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俺と一緒に畑へと移動した調査団の面々は、早速調査を始めていた。
畑の周囲には様々な形の道具が用意されていたが、そのどれもが元の世界で扱ってきた機械に近いデザインをしていた。
「いやぁ、すごいなぁ。これが雨の天候魔法かぁ」
一通りの準備が整ったあと、まず俺が頼まれたのは天候魔法を彼らに見せることであった。
掌サイズに作った雨雲をケヴィンさんに見せると、彼は子供のように目を輝かせた。
「魔力を核にして、空気中の魔力と水分を取り込んでいるのか! 水そのものを生成する水系統の魔法より燃費もいい!」
「ユーザリア室長、アマミヤさんの魔力量の計測結果が出ました。貴方の言っていた通り、凄まじい数値でしたよ」
「うん、ありがとう。……ふむ」
部下らしき人が、手に持った計測器のようなもので俺の魔力を計ったようだ。
「魔力量は約八千か。常人の魔力量は大体百程度だから、君はその八十倍以上の魔力量を保有しているということだね」
「そ、そんなに多かったんですか……」
「いやはや、君が天候魔法に目覚めず他の魔法に目覚めていたら、稀代の英雄になれていたかもしれないね。はっはっは」
冗談なのか、はたまた真面目にそう言っているのかは分からないが、割とシャレにならないことを口にして笑っているケヴィンさんに頬が引き攣る。
「しかし、ハルマ君の魔力がずば抜けて多いから、ただでさえ希少な雨の天候魔法がさらに異質なものへと変化している。君ならば、その気になれば雲一つない大空を雨雲で覆いつくすことさえ可能だろう」
「そんなことしませんよ……」
「ああ、分かっているとも。エリックさんから君の人となりは聞いているからね。僕はデリカシーというものが欠如しているから、もし気に障ったら素直に無視しておくことが正解だよ」
「自分で言いますか……」
「自覚していないよりはいいだろう?」
なんだろう、ちょっと憎めない。
言葉の端々はふざけているように思えるけど、調査に取り組んでいる姿勢は真面目そのものだ。
こちらから少しも視線を逸らさずに、手元のペンを走らせているのが地味に怖いけど。
徹底的に解明してやろうという強い意思を感じる。
「いやはや、ここまで凄まじい素養を持つ天候魔法の使い手に会うのは初めてだよ」
「俺以外の天候魔法使いに会ったことがあるんですか?」
「天候魔法は希少な魔法ではあるけど、使い手自体はいるよ。僕が今までに会ったのは『雷の天候魔法』と『晴れの天候魔法』の使い手だね」
「雷と、晴れ……」
いったい、どんな感じの能力なのだろうか。
「君も気になるようだね。うん、僕達がただデータを取っているのを見ているだけじゃ、君も暇だろう。暇つぶしに、僕が出会った天候魔法について話そう。あ、雨雲はちゃんと維持しておいてね」
「あ、ありがとうございます」
地面の上で維持させている雨雲に魔力を継ぎ足しながら、ケヴィンさんの話に耳を傾ける。
「まずは雷の天候魔法だね。こっちは単純に雷雲を作り出すことができる魔法さ。でも、君と同じく雨も降らせることができた」
「ということは、俺の魔法の上位互換ということですか?」
「いいや、一概にそうとは言えない。雷の天候魔法は、かなり燃費が悪いんだ。なにせ、普通に雨雲を作り出す他に雷の要素も練り込まなければならないからね。僕が会った雷の天候魔法の使い手は隣国の騎士で、主に戦っている仲間の補助に天候魔法を使っていたね」
なるほど。能力こそは俺の上位互換だけど、燃費自体は雨の天候魔法の方が勝っているということか。
「それでは、晴れの天候魔法は……」
「ああ、こちらの使い手は王国の近辺に住んでいる少女だったね。晴れの天候魔法は、まさしく君とは対極に位置する魔法だが、その危険性は君と同等といってもいい」
「え、そうなんですか?」
「晴れの天候魔法がもたらすのは、文字通り快晴。本来、雨は巡り巡って人々が生活に用いる水に変わるが、そのサイクルを無理やり捻じ曲げてしまうのが晴れの天候魔法なんだ」
「それに、ずっと日照りが続いたら作物にも影響が出てしまいますよね」
「そう! それも、晴れの天候魔法に内包される危険性の一つでもある。幸い、使い手の少女は魔力量も常人より少し多いぐらいだったから、その心配はなかったんだけどね」
「あ、そうだったんですか」
「でも、面白い子でもあったよ。『この魔法のおかげで、いつでも綺麗な月と星を見ることができる』と言っていたからね。さすがの私も、まさか夜空を見るために天候魔法を使っていたとは思わなかったよ」
なるほど、どんな空も“晴れ”にすることができるのなら、夜空に浮かぶ雲も魔法でどけることができるのか。
なんというか、ロマンチックな使い方をしているなぁ。
俺の魔法では到底できないことだ。
「……さて、話している間に天候魔法のおおまかな仕組みは解析できた」
「え、もうですか?」
「下準備はできていたから。後は現地で確かめるだけだったんだよ。ここからがちょっと長くなるけど、構わないかな?」
「いえ、それは別に構わないのですが……」
先にリオンとノアを帰らせておくか。
調査が長くなるなら、ここにいてもらうのもなんだか申し訳ない。
そのことをケヴィンさんに話して彼女らの元へ向かおうとした時、また犬耳の女性と目があった。
肩に触れるくらいの青色の髪に、一際目を引く頭の上で揺れ動く黒っぽい犬耳。
「この世界のつけ耳は凄いんだなぁ……」
ハイカラだなぁ、なんて呑気なことを呟いていると、なぜかまたその女性に睨まれて背を向けられてしまう。
「彼女がどうしたんだい?」
立ち止まった俺に、ケヴィンさんが声をかけてくる。
彼に先ほどの女性のことを話すと、なぜか納得するように頷いた。
「ああ、彼女か。少し気難しい性格みたいだね。調査団の面々とも話そうとしないし。うーん、武人気質の獣人なのかな、彼女は」
「獣人……?」
「おや、エリックさんから獣人のことは聞いていなかったのかい? 人間以外の動物の力を持つ人間、それが獣人なんだ」
「え!?」
つまり、あの頭の耳は本物だってことか!?
いや、よく見れば確かに少し動いてたけど。
「別の世界から来た君には馴染みがない存在かもしれないけれど、あまり色眼鏡でみないようにね。そういうのは嫌らしいから」
「わ、分かりました」
ファッションかと思って、がっつり見てしまった。
知らなかったとはいえ失礼なことをしてしまったな。これじゃあ睨まれるのも当然だ。
「うーん、でも困ったねぇ」
「なにが困ったんですか?」
「彼女は、君の護衛を担当する騎士なんだよ」
「えぇ……」
俺の第一印象最悪だと思うんですけど。
知らなかったとはいえ、俺の護衛の騎士とのファーストコンタクトは最悪なものになってしまった。




