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「……ッ、そぉ、い!」

 土をいっぱいに乗せたスコップを持ち上げ、穴の傍に積まれている土の山に放る。

 それを数十分間、何度も何度も繰り返しているが、作業はまだまだ終わらない。

 やはり慣れたと言っても、穴掘りはきつい。

 しかもあれだ、腕だけの力でやろうとすると筋肉とか筋がピキる。

 腕の中で電撃と共に何かが切れるような錯覚に陥りながら、必死に地面にスコップを突き立てる。

「ハルマー、大変だけど。まだまだよー!」

 しかし、隣の穴では平気な顔をしてどんどん土の山を作っている貴族のお嬢様。

 そういえば、ノアって平気な顔をしてアメキャベツを二個も抱えて運んでいたよな。よく考えたら水分をよく吸って相当な重さのアメキャベツを難なく持ち上げられるって……。もしかして、ノアって俺より力が強い可能性が……?

 い、いや、考えないようにしよう。

 これ以上は、俺の精神的に良くない。

 若いって強いんだなぁって納得しておこう。

「もうひと踏ん張りだな……!」

 自分にそう言い聞かせながら、ひたすら穴を掘り続けることさらに数十分後。

 ようやく、丁度いいくらいの深さの穴を掘り終えることができた。

 深さ一メートルほどの穴が二つ。

 それを前にした俺は、首にかけていた手拭いで汗を拭きながら、地面に座り込んだ。

「ふぅ、結構な重労働だったな」

「でも、まだまだやることはあるわよ?」

「わ、分かってる。だけどちょっとだけ休憩させてくれ」

「ええ、そうね。私もちょっと疲れてるし」

 いくらここに来た時よりも体力がついているとはいえ、ぶっ通しで穴を掘り続けるのは堪える。

 少しばかりの休憩を取るついでに、土で手とかが汚れてしまったので、天候魔法で小さな雨雲を二つ作り出して、一つをノアの方へ差し出す。

「ほら、これで手とか洗ってくれ」

「ん、ありがと」

 掌に降り注ぐ雨の冷たさが気持ちいい。

 こういう時、自由に雨を降らせられるのはいいよな。これも天候魔法の良いところの一つだ。

「ハルマ、ノア。二人とも何をやってるの?」

「わんっ!」

「リオンか」

 少しの間、天候魔法の雨で涼みながら休んでいると、様子を見にきたリオンがフウロと共にやってきた。

「収穫した後に残ったアメキャベツの外葉を処分する穴を掘っていたんだよ。それはついさっき終わって、次に畑から外葉を引っこ抜くところなんだ」

「……ふーん」

 俺の説明を聞いたリオンが畑に視線を向ける。

「ちょっと……勿体ない感じはするよね」

「そうなんだよな……。でも、今はあれを有効活用できる準備がないから、しょうがないんだ」

 ただ腐らせるのだけは、なんとしてでも避けなければならない。

 堆肥や液肥を作る過程でならいいのだが、ただ放置して腐らせるなんて一番やっちゃいけないことだ。

「でも、次はもっとうまくできるようにしたいな」

「うん、そっか。ハルマがそう言うなら大丈夫そうだね」

 本来、アメヤサイという作物が肥料を必要としない特殊なものだとしても、それを作らないという理由にはならない。むしろ、誰も試さなかったことに挑戦していくことでアメヤサイ作りにおける新たな栽培法を発見できるかもしれない。

「俺も、ただキャベツを栽培できただけで一人前になったと思うほど己惚れてない。この歳になっても、まだまだ学ぶことが沢山ある」

 まだ俺なんて、農家としては初心者の域を出ない未熟者だ。

 だからこそ、これから多くを学んでいかなくてはならない。

「そのために、もうちょっと頑張ってみますか……!」

 ゆっくりと深呼吸をして、背を伸ばした俺はノアに声をかける。

「そろそろ休憩を終わりにして、畑から残渣を引き抜いていこうか」

「分かったわ。さーて、もうひと踏ん張りってとこかしらねっ!」

「わんっ!」

「あら、フウロも手伝ってくれるの? じゃあ、一緒に行きましょうか」

 元気なノアの周りを駆けているフウロを微笑ましく見ていると、リオンが俺の肩を叩いてきた。

「ん? どうした?」

「私も手伝う」

「! ああ、よろしく頼むよ」

 リオンの言葉を快諾して、彼女と共に畑へと向かう。

 最初は本を読んで、作業を眺めていただけだったリオンが自分から「手伝う」と言ってくれた。

 この子も、新しい一歩を踏み出していっているのかな?

 ちょっと嬉しくなりながらも、アメキャベツ収穫後の畑の前に立つ。

 まずはノア……は大丈夫か。リオンに残渣を引き抜くときの注意をしておかなくちゃいけない。

「じゃあ、できるだけ根っこは残さないように引き抜いていこう。あと、あまり力んで引き抜こうとすると、勢い余ってすってんころりんと転んじゃうから気を付けてね」

「「すってんころりん?」」

「わふ?」

 しまった、こういう意味は通じないのか。

 二人と一匹が不思議そうに首を傾げたのを見て、しまったと思う。

 しかし数秒ほどしてニュアンスで意味に気付いたノアとリオンは申し訳なさそうな顔をする。

「ハルマ、ごめん。今のって笑うところだったわね」

「意味が分からないボケは無茶ぶりと同じだよ」

「うぐっ、滑って転ばないように気をつけろってことだよ!」

 今日学んだ教訓その一。

 無理して茶目っ気を出そうとすると、逆に痛い目にあう。

 気を取り直して、コホンと咳ばらいをしながら説明を続ける。

「あとは、あえて収穫しなかったアメキャベツを間違って引き抜かないこと。それと、引き抜いたものはひとまず畑の外れに積んでおくこと。それだけ気を付ければ大丈夫」

「うん、分かった」

「よし、それじゃあ……始めようか。元気出していくぞー!」

「「おー!」」

「わんっ!」

 さながら野球部の掛け声のごとくはじめられた作業。

 といっても、一人では時間のかかったであろう作業も三人でやればなんのことはない。

 降らせていた雨を、種の育成に残しておいたアメキャベツにのみ絞った俺は、一番手近にある残渣の根元に手を添える。

「えーと、外葉をめくり、土の近くにある茎を両手で持って……引き抜く」

 今までの雨で地面はぬかるんでいるので、思いのほかするりと根っこから一気に抜けた。

「よし、これならすってんころりんする心配はないな……」

「きゃっ!?」

 小さくそう呟くと、背後からノアの小さな悲鳴と、ずしゃっという地面を滑る音が聞こえる。

 咄嗟にそちらを向けば、アメキャベツの残渣を引き抜いたノアがしりもちをついていた。

「ノア、大丈夫か?」

「……」

「ノア?」

 恐らく、思いのほかすんなりと抜けて勢い余って後ろに倒れてしまったのだろう。

 反応のない彼女を見て、もしかしてどこか打ってしまったのかと心配になっていると、小さい声で彼女が何かを呟いていることに気付く。

「うぅっ、私としたことが……」

 どうやら恥ずかしかっただけのようだ。

 赤面しているノアに、俺とリオンは思わず笑みが零れてしまう。

「ちょ、ちょっと二人とも! 笑うことないでしょう!」

「いや、だって……」

 ノアはあまりこういう一面を見せないので、なんだか意外に思ってしまった。

 とりあえず笑みを抑えた俺は、しりもちをついている彼女に手を差し伸べる。

「だから言っただろう。すってんころりん、しないようにってな」

「~~っ!」

 さらに顔を真っ赤にさせたノアだったが、大人しく俺の手を取って立ち上がった。

 幸い地面がぬかるんでいない場所に転んだのか、服は少し汚れるだけで済んだようだ。服の汚れを払った彼女は、相変わらず顔を赤面させたまま、やや強い口調で俺に話しかけてくる。

「こ、このことは絶対にお父様には内緒にしておいてね! 絶対によ!」

「あ、ああ、分かってる……」

「うぅ、これがお父様に知れたら絶対にからかわれる……!」

 いつも通りにきつかったアメヤサイの作業だけれども、今日はノアの新しい一面を知ることができた。

 その後、念入りに口止めをしてくるノアに気圧されながらも、俺達は順調にアメキャベツの残渣を処理することができたのであった。

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