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 王国から調査団が来るという話を聞いてから、五日が過ぎた。

 その間、俺は新しい畑の整備をしたり、蕾がついてきたアメキャベツの様子を見守りながら調査団が来るのを待っていたのだが、今日はノアの父親、ラングロンさんに呼ばれ彼の住む屋敷を訪れていた。

 応接室のようなところに案内されると、すぐに奥の方からラングロンさんが姿を現した。

「ジェス、俺にも紅茶を」

「既にご用意しております。旦那様」

「さすがだ。相変わらず仕事が早いな、お前は」

 ラングロン家に仕えている執事、ジェスさんはただ紅茶を運んでいるとは思えないきびきびとした動きで、瞬く間にラングロンさんの前に紅茶を差し出した。

 それに満足そうな笑みを浮かべた彼は、こちらへ視線を向ける。

「すまないな、ハルマ。急に呼び出してしまって」

「いえ、俺もちょうど作業がない時間だったので……。もしかして、調査団関係の話でしょうか?」

「話が早くて助かる。エリックから大体の話は聞いているようだが、俺の方からも説明はしておこう。近いうちに、君の元に王国からの調査団がやってくる」

「はい」

「その時、君の天候魔法、アメオオカミのフウロ、そしてアメヤサイの調査が行われることになる。その過程で君に危害が与えられることはないということは、俺が保証しよう。しかし、もし恐喝や不自然な交渉を受けた場合は、すぐに俺へ伝えてほしい」

「もちろんです。元より、そんな怪しい話には乗らないつもりです」

「中には、アメヤサイ作りの規模を広げて金儲けに利用しようとする輩もいるかもしれない。そんな話を持ち掛けられても、しっかりと断れるか?」

「そもそも雨の天候魔法の使い手は俺しかいませんから、あまり大きく規模を広げられると俺の手が回せなくなって、最悪過労死しちゃいますよ」

「そ、そうか。それなら大丈夫そうだな……」

 やや引きながらも、ラングロンさんは納得してくれたようだ。

 最近は働きすぎだと心配されがちな俺だが、さすがに「あ、これ以上は死ぬ」と立ち止まることはある。

「用心はしておくに越したことはない。王国には色々な人間がいるからな……いや、本当に」

 あれ、なんだかラングロンさんの目が遠くなったような……。

 なんだろう、王国にはやばい人たちが沢山いるのだろうか?

 知りたいような知りたくないような……。

「……君には、話しておかねばならないな」

「はい?」

「調査団には、俺の知り合いが参加することになっている」

「もしかして、エリックさんの言っていた……」

「ああ、その人物で合っている」

 いつにもなく、ラングロンさんは歯切れが悪い。

 アメヤサイの栽培に必要な道具を王国から運んできてくれる、エリックさんのご友人。

 実のところ、先日もエリックさんにどんな人か聞いてみたのだ。

 それで返ってきた反応は??。

『私の口から彼……ケヴィンのことを話すのは非常に難しい。ただ、とりあえず一言だけで表現するなら……そうだな、“変人”だな』

 俺はとても不安になった。

 それでもかなり気を遣ったのだろうか、酷く言い方がぎこちなかった。

 そのことをエリックさんに話すと、彼は納得したように頷いた。

「まあ、あのジジィがそのような反応をするのも無理はない」

「どんなお人なんですか?」

「頭のいいバカ。有能なアホ」

「すいません。意味が分からないのですが」

 褒めているか貶しているのかわからない、色々な意味で矛盾している言葉がエリックさんの口から飛び出してきたのですが。

「ケヴィンという男はな。頭の良さだけでいえば大陸随一だ。魔法の技術こそはジジィに及ばないものの、理論・学術的な面では上回るようなやつなんだ」

「へぇ、凄い人なんですね」

「しかし、だ」

 そこで一旦区切ったラングロンさんは、額を手で押さえる。

「あいつは一度興味をそそられるものを見つけたら、誰にも止められないくらいに熱中するんだ。昼も夜も問わずな」

「ひ、昼も夜も問わずって……」

「しかも研究成果が上がったら、それを俺達に自慢しにくるんだ。寝ていようとも、他の仕事をしていようとも、お構いなしにやってきて喋りたいことだけ喋って、そのまま帰っていく」

 ま、まるで嵐のような人だな。

 話に聞くだけでも、相当な個性を持っている人だってのは分かる。

「そして、その男が次に目をつけたのが……君とアメヤサイだ」

「ですよね」

 むしろ、先程のラングロンさんの説明で興味を持たれないと思う方がおかしいだろう。

 なんだか会うのが怖くなってきたかも。

「心配するな。時間と都合を弁えない騒がしいやつではあるが、悪い人間ではない」

「は、はぁ……」

「まあ、これは一度会ってみない限り分からないだろう」

 確かに、ラングロンさんの言う通りだな。

 下手な先入観だけで、まだ会ってもいない人物に苦手意識を抱くのは駄目だろう。

 そう考えていると、ラングロンさんの後ろに佇んでいたジェスさんが壁際にある柱時計に視線を向けた後、上機嫌に紅茶を口にしているラングロンさんに話しかけてきた。

「旦那様、お時間です」

「もうそんな時間か……。すまない、俺はそろそろ執務に戻らねばならない」

「いえ、こちらもケヴィンさんのお話が聞けて良かったです」

 ラングロンさんも忙しい身だ。加えて、自身の領地でアメヤサイという伝説に等しい作物の栽培に成功させてしまったことから、その関係の仕事もあるのだろう。

「そう言ってくれて嬉しいよ。ジェス、俺のことはいいから、彼を出口まで案内してやってくれ」

「かしこまりました。ハルマ様、ご案内します」

「あ、はい。よろしくお願いします」

 もう一度ラングロンさんに頭を下げた後、ジェスさんに連れられて出口に向かう。

 しかし扉を出る瞬間、背後にいるラングロンさんが「あ」と声を漏らしたので、そちらへ振り返る。

「そうだった。ハルマ、最後に聞いておきたいんだが、ノアについて何か変わったことはあったか?」

「? いえ、特にそういうところは……。もしかして、ノアに何かあったんですか?」

 訝しみながら質問してみると、彼は笑いながら手を横に振った。

「いやいや、ただの娘の近況を知りたいだけだ。君と会ったら訊いておこうと思ってな」

「ノアは自分から話してくれないんですか?」

 質問がまずかったのか、俺の言葉にラングロンさんがずぅーんと落ち込んだ。

「最近は畑のことについて色々話してくれるんだが、その途中で何かを思い出したように顔を真っ赤にして、すぐに話を切り上げるんだ。それがかなり気になって、仕事にも手がつかないんだよ」

「畑のこと……顔を真っ赤……あ」

 もしや、アメキャベツを引き抜くときに思い切り滑って転んでしまったことだろうか。

 そこまで気にすることでもないと思うのだが、ノアはかなり恥ずかしがっていたからなぁ。

「何か知っているんだな……?」

「はっ!? い、いえ、何も!」

「……まさか、娘にふしだらな行いをしているというのか貴様ァ!? もしそうだったら貴様……色々と覚悟してもらうことになるぞォ!!」

 話が飛躍しすぎィ!?

 色々と覚悟って、何をされるか分からないが、とりあえず怖い!?

「話します! 話しますから勘弁してください!!」

「娘がいらぬというのか貴様ァ!?」

 意味がわからねぇ!?

 完全に暴走しているラングロンさんに掴みかかられ、しどろもどろになっている俺を見かねたジェスさんの説得により、とりあえず彼は落ち着いて話を聞いてくれた。

 その代わり、ノアの隠したがっていた『畑ですってんころりん事件』のことを話してしまった。

 正直な話、ラングロンさんも怖かったが、あとでこれを知ったノアに会うのも怖い。

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