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この世界に来て、洗濯日和という言葉が身近に感じられるようになった。
元の世界では、俺はあまり洗濯物を外干しすることがなかった。あったとしても、雨の当たらない窓際に干すか、雨が降ってきてもすぐに回収できるように常に洗濯物の傍に待機していた。
しかし、この世界に来て自分の力をコントロールできてからは、その悩みとは無縁になった。
「いやぁ、服を洗うと心も洗われるな」
「わんっ」
天候魔法で洗濯した服を、家の前に干していく。ひらひらと揺れる服に興味津々なフウロは、楽しそうにくるくると回っている。
「こうやって洗濯していると、都会では味わえなかった爽快感があるな」
多分気のせいだと思うけど。
自分でもちょっと訳の分からないことを呟きながら、洗濯ものを干し終える。
ちょっとした達成感に笑みを零していると、こちらに走ってくる人影を視界の端に捉える。
「ん? ノアか?」
全力疾走でこちらへ走ってくる彼女を見て色々と察した俺は、早速謝罪の態勢に入る。
「ノア、その件についてはす――」
「ハルマァ!」
「マヌゥ!?」
いきなり胸倉を掴まれ、変な声が漏れる。
ノアの顔を見れば、その表情は笑いながら怒っているといった感じのものであった。
「私、あのことは言わないでって言ったわよね!?」
「お、俺もラングロンさんに詰め寄られて話すしかなかったんだ!」
「今日の朝にさっそく言われたんですけど!? しかもお母様の前でよ!? 恥ずかしいったらありゃしなかったわ!」
あぁ、母親の前で暴露されてしまったのか。
でも、昨日のラングロンさんは『ノアが君達の前でそんな姿を見せるようになったか!』とやけに嬉しそうにしていたけど、子供の視点からはそういうのが恥ずかしいのかもしれないな。
「というより、どうしてお父様に詰め寄られたぐらいで話しちゃうのよ!」
「いやだって、あらぬ疑いをかけられそうになったり、覚悟しろって言われたりしたから……」
「色々と覚悟? なにそれ」
「俺にも分からないけど、何か取り返しのつかないことになりそうな感じはした」
なんだろう。命の危険とはまた別のものって感じだ。
「……後でお父様に聞いてみるわ」
「そ、そうしてくれ」
そこで落ち着いたのか、ゆっくりと深呼吸をしたノアは畑の方へ顔を向ける。
現在、畑は二つある。
一つは、アメキャベツの種子を育てている畑。
もう一つは、新たなアメヤサイを育てる予定の何も植えられていない畑。
こちらはいつでも育てる準備ができているが、栽培を始めるのは調査団が来てからの方がいいと考え、一時的に作業は止めている。
「もうすぐアメキャベツの種を回収できるわね」
「ああ、鞘の色も大分黄色くなってたな」
アメキャベツの花が開き、だんだんと種の入っている鞘が出来上がってきている。
「それで、こっちはいつ始めるの?」
「調査団が来てからって考えてるけど……」
「まだ来ないもんねぇ」
「王国から馬車で来るとなれば、今日か明日くらいになるとエリックさんは言っていたから、もうそろそろ到着してもいいと思うんだけど……ん?」
今度は、リオンがやってくるのが見えた。
彼女にしては珍しく、小走りだ。
「あら、あんなにせわしなく走ってどうしたのかしら?」
「……」
君はリオンの五倍くらいの速さでこっちへ向かって全力疾走していた気がするんだけど、俺の記憶違いかな?
とりあえずフウロを畑に待機させてから、俺とノアはリオンの元へ駆け寄る。
「何かあったのか?」
「……うん」
頷いた彼女は一呼吸おいてから、村の方を指した。
「調査団の人たちがきたよ」
リオンの報せを聞いて、俺とノアはすぐさま調査団がいるという場所へ向かった。
リオンは俺達の元へ来るのに体力を使い果たしてしまったため、フウロと共に畑の方で休んでもらっている。
不安と好奇心を抱きながら、ノアと共に村の中心部へ向かっていくと、村の唯一の宿の前で王国からやってきたという調査団の一団がその荷物を下ろしていた。
見たところ、なにか器具のようなものを運んでいる人たちが調査団の方だろうか。人数は十人ほどいるように見える。
「剣を持っている人たちが護衛かな?」
武装している人も五人ほどいる。
その中の一人が、俺の護衛をしてくれるって人なのだろうか。
「意外と本格的なんだな」
「なにを当たり前のこと言っているのよ。そうじゃなかったら、国から調査団なんて派遣されるはずがないじゃない」
「ははは、確かにそうだ」
「とりあえず、顔合わせをしておきましょう。私もここを治める領主の娘として、会っておかなきゃいけないし」
ノアに促され、調査団のリーダーをしていると思われる紫がかった黒髪の男性に話しかける。
「あの、すいません」
「はいはい。なにかな?」
年齢はラングロンさんと同じくらいだろうか。眼鏡をかけていて知的な印象だ。
これから自分が関わることになる人たちなので、できるだけ粗相のないように挨拶をしよう。
「はじめまして。私はアメヤサイの栽培を行ったアマミヤ・ハルマと申します。遠い場所からご足労いただき、ありがとうございます」
「ほう!」
一瞬、目の前の男性の眼鏡が輝いたように錯覚する。
ずずいと詰め寄ってきた彼に慄くと、彼はよく通る声を発した。
「君がハルマ君か! 僕はケヴィン・ユーザリア! 調査団の責任者を任されている者だ! これからよろしく頼むよ!!」
こ、声がでかい……。
「よ、よろしくお願いします……」
「エリックさんから話はよーく聞いているよ! 僕も君のことを調べ……君と話すのをとても楽しみにしていたんだ!」
「……」
どうしよう、ナチュラルに俺を観察対象として見ているような気がしてならないのだけど。
予想以上にキャラの強いケヴィンさんを見て、俺もノアも唖然とする。
しかしその時、視界の端でこちらを強い眼差しで見てくる護衛の女性がいることに気付く。
そちらに視線を向けると、その女性はこちらに背を向けて馬車の方へ歩いて行ってしまった。
あれ? あの人、頭に……。
「動物の耳みたいなのがあった……よな?」
それもフウロのような犬っぽい耳だ。
ああいうのが王国のファッションなのだろうか。
「それではハルマ君! 早速で悪いんだけど、天候魔法を見せてくれないかな!?」
「え、ちょ、待ってください!」
ノートを片手に詰め寄ってくるケヴィンさんを制しながら、俺は混乱する頭を鎮めるのに必死だった。




