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 アメキャベツの残渣を処理した日の夜。

 いつも通りにエリックさんとリオンの家で夕食をご馳走になった後、エリックさんから話があると言われ彼の書斎へと招かれていた。

「ふむ、ハルマ君。君のこれからの方針について訊いておこうと思ってね」

「これからの方針、ですか? それは王国からの返事を待ってからの方がいいんじゃ――」

「いやいや違うよ。そういう意味の方針じゃなくて、君がこれから行う畑作業に関してだよ」

「ああ、そっちでしたか」

 てっきり、どういう心持ちでアメヤサイを作っていくのか……みたいな話だと思っていた。

 そっちは王国からの反応が来ない限り分からないけれど、農作業的な意味での方針ならある程度は決めてある。

「まずアメキャベツの種を回収することですね。それはすぐにはできないので、他の作業と並行して行っていきます」

「ふむふむ」

 とりあえずは、花が咲くまで雨をやり続けていく。

 その間に、次の畑の準備を進める。

「今日は収穫した後のアメキャベツの残りを処理しましたので、次に栽培されていた場所を天地返しで掘り返して、表層の土を入れ替えます」

「ん? どうして入れ替えるのかな?」

「土自体をリフレッシュさせるという意味合いもありますが、アメキャベツの根っこや葉っぱを深層に移すことで土の栄養になってもらうんです」

「なるほど……」

 そこらへんは俺もうろ覚えだが、間違っていないはずだ。

「とりあえず、アメキャベツを育てていた畑の作業は一旦終わりにして次の作業に移ります。といっても、俺がここに来て最初にやった畑仕事を繰り返すようなものなんですけどね」

「ということは、もう一つ畑を作るのかい?」

「はい。アメヤサイは肥料がいらないどころか、土の栄養すら必要としているか曖昧なので。アメキャベツを育てた後の土に別のアメヤサイを育てても大丈夫だとは思うのですが、貴重なアメヤサイの種を無駄にもしたくないので、また別の畑を作ることにしました」

「確かに、育つかどうか分からない場所よりは、新しい場所に植えたほうがいいね。でも、大丈夫? 君が畑を作っている光景を見たときは相当な重労働に思えたのだけど……」

「それなら心配はいりませんよ。あの時は一人でしたが、今はノアとリオンも手伝ってくれていますし」

 さすがに二人を当てにしすぎるのは駄目だと思うので、俺一人でもやり遂げる覚悟はしているつもりだ。

「そこから畑の準備ができるまでは、アメキャベツの時と同じかな?」

「いえ、実はもう一つ並行してやろうと思っていることがありまして」

 そう言うと、エリックさんにすごく心配そうな目で見られてしまった。

「……ハルマ君、この家で書物を漁っている老人でしかない私が言うのもなんだが、君は頑張りすぎじゃないかな?」

「い、いえ! そこまで大変なことではないんです! ただ村の人達に頼もうとしているものがあって……」

「それはなんだい?」

 俺が必要としているもの、それは次のアメヤサイ作りに欠かせないものだ。

「えーと、長さの違う真っすぐな木の棒と、ネット……じゃなくて、大きめの網。それと藁ですね」

「随分と頼んでいるものがバラバラなようだけど……いったいなにに使うんだい?」

「もちろん、アメヤサイの栽培にですよ。今回は三種類のアメヤサイを栽培してみようかなって考えているんです」

 俺の言葉を聞いたエリックさんの目が、皿のように丸くなる。

 なにを育てるつもりなのか聞かれそうなので、それよりも先に口を開く。

「あ、育てるものについては、実際に育てはじめた時のお楽しみってことにしておいてください」

「う、うーむ、だけどそんなに一気に育てても大丈夫なのかい?」

「畑の広さ自体はアメキャベツの時と変わりませんし、むしろ狭くなるかもしれません。どちらにせよ区画ごとに分けて育てる予定なので、問題はないと思います」

 しかも、アメキャベツよりも栽培する難易度はそれほど高くはない。

 ……いや、一つだけ病気にかかりやすく注意が必要だけど、それは育ててみなければ分からないだろう

「しかしだな、ハルマ君。君の求める藁や大きめの網は、もしかしたらこの村にはないかもしれないんだ」

「え、そうなんですか?」

「うん。ここでは藁を使うような作物は扱っていないし、かといって畜産もしていない。網なんて使う用途すらない。王国からなら港から漁師もでているから網は手に入るのだけど……」

 肝心の藁と網が手に入らないならどうすれば……いや、ここで諦めるのはまだ早い。なければ作ればいいじゃないか!

 藁は草を枯らせばいけなくもない、網は……もどきならなんとか行ける気がする!

 地道に試行錯誤を繰り返していこうと決意しかけていると、何かを閃いたのかエリックさんがポンッと手を叩いた。

「そうだ! ハルマ君。恐らく、ここに王国からの調査団がくるはずだ」

「ここにですか?」

「ああ、君がここを離れられないのは向こうも承知していることだからね。だからその際に、必ず調査団についてくるであろう変た……じゃなくて友人に、君のアメヤサイ作りに必要な藁と網を持ってきてもらうように頼むんだ」

「え!? で、でも悪いですよ……」

「心配ない! 昔は散々この私に迷惑をかけた友人だ! 最早腐れ縁といっても過言ではないが、アメヤサイの栽培に必要なものだと知れば、いくらでも用意してくれるさ!」

 エリックさんのご厚意に思わず泣きそうになる。

 いかん、前もそうだけど歳を取ると本当に涙脆くなる。

 エリックさんがご友人を変態と言いかけたことに一抹の不安を抱いたが、今はそんなことどうでもいい。これは予定を変えて別のことに集中できるな。

「よし、それじゃあ後は真っすぐな木の棒ですね。これは木材をナイフで削っていくだけでいけそうですね。時間はかかりそうですが、網や藁を地道に作っていくよりは大分やりやすいでしょうし」

「そ、そうだね。それでハルマく――」

「あ、そうだ! 今のうちに残渣とかを捨てる簡易的な木箱を作っておこうかなぁ。やっぱり肥料とかその辺は用意しておいて損はないし」

「あの、ハルマ君?」

「いやぁ、やるべきことがどんどん出てきて本当に大変――」

「ハルマ君!!」

「……はい?」

 つい考えに夢中になってしまったのか、エリックさんの声が聞こえなかった。

 やけに神妙な表情のエリックさんに首を傾げていると、俺の肩にゆっくりと手がのせられた。

「ハルマ君、アメヤサイの栽培が楽しいのは痛いほどよく分かるんだけど……ぎっちぎちに予定を詰めるのは駄目だよ」

「は、はい」

「私もぶいぶい言わせていた若い頃は、考えもせずに行動することが多くてね。気づけばデート相手とは別に口説いていた女性とダブルブッキングなんていう修羅場を展開してしまうことがあってね……」

「さすがにそれはエリックさんが悪いと思うんですが」

「今はそんなことやってないからね!?」

「そんなに必死に否定しなくても大丈夫ですよ……」

 やけに大きな声で否定してくるエリックさんに慄きながら返事をする。

 しかしその瞬間、書斎の扉が僅かに開いていることに気付いた。エリックさんも同様に気づいたのか、そちらを見る。

 ゆっくりと扉が開いた先では、お盆に紅茶をいれたリオンが絶対零度を思わせる視線でエリックさんを見ていた。

「り、リオン、いつからそこに……!?」

「ぶいぶい言わせていた、ってところから」

「……ち、違うんだ!」

 まず否定しようとするエリックさんだが、リオンの視線は変わらない。

 そして彼女はテーブルにお盆を置いた後、こちらを振り返り――、

「お爺ちゃん、最低」

 エリックさんにとって何よりもクリティカルな言葉の刃を放ち、書斎から出ていった。

 一瞬、灰のように真っ白になったエリックさんだったが、すぐに再起動すると、老人とは思えぬ機敏な動きで彼女を追いかけていった。

「若い頃、若い頃のっ、しかも一回だけの話だから! そんな見損なった目でお爺ちゃんを見ないでくれ! リオォォォン!」

「……」

 相変わらず孫のリオンのことになると、性格が激変する人だなぁ。

 そんな彼に苦笑いしつつも、俺は静かな書斎の中で紅茶に舌鼓をうつのであった。

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