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「本当はここには来たくなかった、か」
俺とフウロはミリアを置いて、リオンの家へと向かっていた。
彼女の言い放った言葉と、苦渋の表情が嫌に記憶に残っている。
王国を守る騎士。
彼女は、王国で騎士としての仕事をしていたかったのだろうか。
「わんっ」
「ん?」
思いつめながら歩いている俺に、フウロが一声鳴いた。
我に返って前を見れば、目の前には明かりのついた家があった。
どうやら考えに耽っている間に、目的地についてしまったようだ。
「……考えるのは飯を食った後でも遅くないか。お前も腹、空いてるだろ?」
「わんっ!」
ノックをしてから家に入り、いつも食事をする部屋へ移動すると、そこにはいつもと違った光景が広がっていた。
「エリックさぁん、たまには王都に来てくださいよぉ。貴方がいればあっという間に片付く仕事がわんさとあるんですよぉ!」
「ええい、しつこいぞケヴィン! 大体、君の言う“片付く仕事”には際限がないだろう! 昼夜問わず仕事に追われる生活なんてごめんだよ!」
「そんなこと言わないでさぁ~!」
「ええい、大の大人が酔っぱらうんじゃない!」
「……えーと」
べろんべろんに酔ったケヴィンさんにからまれているエリックさん。
その光景に呆然としていると、台所から料理を持ってリオンが出てくる。
「ん、ハルマ。お疲れ様」
「あ、ああ……じゃなくて、どうしてここにケヴィンさんが?」
「おじいちゃんに会いにきたみたい。それで、おじいちゃんが夕食に誘ったんだけど……」
「あんなことになってしまった、と」
エリックさんの前に座っているケヴィンさんの手元のコップにワインのようなものが注がれており、彼は上機嫌にそれを口にしている。
見たところ、酒には強いけど酔いやすい性質のようだ。
元の世界にいた同僚に、酒を飲むと絡み酒、泣き上戸、笑い上戸の三つを発動させてくる色々とすごいやつがいたけれど、さすがにそこまでではないようだ。
「おお、ハルマ君じゃないか! さぁさぁ、君も座りなさい」
「は、はい……」
ケヴィンさんに促され、席につく。
すると、丁度全ての料理が運ばれて夕食の準備が整った。
「いやあ、リオンくんも大きくなった。君が成長していくと、僕がどれだけ年老いてしまったのか自覚してしまうよ」
「ケヴィンさんって会うたびに同じこと言ってるよね」
「それだけ君の成長が早いってことさ。はっはっは」
ケヴィンさんが加わったことで、夕食の席はいつもよりも賑やかなものとなった。
昼間で話した時も分かっていたけれど、ケヴィンさんはとても元気な人だ。ムードメーカーというか、ただ普通に振舞っているだけで場を賑わせてくれるような不思議な感性を持っている。
……まあ、そんなケヴィンさんに絡まれていたエリックさんが若干げっそりとした表情を浮かべてはいたけども。
「うん? 浮かない顔だね。なにかあったのかな?」
「え?」
俺の顔を見て、ケヴィンさんがそんなことを言ってきた。
悩んでいるのが顔に出てたのかな?
……ケヴィンさんなら、彼女のことを知っているかもしれないな。
「実は……」
俺は思い切って、ミリアのことをケヴィンさんに話してみることにした。
エリックさんもリオンも俺の話に耳を傾けていたが、別に聞かれても問題はないのでそのまま話していく。
「ふーむ、そうか。彼女はハルマ君の護衛に納得がいっていなかったのか。だから王国を出発するときから、ずっと顰め面だったんだな。気難しい女性だとばかり思っていたよ」
「昔から君は人の気持ちを察することに疎かったからね」
「そうなんだよなぁ。研究としか向き合ってこなかったから、どうにも気持ちを察することができんのです」
エリックさんの言葉に苦笑するケヴィンさん。
一度手元の酒を飲んだ彼は、間をおいてから言葉を発する。
「僕はミリア・クラ―リア個人のことは分からないけれど、彼女がいた部隊のことは知っているんだ」
「部隊というと、騎士で編成されたチームという意味ですか?」
「ああ。それも、選りすぐりの実力者で構成された部隊だ。確か……クロスエルグ隊といったかな?」
ケヴィンさんが発した『クロスエルグ隊』という言葉に、エリックさんが目を見開いた。
「クロスエルグ隊といえば、王国有数の騎士隊じゃないか」
「エリックさん、知っているんですか?」
「長い歴史を持つ部隊で、構成員全てが女性で編成されている特殊な騎士隊でもあるんだ。私の友人がそこの隊長を務めているんだが、まさかそこから護衛がくるなんてね」
エリックさんに頷いたケヴィンさんは、こちらに視線を向けた。
「彼女が護衛として遣わされたのは、アメヤサイを食した王の側近の一人が、ハルマくんとアメヤサイの重要性を理解してくれたからだよ。だけど、今の段階では周囲の同意が得られず、護衛を一人しかつけられなかった。だから、できるだけ実力の高い人員を送るように取り計らったらしいんだ」
なるほど。そういうことだったのか。
「まあ、普通に考えれば食すだけで魔法薬並みの効果をノーリスクで得られるという異常性を理解できないわけがないんだけどね」
「あまり言ってやらないでくださいよ。人間歳を取ると、頭が硬く視野が狭くなってくるんですから」
「ケヴィン、どうして私を見て言うのかな?」
「他意はないですよ? ええ、本当に」
「「……」」
まるで喧嘩をするかのようにローブの袖をまくったエリックさんと、腕いっぱいに酒を抱えて逃げる準備を整えたケヴィンさん。
そんな二人に、リオンが冷たい視線向けた。
「二人とも、暴れるなら出てって」
彼女がそう言い放つと、彼らは借りてきた猫のように大人しく席に座りなおした。
リオン、恐るべし。
やはり俺達の胃袋を掌握している存在は格が違った。
冷や汗を浮かべたエリックさんは話題を逸らそうとしたのか、声を若干震わせながらこちらへ話しかけてきた。
「ミリアくんが君の護衛に納得していなくとも、その実力は彼女自身の経歴が証明している。だから、身の安全という意味では君は安心してもいい」
「そ、そんなすごい人だったんですね……」
突然家の裏にテントは作るわ、サバイバル生活を素でやろうとするわで、ちょっとぶっ飛んだ人なのかと思ったけれど、エリックさんのお墨付きがあるほどとは……。
内心で驚いていると、エリックさんが続ける。
「しかし、護衛としてやってきている彼女との不和はよくないことだな。だが、間違ってはいけないのは、彼女自身がハルマ君の護衛を拒否しているわけではないことだ」
「え、そうなんですか? てっきり、嫌われているとばかり……」
「そうだとしたら、君とは最低限の会話しかしないさ。ハルマ君、本当に嫌っている人にはね、会おうとすらしないんだ」
その言葉を聞いて、エリックさんとラングロンさんのやり取りを思い出した。
二人は顔を会わせるたびに罵り合うような間柄だが、仲が悪いとは思わない。
「恐らく、彼女はハルマ君の護衛が気に入らないのではなく、この村……いや、田舎に派遣されてしまったことが不満なのだろう。加えて、その護衛任務が長期なものになるとなれば……」
「あぁ、なるほど」
そこまで説明されて、俺もようやく理解できた。
ミリアは、自分が俺の世界で言う『左遷』にあったと思っているんだろう。




