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リオンと共に山へ入った日の翌日。
天候魔法による雨が降り注いでいる畑の隣で、俺は並べられた廃材と昨日集めた枝の前に立っていた。気分は日曜大工だ。
「いやぁ、エリックさんから手ごろなナイフを貸してもらえてよかったなぁ。これで枝を削ることができるよ」
「わんっ」
「フウロ、危ないからもうちょっと離れとけ」
用意したものは、エリックさんから貸してもらったやや大きめのナイフと、ノコギリに釘など。おおよそ畑仕事とは関係のない道具を今日の作業では使う。
「ついでに、あの対サニーラビット用の柵も作っておかなきゃな。こっちは時間がかかりそうだから後にして、最初に棒をちゃちゃっと終わらせよう」
そう思い、傍らに置いていたナイフを革製のホルダーから引き抜くと、思いのほかゴツイ形状のナイフが俺の目の前に飛び込んできた。
「……?」
見間違いかと思ってもう一度ホルダーに収めてから引き抜くが、それは正真正銘、戦闘で用いるようなサバイバルナイフであった。
「あ、あれぇ? 俺、枝を削ったり切り落としたりするのに使うって言ったよな……?」
どう見ても園芸に用いるナイフじゃないんですけど。
思いっきり軍隊とかで使うような形なんですけど。
ラ〇ボーとかの映画で見たようなデザインなんですけど。
「そ、そういえばエリックさんは息子さんが使っていたものだって言っていたけれど……」
エリックさんの息子さん、それはつまりリオンの父親ということになる。
だとしたら、このナイフはトレジャーハンターの使っていたものということではないか。
「そう考えると、なんか恐れ多い感じが……」
しかし、このまま怖気づいていても作業が始められないので、なんとか気合いをいれて作業に取り掛かることにした。
十本ほど集めた枝の一つを手に取り、できるだけ慎重に不要な枝の部分をナイフで切り落としていく。
ナイフはかなりの年代物に見えたが、その切れ味は信じられないくらいに良く、一見硬そうに見えた枝のコブの部分もバターのようにスッと切り落とせてしまった。
「な、なんだこれ……。怖すぎる……」
「くぅん……」
恐々としながらナイフを動かしていると、フウロが俺のことを見上げてくる。
「心配してくれるのか? 俺なら大丈夫だ。この程度の難関、乗り越えてみせ??」
「わんっ!」
いや、違うなこれは。
単純に天候魔法の雨が欲しかっただけだわ。
俺がおっかなびっくり作業しているのに、こいつは俺の心配よりも自分の食い気ならぬ“雨気”が重要ということですか。
いや、この子からしてみたら俺は一人でビビっているだけに見えているかもしれんが。
「はぁ……」
なんだか肩の力が抜けてきた。
おかげで緊張が解けてきて、先程よりも軽い気持ちで作業を進めることができた。
しかし、誤って手が滑るなどということにはならないように、細心の注意はしておく。
暫しの間、無言で枝を整えるだけの作業が続く。
フウロも暇なのか、可愛らしい欠伸をしながら座っている。
今日はリオンもノアもいないので、いつもと違ってただただ静かな時間が過ぎていく。
「……っ!?」
「ん? どうした、フウロ」
一時間ほど過ぎた頃だろうか。
ようやく枝を切る作業が終わるというところで、フウロが何かに気付いたのか、顔を上げて森の方を向いた。
そちらを見ると、がさがさと茂みが揺らめいているのが見えた。
「ぐるる……!」
一瞬、昨日話していたフォレストホーンが来たのかと淡い希望を抱いてしまったが、すぐにその妄想を捨てる。
「きゅー!」
「「きゅい!」」
畑を狙うウサギの魔物、サニーラビット。
諦めが悪く、執念深い畜生ウサギが俺とフウロの前に姿を現したのだ。
少し雰囲気が違うように見えるが、どちらにせよフウロという存在がいてくれるおかげでこいつらはほぼ無力化されているに等しいんだ。
恐れることはない。
そう思い、唸り声をあげているフウロに追い払ってもらうように頼む。
「フウロ、いつものように頼む」
こちらを見て、こくりと頷いたフウロは、勢いよくこちらを見つめて動かない三羽のサニーラビットに吠える。
「わんっ! わんわんっ!」
「「「……」」」
無反応。
いつもは恐れおののいて脱兎のごとく、というか文字通りに逃げ出すのだが、今回はフウロの吠える声に微動だにしないどころか、怖がっている様子すらない。
さすがに、これには余裕と思っていた俺も表情が変わる。
「な、なに!? 逃げない、だと……」
「わ、わふ……」
フウロも困惑している。
まさかサニーラビットより生態系の上位にいるであろうアメオオカミに対し、怖がってすらいないなんておかしいに決まっている。
「ま、まさか!? 恐怖心を克服したのか!?」
オオカミにとって、ウサギはただの捕食対象の一つに過ぎない。
ウサギにとっても、オオカミは存在を感じ取った瞬間に逃走を選ぶほどの天敵に違いないだろう。
しかし、このサニーラビット……いや、この三羽はあろうことかその絶対的な関係を克服してしまった。
アメキャベツの収穫という絶好の機会にどうして襲撃してこなかったのか疑問に思っていたが、まさかここまで厄介な存在になって帰ってくるとは……。やはり一筋縄じゃいかない存在だ。
「でも、いったいどうやって……はっ!?」
よく見れば、三羽のサニーラビットのうちの二羽に切り傷のようなものがあった。治りかけているようだが、どうにも自然にできた傷とは思えない。
ボスであるサニーラビットは無傷なようにも見えるが、体が一回り大きくなったような威圧感がある。
もしや、こいつら……。
「フウロを攻略するために修行を積んだって言うのか!?」
どこの少年漫画の主人公だ。
なにこいつら、魔物界のヒーローなの?
アメヤサイという宝を守っている門番の俺と、地獄の番犬ケルベロス的ポジションのフウロを倒すために、厳しい訓練を課してきた勇者なの?
そんな地味に面白そうな話があってたまるか!
あまりの事態に俺も相当混乱しているのか、サニーラビットを前にして動けないでいると、今まで無反応だったサニーラビットのボスが背後を向き、次の瞬間こちらに嘲るような笑みと鳴き声を上げた。
「ふきゅ……!」
わ、笑った!?
今、俺を見て笑ったのか!?
まるで『今日は挨拶みたいなもんだ。次は覚悟しろ』と言いたげな生意気な表情だ。
怖え。
あいつらの執念と賢さと成長スピードが恐ろしすぎる。
奴らが森へ帰っていく後ろ姿を見ることしかできなかった俺は、呆然とするしかなかった。
「くぅん……」
「……すまない、フウロ。お前にとっても衝撃的だったよな……」
心配そうに見上げたフウロの声に我に返り、額に滲んだ汗を拭う。
これはまずい事態だ。
俺とフウロの存在が、奴らをさらに強くしてしまった。
「今日は早めに作業を切り上げよう。ノアにこのことを伝えなきゃならない」
もう彼女に迷惑をかけたくないとか四の五の言っていられない。
俺とフウロじゃ、成長した奴らを止めるにも限界がある。
「今回のアメヤサイの栽培……荒れることになるぞ」
成長して帰ってきた脅威、サニーラビット。
俺と奴らの因縁は、まだまだ続いていきそうだ。




