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ひ、昼間はすごかったなぁ。
待っていた調査団が来たのはいいけれど、ケヴィンさんを含めた調査団の皆が揃って研究者気質なのか、目を血走らせながら俺とフウロのことについて訊いてくるのだ。
『これが天候魔法! 味を確かめてみましょう! あむっ、無味!』
『小規模の雲でどれぐらいの雨が降らせるんだい? ちょっと僕の頭の上から降らせてくれないかな。え、大丈夫大丈夫。研究に必要なことだから!』
『この子が絶滅してしまった魔物、アメオオカミ……!くぅ~、私は今、伝説の存在と相対している……!』
とまあ、ほぼ全員がこんな感じな反応をしてくるので、正直疲れた。
ほぼ昼の間は観察され続けて精神的に疲れ切った俺とフウロだが、そんな俺達にかけられたケヴィンさんの言葉は??。
『それじゃ、明日もよろしくね!』
なぜだろう、研究者って運動が苦手ってイメージがあったけれど、予想に反してアグレッシブすぎる。
満面の笑みで研究道具を抱えて村にある宿へ戻っていく彼らを見送った俺は、肩を落としながら一旦家へと帰るしかなかった。
「……だいぶ暗くなったなぁ」
太陽が沈んだ後、リオンとエリックさんのいる家へ夕食を食べに向かう。
月明かりに照らされた道を歩き出そうとしたその時、並ぶように歩いていたフウロが家の裏手の方へ走って行ってしまった。
「あ、おい! どうした、フウロ!」
「わぁん!」
どこか嬉しそうな声色で走っていたフウロがたどり着いた先には、昨日までそこにはなかったテントのようなものがあった。
「……は?」
え、なんで家の裏手にテントなんて張ってあるんだ?
全然気づかなかったんですけど。
長い枝を支柱にして三角錐状に作られているテントだけど……。なんだっけ、こういうのはワンポールテントとでも言うのだろうか。
少なくとも人一人が住むのには十分な広さだ。
理解が追い付かないまま呆然としている俺をよそに、フウロはそのままテントの入り口に近づくと、誰かを呼ぶように吠えはじめた。
「わんっ、わんっ!」
「……ん、誰だ?」
眠そうな声で出てきたのは、昼に顔を会わせた青髪の女性であった。
昼間の時とは違って鎧を外している彼女が目元を擦りながらテントから出てくると、尻尾を振っているフウロを見て首を傾げた。
「君が、私を呼んだのか?」
「わんっ!」
「……ああ、そうか。私は君の同族じゃないんだ。すまない」
「……くぅん」
「君の感情は分かるが、言葉までは分からないんだ」
残念そうにするフウロを優しく撫でた女性は、ようやく俺の姿に気づく。
一瞬だけ険しい表情を浮かべた彼女は、気まずそうに視線を逸らして口を開いた。
「挨拶が遅れてごめんなさい。もうケヴィン殿から話は聞いていると思うけど、私の名はミリア。ミリア・クラーリオ。王国騎士団に所属する剣士で、今回貴方の護衛を任された者よ」
彼女――ミリアさんの言葉で我に返った俺は、一度冷静になってから粗相のないように自己紹介と、昼間に失礼な視線を向けてしまったことを謝罪する。
「初めまして、アマミヤ・ハルマと申します。ミリアさん、昼間は不躾な視線を向けてしまってすいませんでした」
「敬語は結構だ。獣人を始めて見たのなら、貴方の反応は当然だろう。それに、視線については……私にも非がある」
いきなりこちらを睨みつけてきたことを言っているのだろうか?
てっきり、好奇の視線を送った俺に対してのものだと思っていたのだけど……。
「……しかし、別世界からやってきたというのは本当なんだな。今どき、貴方ほどの歳で獣人を見たことがない人なんて聞いたことがない」
彼女の口ぶりから察すると、獣人というのは周囲に認知されている存在なんだろうな。
とりあえず自己紹介もしたことだし、今一番気になっている目の前のテントについて訊いてみるか。
「それで、これはなんなのかな……?」
俺が三角錐状のテントを指さすと、彼女は『よくぞ聞いてくれた!』と言わんばかりに微笑んだ。
その証拠に、頭の耳が喜びを表すかのようにひょこひょこと動いている。
「護衛を務める上で、私は貴方の傍にいなくてはならないからな。無断で悪いとは思ったが、今日のうちに作っておいたんだ。昼間のうちに集めた材料と自前のもので作ったんだが、どうかな? 中々よくできてると思うのだが」
「は、はぁ……」
心なしかドヤ顔のミリアに曖昧に返事をする。
いや、確かによくできているけど、家というにはあまりにも脆すぎる気がする。
「でも、この家に住むのはちょっと大変じゃないか?」
「近くには清流があることも確認済みだし、魚や山菜があれば食料には困らない。なにより、森から歩いて行ける距離にあるのがいい」
「そ、そうか……」
偏見だけど、獣人だから森が近い方が落ち着くとかあるのかな?
そこまでして護衛してもらうのも、なんだか申し訳ない気がするな。
……そういえば、さっきの様子からして彼女は寝てたのか? 日が暮れて間もない時間だけど、寝る時間にはまだ早いだろう。そもそも、この人は夕食を食べたのかも気になる。
「もう夕食は食べたのか?」
「いや。夜の狩りは危険だから、朝になるまで待って、近くの清流で魚を取ってくるつもりだ」
……ワイルドすぎじゃねぇ?
もしかして、この世界の騎士さんってこれが普通なのか?
いや、確かに俺の世界の自衛隊とかもサバイバルとかできそうな気がするけど。
だけど、朝まで空腹でいるのはつらいだろう。いつもの食卓に一人増えても大丈夫だとは思うから、彼女も夕食に誘ってみよう。
「今から知り合いの家に夕食を食べに行くんだけど、一緒に行くか?」
「遠慮しておく」
そ、即答された!? もしかして、ナンパされてるとでも思われたのだろうか。
「いや、別に一人くらい増えても大丈夫だと思うぞ?」
「生憎、腹は空いてないのでな」
そう彼女が口にした瞬間、ぐぅという割と自己主張高めの音が周囲に響いた。
微妙な表情で彼女を見れば、顔を真っ赤にしながら俯いた。
奇しくも一昔前に流行ったラブコメ漫画のようなコンボが決まってしまったが、俺としては非常に気まずいだけである。
無言でいると、顔を真っ赤にしたままのミリアが若干震わせた声を発した。
「正直に言う。私はすっごいお腹が空いてる。でも、行かない」
「いや、誰だって腹は減るから恥ずかしくなんてない」
「わん!」
「ち、違う! そういうことじゃない! そこは忘れろ! すぐに! そこのアメオオカミも!」
取り乱したミリアが俺とフウロを指さし、そう叫ぶ。
その後、深呼吸をしてなんとか落ち着いた彼女は俺から視線を逸らすと、真剣な表情で呟いた。
「今のうちに言っておく」
「え?」
「本当は、私はここに来たくなかった」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
「私は王国を守る騎士だ。それなのに、貴方の護衛のためにこんな田舎に飛ばされてしまった。正直、私は貴方に対して理不尽な怒りを抱いているのかもしれない」
そう口にしたミリアを見て、俺はどんな言葉をかけていいか分からなかった。




