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俺がこの世界にきてから、約三ヶ月が過ぎた。
ラングロンさんとノアが俺の畑を訪れた後、俺の周囲では少なからず変化が起きた。
それは、村人達との距離が少しだけ縮まったこと。その理由は、集落の領主であるラングロンさんが俺の畑にやってきたことを、村人が目撃したことだ。
ラングロンさんが信頼しているなら、自分たちも不審な目を向ける必要はない。
それからは、奇異の視線を向けられることも少なくなったし、俺の方から挨拶ができる程度には、歩み寄れるようになった。
そして、最もな大きな変化。それは、アメキャベツが完全に結球してくれたこだ。
畑に植えられたアメヤサイは、瑞々しい緑色の葉を大きく広げ、太陽の光と雨雲から降り注がれる雨のしずくを一心に受け止める。
そして、その中心にはボウリングの球ほどの大きさの、球――キャベツが実っていた。
それを目の前にし、恐る恐るキャベツに触れた俺は、言いようのない感情と共に、背後で固唾を呑んで見守っているリオンとノア、それにフウロに視線を向ける。
「二人とも、収穫の時は来た……!」
「やったわね、ハルマ……!」
「頑張ったね、ハルマ」
「ワンッ!」
二人の表情が明るくなる。
それにつられて笑顔になってしまう。
ここまで、長いようで短かった。
最初の頃は何度も心が折れそうになった。
だけど今、こうして俺はアメヤサイ作りを最後までやり遂げることができたのだ。
できたキャベツは、村の人に頼んだ荷車に乗せるとして、後はそうだな……収穫方法を確認しておくか。
「さて、収穫の方法だけど、ノアはもう知っているよな?」
「勿論よ。私を誰だと思っているの?」
貴族なんだけどなぁ。
当たり前のようにキャベツの収穫方法を知っている彼女に苦笑しながら、あらかじめリオンに頼んで用意してもらった包丁を手にする。
「さて、と」
「ハルマ」
「ん? どうしたリオン」
作業に移ろうとしたら、リオンが声をかけてきた。
首を傾げながら、ノアと共に振り返ると、彼女はいつもの椅子には座っておらず、どこか所在なさげに俺を見上げた。
「私も、手伝ってもいい?」
「いいけど、いきなりどうして?」
「最後くらい手伝おうかなって。私、なんの助けにもなれてなかったし」
ん? 助けになれてない?
一瞬、リオンの言葉の意味が分からなかった。
しかし、それは彼女がアメキャベツ作りに貢献できなかったと思っていることに気付く。
全く、助けになっていないなんて、そんな訳ないだろうが。
「傍にいてくれただけで十分に助けになってる。それに君がいなけりゃ、美味しい飯にもありつけなかったしな」
「貴方がいなかったらこの人、収穫する前にぶっ倒れてるわよ。だから、そんなに卑下する必要なんてないわ。むしろ、もっと偉い態度をとってもいいのよ?」
俺とノアの言葉に、きょとんとした表情を浮かべるリオン。
その後、嬉しそうに微笑んだ彼女に、キャベツの収穫方法を教えるべく、畑の方に向かう。
「今から収穫方法を教えるぞ」
「うん、お願い」
「まあ、コツさえ掴めれば簡単だ。ぶっちゃけ俺も久しぶりでうまくやれるか分からない」
「その言葉で不安になった」
「貴方、大丈夫? 私が先に手本を見せとく?」
いや、ここは勘を取り戻す意味合いで、やってみよう。
記憶の通りならそれほど難しい作業でもないだろうし。
はじっこのアメキャベツの傍でしゃがんだ俺は、結球しているアメキャベツの根元に手を添える。
「まずは球になったキャベツの茎を押さえる。大体、二、三枚くらい下の葉から包丁をいれて、茎を……切るだけ」
シャクッ、という瑞々しい音と共に茎を切った俺は、一旦包丁を置きアメキャベツを両手で持ち上げる。
「あら、巧いじゃない」
「どこか間違っていたか?」
「ううん、見た感じ文句なしだったわ」
ノアからのお墨付きをもらえたので、これで大丈夫なようだ。
「リオン、やり方は分かったか? それほど難しくはないだろう?」
「うん、意外と簡単そうだった」
やり方としては、非常に簡単だ。
でも、どんなに簡単でも包丁という刃物を扱うことには変わりない。
用心として、忠告しておこう。
「包丁で怪我しないようにな?」
「包丁の扱いなら、ハルマより慣れてるから大丈夫」
「ははは、そりゃそうだ」
毎日のように包丁を扱っているリオンには愚問だったか。
一応用意しておいた三本目の包丁を手に取ったリオンは、やや緊張した面持ちでアメキャベツへ向かっていく。
「ノア、俺はアメキャベツを荷車に置いてくるから、リオンのことを頼むぞ」
「ええ、任せないな」
アメキャベツに向き合っていく二人。
そんな彼女達を一瞥した後に、改めて両手で持っているアメキャベツに目を向ける。
元の世界で八百屋に並んでいたような、見事な大きさのキャベツ。
たくさんの栄養を土から吸い取ったのか、ずしりと重い。
「……重いなぁ。うん、重い」
両手に感じる重さに、とても感慨深い気持ちになる。
これが、今の今まで育ててきた証。
土で汚れた部分を掌に作り出した小さな雨雲で、洗い流して荷車の上に載せる。
「……まだまだ、やることは沢山ある」
作物育てて終わりじゃ、小学生の野菜作りだ。
重要なのは、この育てたアメヤサイをどうするか。
改めて、そう自分に言い聞かせた俺は、ノアとリオンのところへ戻る。すると、順調にアメキャベツを収穫できたリオンが両手で抱えたアメキャベツを嬉しそうに見せてくる。
「うまくできた」
「よし、じゃあここに雨雲を置いとくから、土を落として荷車に運んでくれ」
「分かった」
適当な場所に二つほど雨雲を置いて、アメキャベツを洗える場所をつくる。
あとは、そうだ……。
「二人とも、アメキャベツは全部刈らないで、いくつか残しておいて欲しいんだ」
「え、どうして?」
「それは――」
「種を残すためよ」
軽く説明しようとしたら、ノアに先を越されてしまった。
というより、種の栽培方法まで知ってんのかこの子。得意げに話そうとした俺の立つ瀬がないんですけど。
「このまま収穫するのは簡単だけど、それじゃあ次に植えるアメキャベツの種を確保できないの。その為に、このまま花まで育てて、種を作るの。あ、でもそこから取れる種はすぐに植えられる訳じゃなくてね、殻のまま一週間くらい干したり、ちゃんと成長できる種か厳選したりして、結構手間がかかるのよ」
「へぇ、大変だね。ハルマ」
「……お、おう」
そこまで知らなかっただなんて一言も言えない。
なんだよ、厳選って、携帯ゲームかよ。
キャベツの種ってそこまでするものなの?
もう先生って呼んでもいいですか?
内心、打ちひしがれてはいたが、決してそれを顔に出さずに包丁を手に取る。
「さてと、じゃあ、本格的に収穫していこうか」
「はーい」
「うん」
視界にはいっぱいのアメキャベツ。
その数を収穫しきるのは骨が折れるだろうが、苦とは思わない。
なにせ、ずっと待ち焦がれていた瞬間だ。
心が躍らない方がおかしいだろう?




