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 調査団が来てから一週間。

 その間に俺の日常は一層に慌ただしくなった。

 俺の天候魔法の調査、フウロの生態調査、アメキャベツの種子作りのデータ取りなど、次から次へと質問してくるケヴィンさんと調査団達に、体力的にも精神的にも疲れてしまった。

 そして、護衛にきてくれたミリア。

 彼女は護衛としての仕事をしっかりとこなしてくれていた。

 といっても、調査を受けている俺とフウロを近くで見守っているだけなんだけど、なんというか自然体なのに、常に周囲に気を配っているかのように振舞っているのだ。喧嘩とか戦いに関してはまったくの素人な俺でもそう分かるのだから、本当に凄いんだと思う。

 けれど、必要以上の会話をしてこようとはしなかった。

 改めて、調査団が来るまで新しいアメヤサイの栽培を始めなくてよかったと思う。もし始めてしまっていたら、精神的な問題で絶対に畑仕事の方に集中できなかっただろうからな。

 しかし、調査団が来たことは俺にとって悪いことばかりではなかった。


「これが、エリックさんから頼まれていた道具だよ。いやぁ、渡すのが遅れてしまってすまないね。後から王国から送らせていたのだけど、届くまで時間がかかってしまった」

「いえ、ありがとうございます!」

 調査団の方々が泊っている村の宿の前にて、俺はケヴィンさんからあるものをいただいていた。

「藁に、漁で使う網。これで大丈夫かな?」

「はい! これで新しいアメヤサイの栽培を始められます!」

 馬車に積まれていたのは、大量の藁とネット。

 これで、新しく育てるアメヤサイに必要な道具がようやく揃った。

「しかし、新しいアメヤサイか。実に興味深い。ものすごぉく興味深い。でも、まだ始めないんだよね?」

「そうですね。今はアメキャベツの種子の方が先ですね」

「それも気になるのが辛い!」

 そこまでですか。

 空を仰ぎながらそう叫んだケヴィンさんに、苦笑いを浮かべる。

 本当に研究熱心な人なんだなぁ。

「調査期間が一週間だけなんて、短すぎると思わないか? まだまだ調査したいことが山ほどあったのになぁ」

「ま、まだあるんですか?」

「当然さ。雨の天候魔法も、アメオオカミも、我々にとっては未知の塊みたいなものだからね。調べても調べても、まだ足りないくらいさ」

 笑顔でそう言ってくるケヴィンさんに、笑みが引き攣る。

「それなのになぁ。もっと調べたかったなぁ」

 一転して、ケヴィンさんが落ち込みはじめる。

 ちょっとだけかわいそうに思った俺は、彼にある提案を持ちかけることにした。

「それなら、今日見てみますか? アメキャベツの種を取る作業」

「え、いいのかい!?」

「はい。先日、種の入った鞘ができてきたので、雨を止めておいたんです。今頃、丁度いいくらいにアメキャベツが枯れているはずなので、鞘の収穫ができそうなんです」

 この一週間は、ずっとアメキャベツの方へ意識を注いできた。

 調査で作業が滞ってしまっていたという理由もあるけれど、それほど神経を割く必要のない作業だという理由もある。

「まあ、ケヴィンさんも出発前ですし時間的に厳しかったら……って、いない!?」

『おーい! 僕はちょっとハルマくんの仕事を見てくるから、帰りの準備お願いねー!』

『『えぇぇ!?』』

「い、いつのまに……」

 少し視線を外している間にケヴィンさんがいなくなったと思ったら、宿の中から彼の声と調査団の人達の不満そうな声が響いた。

 そのままドタバタと宿から出てきた彼は、重そうなリュックを背負いなおすとこちらへ振り返り、畑の方を指さした。

「さぁ、何をしているんだハルマくん! 早く行こう!」

「は、はい」

 本気になった研究者の行動力は侮れない。

 上機嫌なケヴィンさんを見て、改めてそう思うのだった。


 ケヴィンさんに引っ張られる形で畑に行くと、そこには既にノアとミリアが待っていた。

 ミリアは護衛ということでここにいるが、ノアはアメキャベツの鞘を収穫するということで、あらかじめ呼んでおいたのだ。

 正直な話、俺のうろ覚えの知識だけで収穫するのは危険だと思ったので、彼女の知恵も借りようと思ってのことだった。

「あら、ケヴィンさんも来たのね」

「ああ。調査団の人達は今日王国に帰っちゃうらしいから、せめて鞘の収穫するところだけでも見てもらおうと思ってね」

「そういうことね。分かったわ」

 先日から雨を止めていたアメキャベツの元へと歩を進める。

 育つのに必要な栄養を途切れさせられたアメキャベツの花は枯れて、緑と黄色の鮮やかな色から茶色へと変わり果てていた。

 鞘を取るために必要な過程とはいえ、ちょっと思うもののある光景だな。

 そんなことを考えている俺に、ノアが籠を手渡してきた。

「はい、ハルマ。これに入れてね」

「お、ありがとう」

「取り方は……教えなくても大丈夫そうね」

「ああ」

 アメキャベツの種子が詰まっている鞘の見た目は長めの枝豆に近いので、見間違える心配がない。

 作業はかなり単純で、できるだけ鞘を潰さないように摘んでいくだけだ。

 茶色く染まった鞘に視線を向けながら、背後にいるケヴィンさんに声をかける。

「ケヴィンさん、もしかしたらかなり地味な作業になってしまうんですが、それでも??」

「ハルマ。ケヴィンさん、もう観察に夢中よ」

「え?」

 ノアが指さした先には、いつのまにか枯れたアメキャベツの前でスケッチをとっているケヴィンさんの姿があった。

「おお! これがアメキャベツが枯れた状態かぁ。瑞々しい状態は調べたが、枯れた姿というのも中々に研究意欲がそそられるなぁ!」

「ケヴィンさんにとっては地味じゃないようね」

「そうだな……」

 相変わらずなケヴィンさんの様子に呆然とする。

「ぬぅ、まだまだ研究することが盛りだくさんだ! 王国に帰っている場合じゃない……。でも、王国には他の研究が山積みになっているこのジレンマァァァ!」

 悲痛な叫び声をあげているケヴィンさんの声を聞きながら、俺とノアはアメキャベツの鞘の収穫作業を続ける。

 その後、特に何事もなくアメキャベツの鞘の収穫を終えた俺達は、風通しのいい家の外に収穫した鞘を干して、今日の作業は終了となった。


 ケヴィンさんが作業を見届けると、調査団は王国へ帰ることとなった。

 この一週間で知り合った調査団の人達と別れの言葉を交わして彼らを見送っていると、ケヴィンさんが苦渋の表情で俺の両手を取る。

「ハルマくんッ!」

「は、はい」

「アメヤサイ作り、がんばってくれ! 君が作るアメヤサイは、僕達の生き甲斐になりうる存在だ!」

「ちょっと大袈裟すぎませんか……?」

 しかし、ケヴィンさんの後ろにいる部下たちは首を横に振る。

 え、本当に生き甲斐になっているの?

 激励されるどころか、逆にプレッシャーに感じてしまったのですが。

 そして、ケヴィンさんと調査団の方々を乗せた馬車は王国へと向かう道を走っていくのだった。


 遠くなっていく馬車を見送りながら、俺は一緒に見送りに来てくれたノアに声をかける。

「ちょっとだけ寂しくなるな」

「そうね。ちょっと騒がしかったけれど、この村にはいないタイプの元気な人達だったわ」

 確かに、元いた世界でもケヴィンさん達のように心の底から自分の仕事を楽しんでいる人はあまり見たことがなかった。

 少し引いてしまう場面はあったけれど、彼が研究にかける熱意は本物だった。

「さて、鞘も回収したし、次のアメヤサイの栽培を始めるか」

「次は何を育てるの? さっき見せてもらった道具って、敷き藁に使う藁と、キュウリとかの蔦を這わせるための網と、トマトとかの支柱にする棒よね?」

「そ、そうだな……」

 あ、あれれ?

 サプライズで教えようと思ったのに、栽培しようとしているアメヤサイの三分の二が看破されているんですけど……!?


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