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 アメキャベツを収穫したその日。

 ノアと別れた俺とリオンは、荷車いっぱいに積まれたアメキャベツの一部をエリックさんの家にまで持っていった。

 家に帰るなり、リオンはアメキャベツを抱えたまま、すぐに台所の方へ向かってしまった。

 そんな彼女の背中を苦笑しながら見送った俺はエリックさんと共に、彼女がアメキャベツの調理を終えるまで待つことにした。

 それから一時間、何かを煮込んでいるリオンの後ろ姿を見たエリックさんは、感慨深げに俺に話しかけてきた。

「いやぁ、あんなに嬉しそうなリオンを見たのは久しぶりだよ」

「そうなんですか?」

「あまり感情を表に出さないからね。……いや、そのおかげで勘違いする小僧共が寄ってこないんだけどね」

「エリックさん、顔が怖いですよ」

「おっと、すまない。本音が出てしまったよ」

 最早、この三ヶ月間でエリックさんの豹変っぷりは慣れたものなので、冷静にツッコミをいれる。

 てか、本音だったことに驚きだ。

「だからね、君には感謝してもしきれないんだ」

「それはこっちの台詞ですよ。俺は貴方達のおかげで、ここにいれるんですから」

 この世界で今も生きていられるのは、エリックさん達のおかげだ。

 俺が感謝することはあれど、エリックさんから感謝をされる心当たりがない。

「君のおかげでリオンが笑顔を見せてくれる。それだけで感謝する理由になるよ。あの子も、口では言わないが、両親と離れて暮らすのは寂しかっただろうからね」

「確か、トレジャーハンター……でしたっけ?」

「リオンから聞いていたか」

 俺の言葉にエリックさんは、悩ましげに唸る。

 以前、リオンの両親のことは彼女自身から聞いていた。彼女自身は寂しくないとは言っていたが、やはり両親と離れて暮らすのは、寂しかったのだろう。

 でも、どうして俺のおかげになるんだ?

 その疑問を察したのか、エリックさんは続けて言葉を紡ぐ。

「家にやってきた経緯はどうあれ、リオンにとって君は兄のような存在に思えたのかもしれない。歳も離れていることもあるしね」

「それほど年上っぽいことはできませんでしたよ? むしろ、迷惑をかけっぱなしだった節さえあります」

「それも含めてだよ。少なくとも、私と一緒に暮らしていた時も、あらゆる意味で充実していただろう。例えばそうだね……一緒にご飯を食べてくれる人が増えた、とか?」

 そういえば、元の世界では、毎日一人で飯を食っていたな。

 一人暮らしでの生活で、誰かと一緒に飯を食べるという認識すらも薄くなっていたが……改めて思えば、誰かと一緒に食べる飯というのは自分が考えている以上に、心の拠り所になっているのかもしれない。

「俺も充実してますよ。正直、元の世界では故郷を離れて一人で暮らしていましたからね。だから、形は違えど、リオンの気持ちも分かります。だから、俺もお礼を言いたい気持ちは同じです」

「そうか……」

 俺の言葉に感慨深げに頷くエリックさん。

「あ、でも恋愛ごととかは許さんからね」

「いやいや、だからそういうことにはならないって言っているでしょう」

 俺が好きになったとしても、リオンがそうなることはありえないでしょうに。

 しかし、冗談でそんなことを言ってきたと思ったら、エリックさんはくわっと目を見開いた。

「リオンが可愛くないと言うのか貴様ァ!? そこは反対するのが普通だろうが!!」

「ええええ!?」

 ラングロンさんに続いて三回目ェ!? しかも訳分からない言葉が追加されてるぅ!?

 バッと肩に掴みかかってきたエリックさんと一悶着を起こすこと数分。落ち着いたのか、椅子に座りなおした彼は、息を切らした俺に話しかけた。

「そういえば、収穫したアメキャベツはどうしているんだい? 君の家のところに置いてあるんだろう?」

 さっきのやり取りから、この切り替えの速さ。

 流石は大賢者だ……いや、褒めてないけど。

「……今は荷車ごと魔法で降らせた雨に晒しています。明日の朝まで保つように魔力を籠めておいたので、駄目になることはないですよ。それに、フウロがちゃんと見張ってくれていますし」

 任せろと言わんばかりに、荷車の傍らにちょこんと座ったフウロの姿を思い出して、思わず笑みを浮かべてしまう。

 まだまだ小さいが、内に秘めたガッツは計り知れない。

 それが、俺の相棒であり家族、アメオオカミのフウロだ。

「収穫したアメキャベツは、村人達や、ラングロンさんに分けようと考えています」

 今日も、ノアに二個ほどアメキャベツを持たせて帰らせたし。

 元より、個人で消費しきれる量ではないし、美味いと評判の高いアメヤサイを独占しようだなんて考えてもいなかった。

 美味いもんなら、皆で味わった方がいい。

「それに、王国の方に送っても構いません」

「いいのかい?」

「ええ。遅かれ早かれ、アメヤサイの栽培に成功したことは王国の方に伝わります。それなら、変に隠したりせずに報告した方がいいと思いまして」

 隠してバレるより、事前に報告しておいたほうがいい。

 それに、下手に隠してラングロンさんやエリックさんに迷惑をかける事態にはしたくはない。

「そういうことなら、私が国に報告しておこう。あ、いや、それだとなぁ……王国の変態共が大騒ぎするだろうなぁ……」

「あ、あの、無理ならいいんですが……」

「いや、大丈夫だ! 多少、面倒なことにはなるとは思うが、君に不都合なことにはならない……はずだ!」

 はずってなんですか。

 一気に不安になったんですけど。

 とにかく、エリックさんに言及しようとすると、台所からリオンがテーブルのある部屋に入ってきた。

「できた」

 彼女のミトンに包まれた両手には、鍋。

 美味しそうな香りに、ハッとした顔になった俺は、テーブルの上に木製の鍋置きを置く。

「ん、ありがと。ハルマ、パンとサラダもあるから持ってきて。私はお皿を出すから」

「分かった」

 鍋置きの上に、鍋を置いた彼女の言葉に従い台所へ入り、三人分用意されたパンとサラダをテーブルの方へ運ぶ。

 一通りの食事の準備を終えた俺は椅子に座り、並んだ食事を見渡す。

 サラダは……今日収穫したアメキャベツのサラダだな。

 水洗いしたアメキャベツを、簡単に味付けして盛り合わせたシンプルなサラダ。

 アメキャベツ本来の旨さを味わうことができる料理ともいえる。

 パンは、いつも集落で買ってきたもの。そして、一際目を引くのはテーブルの真ん中に置かれた鍋。

 そこから、強いキャベツの香りが鼻孔をくすぐる。

 野菜スープだろうか? なんにしても、気になる。

 俺とエリックさんの視線が鍋に集中していることに気付いたリオンは、一つ頷き鍋の蓋に手を置く。

「ん、じゃあ、空けるよ」

 彼女の声と共に鍋の蓋が開かれる。

 鍋から一気に広がる美味そうな香りに、面を食らいながらも中に目を向けると――俺の予想を超えたものが、そこにあった。

 ニンジンや、山菜、それに細かく刻まれた豚肉が煮込まれた色とりどりのスープ。しかし、それだけならただ栄養豊富な野菜スープだが、その中で一際大きな存在感を放つ食べ物があった。

「ロールキャベツ……?」

「うん」

 思わず口に出してしまったそれに、リオンは頷く。

 スープの中で存在感を放つのは、ロールキャベツであった。

 綺麗に並べられて煮込まれたソレは、煮崩れすることなくしっかりとそこに在った。

 あまりにも予想外すぎて、言葉が出ない俺に、リオンは誇らしげにする。

「作れるっていったでしょ?」

「あ、ああ……でも、なんて言ったらいいか分からない。いや、すごいな……」

「ふふん、そうでしょ。……あ、でも中身は刻んだお肉だけだよ。本当はタマネギもいれようと思ったんだけど、それだとフウロも食べられないから入れないでおいた」

 そう言いながら、リオンはそれぞれのお皿にロールキャベツをよそってくれる。

「リオンや、ロールキャベツとはなんだい?」

「ハルマの世界の料理だよ。教えてもらったから作ってみた」

「なんと、見慣れない料理だと思ったら……ハルマ君の世界の料理か。ふむ……なんとも独創的だね……」

 目の前に差し出された皿を受け取りながら、改めてロールキャベツを見ると――、元の世界で食べたソレとそれほど変わりがないことに驚く。

 いや、むしろこっちの方が美味そうに思える。

 ……なんか感動してきた。

 やばい、泣きそうだ。

 まだ食べてもいないのになんでこんなに泣きそうになってるんだろ。やっぱ、年取ると涙もろくなるんだろうか。

「ハルマ、冷めちゃう前に食べて」

「あ、はい」

 料理を前にして感極まった俺に、ピシャリと言い放たれたリオンの言葉に、素面に戻る。

 確かに、感傷に耽っている場合じゃないな。

 スプーンを手に取り、ロールキャベツを向き合う。

「じゃ、いただきます」

 そう言葉にして、スープを口にする。

「――」

 口の中に広がるかつてない旨味に、声が漏れそうになるがグッと堪える。

 やべぇ、まだ本命すら口にしてないのにどれだけの旨味を内包しているんだアメキャベツ。

 体の中を巡る魔力が明らかに、活発化した。

 これで、キャベツそのものを使ったロールキャベツを食ったら――、ごくりと喉をならしながら、ナイフでロールキャベツを切り、一口大のものをスプーンにのせる。

「……」

 まさか、美味すぎて食べるのを憚る食い物が存在するとは思わなかった。

 意を決して、スプーンを口に運ぶ。

「――」

 最初に口の中に広がるのは、肉とアメキャベツに染みこんだスープの味。

 そして、一度咀嚼すれば、アメキャベツの甘さ、次に挽肉にされた肉の味が口の中を巡る。

 恐ろしいのは、これだけ強いアメキャベツの味が、肉の味を全く邪魔せずに調和していることだ。

 今の今まで、なんにも考えずに飯を食ってきた俺でも、この異常さがよく分かる。

 アメヤサイ、まさしくその味は、伝説通りの本物だったということだ。

「……っ」

 ああ、人って本当に美味いものを食べた時って、泣くもんなんだな。

 これが今まで苦労して育ててきた野菜ってこともあるのかもしれない。

 それに今、俺の中ではこの料理を作ってくれたリオンへの感謝の気持ちでいっぱいだ。

 万感に打ち震え、顔を上げた俺は声を震わせながら、彼女への感謝の言葉を告げる。

「リオン……本当に、ありがと―」

「おいしい。おかわり」

「はやぁ!?」

 俺は感動している間に、リオンは既におかわりをよそっていた。

 あまりの速さに涙が引っ込んだわ!?

 ?然としたまま、エリックさんに目を向けると、彼はスプーンを口にいれたままを固まっていた。

「え、エリックさん!?」

「ハッ、す、すまない。あまりにも未知の旨味に思考を放棄していた……。しかし、アメヤサイ、尋常ではないな。魔力の回復を促す食材と言われているが……その効能は計りしれない。味に至っては、言うまでもなく至高。まさしく、野菜の王様と言われるに相応しい。……くっ、あのエルフが自慢するのも分かる味だ……! 美味い、ひたすらに美味い……!」

 悔しげに涙を流し、スプーンを口へ運ぶエリックさん。

 そんな彼に、苦笑しながら改めて食卓を見渡す。

「……はは」

 今までの俺の人生は、お世辞にも幸せなものではなかった。

 自分の持つ魔法のせいで、人生を狂わされ続けた。

 その末に、この世界にきてしまった。

 しかし、その世界で自分を助けてくれる人達がいた。

 土にまみれても、雨でずぶ濡れになっても、俺は諦めずに野菜を育て続けた。

 そして、今日ようやくそれを収穫できた。

 依然として、トラブル続きの人生だが、不思議と元の世界にいたときのような、悲壮感も諦めもない。

 だが、まだまだ課題は残っている。

 アメキャベツの種を取らないといけないし、畑の拡張も終わっていない。

 次に作るアメヤサイも考えなくちゃいけないし、これからの身の振り方も学んでいかなければ意ならない。

「だからこそ、これからだな」

 魔法を知って、それと向き合った結果、俺は自分の在り方をようやく見つけることができた。

 それが俺の持つ雨の天候魔法を生かして、アメヤサイを作っていくこと。

 それが、俺にとっての、俺だけの天候魔法の正しい使い方。

 そう考え、ふとこの世界に来たとき、願ったことを思い出した。

「リオン」

「ん? なに、ハルマ」

「俺さ。自分の名前……好きになれそうだよ」

 彼女にとっては訳の分からない言葉だろう。

 事実、スプーン片手に首を傾げる彼女に苦笑してしまう。

「いや、訳の分からないこといってごめん」

「確かにいきなりで、訳が分からないけど……」

 静かにスプーンを置いた彼女は、いつか見た優しげな笑顔を向けてくれる。

「ハルマにとっては、とても良いことなのは分かるよ」

「……ああ、ありがとう。リオン」

 自分の魔法も知れて、それを扱う目的を見つけることができた。

 でも、この世界にきた俺にとって最も幸運だったことは――、この優しい少女に見つけられたことなのかもしれない。

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