂いがするわね……って、なにこの魚!? でかすぎじゃない!?」
畑を手伝いにやってきてくれたノアは、焚火で炙られている巨大魚を見て俺と同じ反応をするのだった。




