37
王国からの返事を待っている間、俺がやる作業は限られている。
勢いのまま進めるなら「このまま次のアメヤサイの栽培を始める!」ってところだが、そんな簡単にはいかない。
三日ほどゆっくりと休息を取った俺は、ノアと共にアメキャベツを収穫した後の畑の前に立っていた。
「やっぱり収穫した後の畑を見ると、ちょっと寂しい気分になるわね。こう、あるべきものがなくなっちゃってるって感じで」
「そうだなぁ」
農家視点のノアの言動に慣れてきた俺は、大部分が外葉と根っこだけとなったアメキャベツの中、一部収穫されていないアメキャベツの前にしゃがみこむ。
「ここにあるやつは、水をあげつつ花になるまで放っておくか」
「そうね。でも鞘ができた後も水をあげるの?」
「いいや、そこからは普通のキャベツと同じだよ。雨を打ち止めて、立ち枯れさせてそのまま枯れた鞘を回収する」
種子の収穫法は『アメヤサイの極意』にも記載されていた。
むしろこの部分は、普通のキャベツよりもより早く種の入った鞘を回収できるからお手軽でもある。
「で、その後は二週間ぐらい水気のないところで干すのね」
「……そ、そうだ」
ど、どれだけ野菜の知識が豊富なんだ、この子は。
立ち枯れさせた鞘を回収しても、すぐに種を取り出せるわけじゃない。完全に水気を抜くために二週間ほど干さなければならないのだ。
ノアの博識さに驚きながら、立ち上がる。
「その間、俺達は別のことをするか」
「そうね。時間がもったいないもの」
「といっても、やることは沢山あるんだけどな……」
今のところ、やらなくてはいけない作業は2つ。
まず一つ目は、収穫したアメキャベツの後に残った外葉と根っこの処理。
これは早めに撤去しないと虫や病気などが土に残ってしまうので、最優先に行わなければならない。
そして二つ目は、畑から引き抜いたソレ……覚束ない知識で表現するなら“残渣”を処分する穴を掘らなければならないこと。
「本当はこの残渣もうまく使えたらって思うんだが……今の段階じゃそれも無理なんだよなぁ」
「村の人に掛け合おうにも、他のところも収穫の時期だからそれどころじゃないのよね」
必要な道具と時間があれば、堆肥や液肥づくりに挑戦できたかもしれないが、今回はそれを諦めるしかない。
「まずは残渣の処理と、穴を掘ること。これをしっかりやらなきゃ、この畑を当分使えなくなるからな」
「村の人達は、村の外れに大きな穴を掘って埋めていたけれど……ハルマもそうする?」
「そうする……しかないだろうなぁ」
ここで野菜を作っている人たちに比べれば、俺の畑の残渣はそれほど多くはないだろうけれど、大変なことには変わりはない。
しかも、埋めるにはそれなりの深さと労力がいる。
「とにかく、今のところは雨を降らせて枯れないようにしておいて……まずは穴を掘ろうか」
多分それが一番大変だろうが、これをやらないと次の作業へ移れない。
ノアと共に家の裏手にあるスコップを手に取り、穴を掘るのに適した場所を探しに行く。
できるならそれほど遠い場所じゃないほうがいいので、畑のある周辺を見回してみる。
「あ、そういえばお父様から、伝言を預かっていたわ」
「え? ラングロンさんが?」
唐突に思い出したのか、ノアがそんな話を切り出してきた。
「『アメキャベツ、言葉にできないほどに美味だった』って。本当は貴方に直接言いたかったのだけど、色々と忙しくなっちゃったから伝えてくれって」
「そっか、喜んでくれてよかった……」
アメキャベツの味を疑うわけじゃなかったけれど、もし口に合わなかったらどうしようと思っていたんだ。
だから、美味しいと思ってくれて素直に嬉しい。
「ノアとラングロンさんはアメキャベツをどう食べたんだ?」
「え? 普通にサラダで出してもらって……後はスープだとか、後は趣向を凝らしてアメキャベツを焼いてステーキにしてもらったりとか。どれもとても美味しかったわよ」
アメキャベツのステーキ……!?
想像もできないけれど、どことなくオシャレ感がある。
「ハルマはやっぱりリオンに作ってもらったの?」
「そうだね。俺は料理はてんで駄目だから、リオンに作ってもらって正解だったよ」
あれだ、料理本とか見ながらやれば作れるけれど、その都度グラムとかの単位だとか、小さじ大さじの加減が分からなくて混乱しちゃうんだよな。
結果的に料理は出来上がるが、食べられるけれど特に美味しくもなんともない微妙な出来になってしまう。
「それでリオンが作ってくれた料理がさ、以前少しだけ話した俺の元の世界の料理だったんだ。不覚にも泣きそうになったよ」
「ハルマの世界の料理ねえ。どんななの?」
「ロールキャベツっていって、肉をキャベツで包んだものをスープにいれてじっくり煮込んだものだな」
「へぇ、なんだか美味しそう。今度、リオンにどう作ったのか教えてもらおうかしら」
「ああ、俺からもおすすめするよ」
あの美味さはリオンにも知ってもらいたいからな。
そこで会話が途切れて、暫しの間、畑の周辺を散策するだけの時間が過ぎる。
いつも通りの穏やかな時間。
しかし、今ではそんな何もない時間ですらも、俺にはとても懐かしいものに感じられた。
「村の人達も貴方の頑張りを見ていたから、もう余所者だとか、危ない人だとか思ってないと思うわ」
そう感慨に耽っていると、何を思ったのかノアがそんなことを口にした。
俺、そんな思いつめた顔をしてたか?
自分の頬に手を添えながら、彼女に話しかける。
「急にどうしたんだ?」
「いえ、貴方が頑張っている姿は、見ている人はちゃんと見てくれているから。ただそれだけ言っておこうかなって」
……照れくさそうにそう言葉にしたノアに、呆気にとられる。
本当に俺は心配をかけてばっかりだったな。これじゃあどっちが大人かどうか分かったもんじゃない。
「ははは。でも、変な人だとは思われているんだろ?」
「……ふふっ、そうね。その認識は覆らないかも」
まだまだ“アメフラシ”呼ばわりは続きそうだ。
だけど、“雨男”よりはずっといいなと思ってしまう。
「あ、ハルマ、ここらへんがいいんじゃない?」
「ん?」
ノアの言葉で、そちらを向く。
彼女がスコップを突き立てている場所は、エリックさんが俺に与えてくれた畑用の敷地と森の狭間に位置する場所で、穴を掘るのに十分な広さがあった。
「お、ここは良さそうだな」
「木の根っこにも邪魔されなさそうだし、うん。さすが私ね」
自信満々な様子でうんうんと頷いている彼女に苦笑しつつ、スコップの先でどれほどの大きさの穴を掘るか決めておく。
縦一メートル、横二メートルほどの長方形に線を引く。
「……大体、このくらいか?」
「そのくらいが丁度いいと思う。大きすぎると誰かが落ちて危ないしね。それに、これで足りなかったら。もう一つ作れば済むし」
よし、ならこれで作業を進めてみよう。
今日か明日中に残渣を処理できれば、他の作業も進めやすくなる。
腰に大きな負担をかけてしまうかもしれないが、それを我慢して今一度スコップの柄を握りしめて作業に取りかかろう。




