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 今までいた世界とは何もかもが違うこの世界は、驚きの連続であった。

 まず、今自分が住んでいる場所は、アルメイド王国という国の近くの村ということ。

 そしてこの村は、貴族であるラングロン家が治めている領地であるということ。

 貴族というワードから想像するに、俺が転移してしまったこの世界は日本というより一昔前のヨーロッパのような文化体系を形成しているようだった。

 そこに、魔法、魔物、亜人といったファンタジー要素が織り交ぜられている。

 エリックさんとリオンにとっては当たり前の知識を教えているようだが、俺にとっては教えられること全てが未知にあふれていたので、理解するのがとても大変だった。

 そして肝心の魔法の訓練についてだが、俺は自分が思っていたよりも魔法の才能があったらしい。

 魔法を教えてもらった最初の一日で、自分の内にある魔力を感じ取ることができた。

 そんな俺を見たエリックさんは――、

『元より無意識で魔法を発動していたせいか、基本を教える必要はないのかもしれないな』

 あまり嬉しくはないが、難しいと思えた魔力を感じる工程は難なくクリアできた。

 だが、その先が大変だった。


「ハルマ、もっと魔力を抑えて」

「お、おう……」

 魔力の出力調整、これが中々に難しかった。

 家の裏庭で、リオンの前で魔法の訓練をしていた俺は、額に汗を滲ませながら自分の手の上の雨雲とにらめっこをしていた。

 俺の手の上にはバスケットボール大の雨雲が浮かんでおり、雨こそ降らせてはいないが、その雨雲は不安定に揺らめいていた。

「やっぱり、難しいな」

 本当は掌サイズの大きさをイメージしているのだが、必要以上に魔力を注ぎ込んでしまうために、俺のイメージ以上の大きさになってしまう。

 掌の上の雨雲を消し去り、溜息を吐く。

「まだまだ、駄目か」

「誰でも最初からうまくできるはずがない。できなければ何度も繰り返せばいいよ」

「……そうだな。もうちょっと頑張ってみるか」

「ん、頑張って」

 度々、この娘から飛び出す言葉に感動してしまうなぁ……。

 一週間ほどこの家でお世話になっているけど、俺が思っている以上にリオンという少女は大人びた子だ。

 掃除もできるし、料理もできる。何もない時間は、エリックさんが経営しているという古書店の本を読んでいる。

 今だって、家の近くに生えている木の下で分厚い本を読みながら、俺の魔法の訓練を見てくれている。

 年下だが、エリックさんと同様に頭が上がらない存在になりつつある。

「さて、今の俺にできることは数をこなすだけだな」

 もう一度、雨雲を作り出し、魔力の調整を行う。

 今度は小雨程度の雨を降らせてみよう。

 蛇口を捻るイメージで、雨雲を操作すると、ザザザ――! と、大粒の水滴が、雨雲から掌に落ちて、一瞬の内に掌がずぶ濡れになってしまった。

「……手を洗うには便利だな」

「それに井戸いらずだね」

 にこりと笑みを浮かべるリオンに、苦笑してしまう。

「ハルマが魔法をうまく使えるようになったら、水汲みとかしなくてもよさそう」

「だといいけどなぁ」

 のどかな日常。仕事に追われていた毎日からは想像できない安らぎ。

 しかし、俺は今の状況を苦痛に感じていた。

 魔法を教えてもらえることに苦痛を感じているわけじゃない。

 エリックさんとリオンに不満があるわけじゃない、むしろ感謝しているくらいだ。

 問題は俺にある、というより俺が勝手に苦痛に思っているだけであるが―――、


 ――世話になっているばかりで、何もお返しできていないのが辛い……!


 居候させてもらって、さらに魔法まで教えてもらっているのに、俺は恩人である二人に何もお礼ができない。

 リオンが働き者すぎて、掃除も料理も手伝えない。むしろ不慣れな家事を手伝おうとした俺が彼女の足手まといになってしまう。

 エリックさんにこの悩みを相談して古書店の店番を任されたのだが、一向に人がこないから、店番をしてもお返しをしている気になれない。

 というより、あれは置物に近かった。来てくれるのもリオンだけだし。

 これじゃ、ただの大飯食らいのボンクラ野郎じゃねぇか。

「はぁ、やることが沢山だな」

 気を取り直して訓練を再開する。

 手を濡らし続ける雨雲をもう一度小さくさせようと念じる作業に移る。しかし、その時家の裏手の扉が開き、エリックさんが顔を出した。

「おお、ここにいたかハルマ君」

「エリックさん、どうかしましたか?」

 扉を出たエリックさんは、俺の掌の上にある雨雲を見て、興味深げな視線を向けた。

「うむ、やはり君は筋がいい。この調子なら、小規模の雨雲ならすぐに操ることができるようになるだろう」

「そうなんですか? 俺としては、あまりうまくいっている実感がなくて……」

 イメージ以下の雨雲しか作れないし、小雨程度の雨も豪雨になってしまう。

「元より、君は魔力の総量も並外れて多いからな。むしろそこまで形にできている時点で十分すぎるほどだ。だが、力を込めすぎるなよ? 君の魔法は暴走してしまうような事態になったら、大変なことが起きてしまうからな」

「ええ、それはかなり気をつけています」

 エリックさんから魔法の教えを受ける過程で、最初に教えられたのは雨雲を作り出す俺の魔法の危険性であった。

 雨を降らせるだけ、とだけ聞けばしょぼい魔法に思えるが、その実とても危険な力を持っている。

 例えば、数日間絶やさず雨を降らし続ければ、作物に影響を与えたり、川をあふれさせたりといった災害が簡単に起こせてしまうのだ。

 想像するのも恐ろしい事態を起こしてしまう俺の魔法は、取り扱いに注意が必要なのだ。

「それよりも、今日は新しい訓練をしようと思う」

「……早くないですか?」

「魔法についてよく理解してくれた今が頃合いだ」

 結構なペースで魔法を教えてくれるなぁ、エリックさんは。

 俺としてはもっとじっくりと今の訓練をやっておきたかったんだけど。

「それで、次は何を……?」

「まずは場所を移動しよう」

「え、この場でやる訓練ではないんですか?」

「ああ。リオン、少し出かけてくる」

「ん」

 こくりと頷いたリオンを確認したエリックさんは、屋内に置いてあったかなり古びた本を脇に抱えるように持って裏庭の外へ歩き出した。

 場所を移動してまで行う魔法の訓練とはなんだろうか。

 首を傾げながら、俺はリオンと共にエリックさんの後ろをついていった。

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