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 アメキャベツを無事に収穫することができた俺は、その一部を王国へ贈呈することになった。

 しかし、王国までの道中で腐ってしまう可能性もあったので、エリックさんに風の魔法が込められた大きな布を準備してもらい、それをアメキャベツに被せて王国へ運んでもらった。

 正直、どんな反応が返ってくるか恐ろしくもあったが、それと同じくらいに俺の作ったアメヤサイがどのような評価がされるのか、ちょっとワクワクもしていた。

 やっぱり作ったからには、美味しいと思ってもらいたいからな。


 その後、張り切って畑仕事に戻ろうとした俺だが、周りの人々に止められて暫しの間休みを取ることになった。

 いや正直、畑を広くしたり、アメキャベツの収穫後の土とかを整理したりしたかったのだけど、エリックさんやリオンに止められたのならしょうがない。

「……ふむ」

 休んでいる間、俺は今まで忘れがちになっていた文字の勉強をしながらエリックさんから頂いた書物『アメヤサイの極意』を読み込んでいた。

「うんうん、アメスイカ、アメキュウリ、アメトマトか。最初は畑いっぱいにアメキャベツを栽培したけれど、今度は場所を区切って別々の野菜を作ってみるのもありかもしれないな」

 畑に隣接した小屋で、椅子に座りながら書物を読み耽る。

 一人暮らしをすると独り言が多くなるか、もしくはずっと無言になるかに分かれるが、俺は前者になる。一人でいると、何気なく考えたことを呟いてしまうのが、ちょっとした癖になってしまったのだ。

「……その為には、色々と道具が必要か」

 新しいアメヤサイを育てるには、ちょっとばかしの手間がいるようだ。

 別に気温を高めるためのハウスとかまではいかないけれど、トマトの茎を支える棒とか、キュウリの蔦を絡ませるネットとか、スイカの蔦を伸ばさせるための藁だとか、それぞれに必要なものがある。

 それらをどうしようかと考えていると、不意に家の扉が叩かれる。

「誰だろう?」

 大事な本を引き出しにしまい、扉を開ける。

 扉の前にいたのは、綺麗な灰色の髪の少女、リオンであった。

 彼女はジーッと俺を見ると、安心したようにホッと胸を撫でおろした。

「うん、ちゃんと休んでるね。ハルマ」

「わ、わざわざ確認しにきたのか……」

「だってハルマ。ほっといたら鍬持って外に出ていこうとするし」

 子供か、俺は。

 そこまで畑仕事に憑かれてるわけじゃないぞ。

「さすがに休めと言われたら休むよ」

「ハルマって平気で無茶とかするからいまいち信用できない。目先の楽しさに夢中になって、歯止めがきかなくなった子供みたいな感じ」

 や、やけに具体的だな。

 しかも微妙に俺の心情を察しているのがドキッとくる。

 勿論、ときめきとかじゃなく驚きの方だ。

 リオンの言葉に頬を引き攣らせていると開いてある扉から、新たな客人が明るい声で入ってくる。

「来たわよー、ハルマー。貴方ちゃんと休んでるの……って、リオン? 貴女も来てたの?」

 この地を治める貴族、ラングロン家の娘、ノア。

 彼女もリオンと同じく、俺がちゃんと休んでいるかどうか確認しにきたようだ。

「うん。ノアもハルマが休んでるかどうか確かめにきたの?」

「え、もしかして貴女も?」

 ノアの言葉にこくりとリオンが頷く。

 するとノアはおかしそうに笑みを漏らした。

「やっぱり確かめるわよねぇ。平気な顔で無理とかしちゃうし、それを苦とも思ってもやめたりしないものね」

 あの、どうして俺はこんな自分よりも一回り年下の少女達に、母親のごとく心配されなければならないのだろうか。

 確かに上京して働き始めた時は、母さんから「あまり頑張りすぎないでね」って心配されていたけれども……いや、この世界に来る前にもたまーに言われていたけども。

 あれか? もしかして放っておくと働きすぎて死ぬと思われているのか?

 マグロか何かか俺は。

「待て待て、俺はアメキャベツを育ててる時だって、二人が思ってるほど無理はしてなかったと思うぞ」

「「……え?」」

「ちょっと待て、そのおかしな人を見るような目はやめて。三十路の“お兄さん”にはきつすぎる」

「ハルマは……お兄さんって歳じゃないよ?」

 リオンの台詞にグサッときながら、なんとか精神を保たせる。

 そんな俺に、ノアが子供に言い聞かせるような口調で話しかけてくる。

「いい? 前々から言おうと思ってたけれど、傍から見ると貴方は十分に働きすぎていたと思うわ」

「いや、ただ畑を見てただけだぞ」

「天候魔法を維持して、尚且つ雨に打たれて、その上アメキャベツの世話を何時間もずっと続けるのが、ただ畑を見ていただけっていうのならそうね」

「……」

 あれ? 冷静に考えると結構なことしていたのか?

 最初のペースに慣れすぎて、感覚が麻痺していたのかもしれん。

「それに加えて、収穫の時は張り切りに張り切って、私達の何倍以上もの数のアメキャベツを馬車に乗せたりしていたし、その翌日にはアメキャベツが載せられた荷車を引いて、村を回ってお裾分けしてたわよね」

「……確かに荷車は重かったなぁ」

 ノアの言葉でようやく自覚したけれど、俺って少しばかり無理をしすぎていたのかもしれない。

 元の世界での社畜根性が発揮されていたのか、はたまた元いた会社での重労働催眠にかかり、苦しい作業をやりがいと認識してしまっていたのかもしれない。

 そう考えると、リオンとノアの気遣いは非常にありがたいと思えた。

「目が覚めたよ。俺って……ちょっと急ぎすぎていたのかもしれないな」

「そうね。アメキャベツの収穫っていう一つの目標を達成して、次のことをしたいのは分かるけれども、体を壊しちゃ元も子もないわ」

 それもそうだ。

 ノアの言葉に頷いていると、ふと何かを思い出したのかリオンが手に持っていたバスケットを俺とノアに見せてきた。

「あ、お昼ご飯を持ってきたんだ。よかったらノアも食べて」

「ありがとう。ちょうどお腹が減ってきたところよ」

「じゃあ、ここじゃなくて外で食べるか」

 三人で家の外に出ると、俺の足にアメオオカミのフウロがすり寄ってくる。

「お、雨が欲しいのか?」

「わんっ!」

「よしよし」

 しゃがんでフウロの頭を撫でながら、もう片方の手に天候魔法での雨雲を作って近くにおいてあげると、嬉しそうに一鳴きしたフウロは雨が降り注ぐ小さな雨雲の下に潜り込み、水遊びを始める。

 その様子を見守った俺達は、近くの芝生に腰を下ろし少し早めの昼食を取ることにした。

「お、サンドイッチか」

「ハムと、ハルマが収穫したアメキャベツに軽く味付けしてパンで挟んでみたんだ」

「美味そうだ。それじゃ、いただきます!」

 手に取ったサンドイッチを一口食べる。

 思わず頬が緩んでしまいそうになるのを押さえながら、よく噛んで飲み込む。

「たまにはいいなぁ、こんな日も」

 畑仕事にやりがいを見つけたし、野菜を育てることも楽しいけれど、たまには作業や仕事に追われないような……そんな穏やかな日もありだなって思った。

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